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解決編
69:大陸統一(2)
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大陸が震撼した、帝国の祝賀式典の騒動から、およそ半月。
天気のいい日の昼過ぎ。メルセデスが家の裏手の狭い畑で作物に水をやっていると、動物の重い足音が聞こえてくることに気がついた。聞き覚えのある、おそらく馬の足音だ。
メルセデスは町の住人だろうかと、家の表側へ回った。このような街はずれまでやってくる町の住人は、魔力を使っての頼みごとのある人だ。
家の表側で馬を止めていたのは、布を頭に巻きつけて覆い、目元以外を隠した大柄な人間だった。
顔は見えないが、筋骨隆々とした巨躯は男で間違いないだろう。旅装で、腰に剣を下げている。
町の住人でも、この国の兵士でもない。
メルセデスに緊張が走る。
こちらを見止めた男は、馬から降り立ち、ずかずかと足取り荒く歩み寄ってくる。
「どなたですか!? そこで止まってください!」
男は足を止めない。
メルセデスは威嚇のために、魔力で男の足元までの地面を粉砕した。しかし男は、尋常でない機敏な動きでそれを横に飛んで避けた。魔力で身体能力を強化しているのだ。
それで、メルセデスには誰かわかってしまった。
男は頭部の布に手をかける。
「シグ!」
露になったその顔は、一年間思い出の中で慰められた、愛する男だった。
険しい表情で詰め寄ったシヒスムンドは、手にした布を投げ捨て、メルセデスを力強く腕の中へ閉じ込めた。
「なぜ何も言わずに出て行った……!」
痛いほどに抱きしめる彼の、怒気を含んだ、だがどこか辛そうな言葉に、メルセデスは胸が締め付けられた。
「どうしてこちらにいらっしゃるのですか」
彼は正体を明かして、真の皇帝として混乱の渦中にいるはずだ。このような遠く離れた場所にいてよい人間ではない。
その返事がお気に召さなかったのか、答えは返されず、メルセデスは肩に抱え上げられた。抵抗する間もなく自宅の寝床へ運び入れられ、押し倒される格好になった。城のベッドと違ってきしむ音は響くし、ささやかな大きさのため、逃げる場所はない。
丸首のブラウスの襟を引かれ、ボタンがいくつか飛ぶ。露わになった肩にシヒスムンドの顔が寄せられたかと思えば、突如鋭い痛みに襲われた。
「いッ……!」
覆いかぶさるシヒスムンドの肩を押し返し、足をばたつかせるが、鍛えられた体躯はびくともしない。
ようやく顔が上げられると、シヒスムンドの唇にはわずかに血が付着していた。肩に噛みつかれたのだ。
「いつか、こうしてやりたかった。何か俺のものだという痕を……」
彼がこれまでメルセデスに触れるときは、何の痕も残さないように、細心の注意を払い、自制をしていた。侍女に世話をされるため、目に触れる痕跡を残してはならなかった。だがもう、メルセデスは後宮の愛妾ではない。
「なぜ、ダビドにしか話さなかった。回復してみれば、とっくに出発した後だと告げられ、居場所も明かされず、追いかけることもできなかった」
ダビドは約束を守ったのだと、メルセデスはようやく確認できた。命令されれば、ダビドはシヒスムンドにメルセデスの行き先を教えてしまうかもしれない。知った上で、シヒスムンドは追いかけない選択をしたかもしれない。
だがダビドはメルセデスの頼んだ通り、口を割らなかった。行き先さえ知れたら追いかけたと、そう思ってくれていたことが、嬉しくて仕方がなかった。
「申し訳ありません。ですが私は、あなたの邪魔だけはしてはならなかったのです」
幼少期から三十代半ばの現在まで大陸統一に心血を注いできたシヒスムンドの統治に、恩を受けた自らが影をもたらすことはあってはならない。いくらメルセデスを愛してくれていても、あのまま後宮に残れば、彼とダビドの積み上げたものを損なってしまっただろう。シヒスムンドが皇帝に戻ったとして、メルセデスを妃とすることも、寵愛することもできない。例え思い合っていたとしても、心のままに行動することはできない。
