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解決編
70:皇后(4)(完)
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「国民には、お前のことは存在しか伝わっていない。誰も顔を知らない。王国から来たときに兵士には見られているが、あの時とはかなり変わっているから、ほとんど気づかないだろう」
「とはいえ、元愛妾が城へ立ち入ることもあるし、異動した元後宮付きの侍女に顔を見られればわかってしまう可能性が高い。名前を改め、顔は隠す必要がある」
「今後メルセデスと呼ぶのは、俺と秘密を知るものだけになる」
シヒスムンドはメルセデスの肩に両手を置いた。
「もう一度、選べ。当初の予定通り、新天地で暮らすか、ここで当代初の妃となって留まるか」
まさか、魔女から人間に生まれ変わって、更にここへきて別人に生まれ変わることになるとは、思いもよらなかった。だが、彼の妨げにならず傍にいられるなら、断る理由などない。
金色の瞳が熱っぽくメルセデスを見つめる。
ここまで手を尽くしておいて、ほんのわずかに不安げに答えを待っていることに、メルセデスは少し笑ってしまった。
「全て征服して勝ち取ってきたあなたらしくありませんね……」
「……心は奪えるものではない。贈られなくては、意味がない」
シヒスムンドは一年前に黙って出て行ったがために、まだメルセデスの心が手に入っていないと思っているのだ。メルセデスの心は、まだ理性が御していると。
「一年前から、私の心は、あなたの元にありました」
肩に置かれた手に、そっと手を重ねる。
「私は、教養や特別な技術を持っていません。今後、あなたの役に立つかはわかりません。ですが、この力で、きっとあなたをお守りします。……邪魔にならないのなら、どうぞこの身もおそばに置いてください」
そう言った途端に、シヒスムンドの腕の中へ閉じ込められた。痛いほどに抱きしめられる。
「これで、お前は名実ともに俺のものだ。やっと、やっと……」
「はい。誰にも正体を知られないように、おそばにいられるように、努力します」
メルセデスは歓喜と安堵に声を震わせるシヒスムンドの背へ手をまわそうとして、それもできない強い抱擁に諦めて身をゆだねた。
入れ替わりを明かした真の皇帝シヒスムンドが、その直後に半月以上姿を消し、臣下たちは次から次へいったいどうしたことだと動揺した。
しかし、戻った皇帝が、最後の敗戦国から連れてきた若い女を皇后に据えると宣言すると、また驚かされた。
愛妾のいなくなった後宮へ、自分の娘を入れようと画策していた一部からは反対の声があったが、大半の家臣は、このたった一人のために後宮を整理したのかと呆れてしまった。そして皇后に瞳の魔力が効かないとわかると、彼女しか皇帝を諫められる人間はいないと、皇帝からの睥睨もあり諦めの後に受け入れられた。
これまで女性の影もなかった皇帝の独占欲はすさまじく、皇后の顔を自分や宰相、限られた侍女以外に見せなかった。帝国の悪魔の意外な一面は語り草になり、その人間らしさがよかったのか、国民からも祝福を受けることになるのだった。
皇帝シヒスムンドは、宰相ダビドと皇后マティルダと共に治世を敷き、長く戦乱にあった大陸に平和をもたらした。彼は元の出身や民族に関わりなく平等に重んじ、それはその子供たちや家臣だけでなく、帝国中にいつしか浸透していった。皇帝が次代へ継がれてからではあるが、かつて閉鎖的であった厳しい環境の山間の国にも願いは届き、その国で魔女という言葉は、昔話にしか登場しなくなった。
シヒスムンドはやがて病を得て、皇帝の座を息子へ譲り、余生をマティルダと過ごしたのち永眠した。その際には愛する妻と子供たちに金色の目を見守られながら、安らかに息を引き取ったという。
「とはいえ、元愛妾が城へ立ち入ることもあるし、異動した元後宮付きの侍女に顔を見られればわかってしまう可能性が高い。名前を改め、顔は隠す必要がある」
「今後メルセデスと呼ぶのは、俺と秘密を知るものだけになる」
シヒスムンドはメルセデスの肩に両手を置いた。
「もう一度、選べ。当初の予定通り、新天地で暮らすか、ここで当代初の妃となって留まるか」
まさか、魔女から人間に生まれ変わって、更にここへきて別人に生まれ変わることになるとは、思いもよらなかった。だが、彼の妨げにならず傍にいられるなら、断る理由などない。
