【R-18】【完結】皇帝と犬

雲走もそそ

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02.散歩-1

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 人払いされた回廊の中庭で、それは突然始まった。

「女官長、『散歩』だ」

 革の首輪を手にした皇帝ファルハードの命令に、女官長シュルークは頭を下げて承知の返事をすると、まず右足を庇いながら少し身を屈めた。そして床に杖を手放す。静かに置くには足が不自由で十分に屈めず、少し落とすような形となり、木の杖が石床にカランと乾いた音を響かせた。

 続いて両手で帽子を外す。
 シュルークを含め、女官たちは皇帝の前に出る場合、帽子の縁につけられた薄布で顔のほとんどを隠している。そのため皇帝本人は当然ながら、その傍を守る近衛兵や侍従たちも彼女たちの素顔を目にする機会は限られる。特にシュルークは、皇帝の前でなくとも薄布を下ろしたままのことが多く、新任の若い近衛兵は彼女の顔を知らなかった。
 しかし、皇帝に命じられればもちろん顔を晒す。現れたのは、長い黒髪を纏め上げた涼やかな容貌の女だった。その顔には特段形容できる表情が乗っておらず、ファルハードの作った異様な空気とその命令にも落ち着き払っている。無表情だが、口元だけは端がごく僅かに上がっているようにも見えて、うっすら微笑んでいるとも受け取れた。睫毛に縁どられた伏し目がちな青い瞳も、陰りは感じられず、いっそのこと気楽にすら見える。

 彼女は帽子も床に可能な限り近づけてから放ると、次に衣服へ手をかけた。上着を手間なく落とし、帯を解き、一番上の立襟の間の釦から順番に外していく。
 女性が男たちの目の前で服を脱ごうとしているというのに、ファルハードは彼女を冷たく見据えたままで、視線を逸らさない。侍従や近衛兵たちも顔を背けるようなことはせず、ただまっすぐ前を向き、いつもどおり少し下を見ている。若い近衛兵だけは、初めて遭遇する異常事態に戸惑い、他の面々がどうするのか目だけで様子を窺い、結局仲間たちにならった。
 彼が視線だけで焦っている間に、シュルークは服の前をはだけ、肩と袖を抜き、手早く床へ脱ぎ捨てる。ゆったりとした脚衣は腰の結び目を解けばすとんと落ち、胸と秘部を隠してくれていた下着もそれぞれためらいなく取り払われた。

 少し冷たい風が抜ける回廊で、あっという間に一糸まとわぬ姿となったシュルークは、足元にわだかまる衣服を引っかけないよう慎重によたよたと跨いでから、ファルハードの前へ進み出る。
 そして転ばないように、服を脱いだ手早さから一転ゆっくり時間をかけて、主君の足元へ膝と両手をついた。見上げる姿勢が背をしならせ、細い腰を強調する。

 ファルハードは屈み、先ほど側近から受け取った首輪を、四つん這いのシュルークの華奢な首に取りつける。彼女の首を簡単にへし折れそうな、大きく厚い男の手が離れると、つややかな革の首輪が輝いた。
 皇帝が首輪に繋がる赤い紐を手にして軽く引けば、飼育する動物の散歩姿の完成だ。
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