天気のいい日の昼過ぎ。メルセデスが家の裏手の狭い畑で作物に水をやっていると、動物の重い足音が聞こえてくることに気がついた。聞き覚えのある、おそらく馬の足音だ。
メルセデスは町の住人だろうかと、家の表側へ回った。このような街はずれまでやってくる町の住人は、魔力を使っての頼みごとのある人だ。
家の表側で馬を止めていたのは、布を頭に巻きつけて覆い、目元以外を隠した大柄な人間だった。
顔は見えないが、筋骨隆々とした巨躯は男で間違いないだろう。旅装で、腰に剣を下げている。
町の住人でも、この国の兵士でもない。
メルセデスに緊張が走る。
こちらを見止めた男は、馬から降り立ち、ずかずかと足取り荒く歩み寄ってくる。
「どなたですか!? そこで止まってください!」
男は足を止めない。
メルセデスは威嚇のために、魔力で男の足元までの地面を粉砕した。しかし男は、尋常でない機敏な動きでそれを横に飛んで避けた。魔力で身体能力を強化しているのだ。
それで、メルセデスには誰かわかってしまった。
男は頭部の布に手をかける。
「シグ!」
露になったその顔は、一年間思い出の中で慰められた、愛する男だった。
険しい表情で詰め寄ったシヒスムンドは、手にした布を投げ捨て、メルセデスを力強く腕の中へ閉じ込めた。
「なぜ何も言わずに出て行った……!」
痛いほどに抱きしめる彼の、怒気を含んだ、だがどこか辛そうな言葉に、メルセデスは胸が締め付けられた。
「どうしてこちらにいらっしゃるのですか」
彼は正体を明かして、真の皇帝として混乱の渦中にいるはずだ。このような遠く離れた場所にいてよい人間ではない。
その返事がお気に召さなかったのか、答えは返されず、メルセデスは肩に抱え上げられた。抵抗する間もなく自宅の寝床へ運び入れられ、押し倒される格好になった。城のベッドと違ってきしむ音は響くし、ささやかな大きさのため、逃げる場所はない。
丸首のブラウスの襟を引かれ、ボタンがいくつか飛ぶ。露わになった肩にシヒスムンドの顔が寄せられたかと思えば、突如鋭い痛みに襲われた。
「いッ……!」
覆いかぶさるシヒスムンドの肩を押し返し、足をばたつかせるが、鍛えられた体躯はびくともしない。
ようやく顔が上げられると、シヒスムンドの唇にはわずかに血が付着していた。肩に噛みつかれたのだ。
「いつか、こうしてやりたかった。何か俺のものだという痕を……」
彼がこれまでメルセデスに触れるときは、何の痕も残さないように、細心の注意を払い、自制をしていた。侍女に世話をされるため、目に触れる痕跡を残してはならなかった。だがもう、メルセデスは後宮の愛妾ではない。
「なぜ、ダビドにしか話さなかった。回復してみれば、とっくに出発した後だと告げられ、居場所も明かされず、追いかけることもできなかった」
ダビドは約束を守ったのだと、メルセデスはようやく確認できた。命令されれば、ダビドはシヒスムンドにメルセデスの行き先を教えてしまうかもしれない。知った上で、シヒスムンドは追いかけない選択をしたかもしれない。
だがダビドはメルセデスの頼んだ通り、口を割らなかった。行き先さえ知れたら追いかけたと、そう思ってくれていたことが、嬉しくて仕方がなかった。
「申し訳ありません。ですが私は、あなたの邪魔だけはしてはならなかったのです」
幼少期から三十代半ばの現在まで大陸統一に心血を注いできたシヒスムンドの統治に、恩を受けた自らが影をもたらすことはあってはならない。いくらメルセデスを愛してくれていても、あのまま後宮に残れば、彼とダビドの積み上げたものを損なってしまっただろう。シヒスムンドが皇帝に戻ったとして、メルセデスを妃とすることも、寵愛することもできない。例え思い合っていたとしても、心のままに行動することはできない。
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