金色の瞳が熱っぽくメルセデスを見つめる。
ここまで手を尽くしておいて、ほんのわずかに不安げに答えを待っていることに、メルセデスは少し笑ってしまった。
「全て征服して勝ち取ってきたあなたらしくありませんね……」
「……心は奪えるものではない。贈られなくては、意味がない」
シヒスムンドは一年前に黙って出て行ったがために、まだメルセデスの心が手に入っていないと思っているのだ。メルセデスの心は、まだ理性が御していると。
「一年前から、私の心は、あなたの元にありました」
肩に置かれた手に、そっと手を重ねる。
「私は、教養や特別な技術を持っていません。今後、あなたの役に立つかはわかりません。ですが、この力で、きっとあなたをお守りします。……邪魔にならないのなら、どうぞこの身もおそばに置いてください」
そう言った途端に、シヒスムンドの腕の中へ閉じ込められた。痛いほどに抱きしめられる。
「これで、お前は名実ともに俺のものだ。やっと、やっと……」
「はい。誰にも正体を知られないように、おそばにいられるように、努力します」
メルセデスは歓喜と安堵に声を震わせるシヒスムンドの背へ手をまわそうとして、それもできない強い抱擁に諦めて身をゆだねた。
入れ替わりを明かした真の皇帝シヒスムンドが、その直後に半月以上姿を消し、臣下たちは次から次へいったいどうしたことだと動揺した。
しかし、戻った皇帝が、最後の敗戦国から連れてきた若い女を皇后に据えると宣言すると、また驚かされた。
愛妾のいなくなった後宮へ、自分の娘を入れようと画策していた一部からは反対の声があったが、大半の家臣は、このたった一人のために後宮を整理したのかと呆れてしまった。そして皇后に瞳の魔力が効かないとわかると、彼女しか皇帝を諫められる人間はいないと、皇帝からの睥睨もあり諦めの後に受け入れられた。
これまで女性の影もなかった皇帝の独占欲はすさまじく、皇后の顔を自分や宰相、限られた侍女以外に見せなかった。帝国の悪魔の意外な一面は語り草になり、その人間らしさがよかったのか、国民からも祝福を受けることになるのだった。
皇帝シヒスムンドは、宰相ダビドと皇后マティルダと共に治世を敷き、長く戦乱にあった大陸に平和をもたらした。彼は元の出身や民族に関わりなく平等に重んじ、それはその子供たちや家臣だけでなく、帝国中にいつしか浸透していった。皇帝が次代へ継がれてからではあるが、かつて閉鎖的であった厳しい環境の山間の国にも願いは届き、その国で魔女という言葉は、昔話にしか登場しなくなった。
シヒスムンドはやがて病を得て、皇帝の座を息子へ譲り、余生をマティルダと過ごしたのち永眠した。その際には愛する妻と子供たちに金色の目を見守られながら、安らかに息を引き取ったという。
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退会済ユーザのコメントです
最後まで読んで下さってありがとうございます!
シグはどう考えてももう好きなのに素直になれない三十●歳素人童貞ヒーローでした。人間編からはメルセデスの方が気持ちの切り替えや進展は早いです笑 密会しつつ教え込みまくるのいいですよね……!
ダビドは私もお気に入りのキャラクターです。明るいだけじゃない、悲しいものを背負った熱いところもある親友ポジションになりました。
最後円満ハピエンになりましたが、実は本編ラストから子供たちに至るまでにまた一波乱あります。それを続編として書きたいと思っておりますので、いつか出来上がったら読んで頂けると嬉しいです。
どうもありがとうございました!
退会済ユーザのコメントです
感想ありがとうございます!
シグも初めて向けられる感情とその真っ直ぐさに、おっしゃるとおりもうたじたじです笑
今44話なんですね。もうすぐRシーンです!どうぞお楽しみに!
ご感想ありがとうございます。
お褒めいただけて嬉しいです。
ところで大変申し訳ないのですが、他の作品の感想はそれぞれにいただけるとありがたいです。
この作品のあらすじ等は平気だと思った方が感想欄を見たとき、別作品のセンシティブな情報を見て驚かれるかもしれません。タイトルも結構アレなので…。
前回の時には思い至らず申し訳ありませんでした。
ご感想を頂けることは本当に嬉しいですし、ありがたく思っております。
どうぞご理解のほどよろしくお願いいたします。