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解決編
68:離別(1)
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負傷からひと月、回復したシヒスムンドがメルセデスに無体を働き、それが原因で傷を開かせてしまい、再度絶対安静になってもうひと月。
入れ替わりを隠すため他人にさせられない世話を、見舞と称して足しげく通うダビドが焼いていた。それを聞きつけた後宮の一部の女にはおかしな噂を立てられ、腹立たしいことこの上ないが、火消しに意味はないとダビドは我慢を続けている。
今度こそ傷もしっかりふさがり、激怒した医者から言い渡された安静期間を明日には終えるというところだった。この日もダビドはシヒスムンドの世話を一部こなし、ついでに話し相手になっていた。
「まったくあの医者はひと月も大人しくしていろなどと……」
「当然だ」
不満そうなシヒスムンドだが、対するダビドの口調は厳しい。
それも当然で、まだ安静が必要な時に、欲望を抑えられなかったのだ。自業自得である。
「さすがに愛妾とは露見しなかったが、女を呼んで抱いたことは部屋に呼びつけた時から見抜かれていたぞ」
呼ばれて駆け付ければ、せっかく真剣に治療を続けてきた重症患者が、安静の言い付けを破って肉欲に呑まれ、傷が開いてしまっていた。医者からすれば、また余計な手間を増やしてくれて怒髪天というものだろう。
「お前まで非難するのか。メルセデスと二人にしたのはお前だろう」
「人のせいにするな。お前がその体で彼女に手を出すとまでは思わなかったんだよ。まともに話をするのは出征以来だったから、落ち着いて話せるようにと気遣って離席してみれば、お前という奴は……」
淡白な方だと思っていたシヒスムンドが、あれほどあっさり手を出すとは意外すぎて、止める機会も失ってしまった。
そもそも、調査を通して親密になっていったことは知っていたが、まさか挿入していないだけで一通りの手は出していたなどとは驚愕である。あの後メルセデスからそれを聞いて、片棒を担いでしまっていたと反省した。
シヒスムンドがベッドの傍らに置かれた水差しに手を伸ばすので、代わりにグラスへ水を注いで手渡してやる。
「メルセデスはどうしている」
ついにやってきたその問いかけに、ダビドは努めて平然を装った。
水を飲みほしたシヒスムンドから、空のグラスを受け取り、また元の場所へ戻す。
「健在だ」
しかしシヒスムンドは、グラスを受け取ろうとしたダビドの手が、ほんのわずかに止まったことを目ざとく見つけていた。
「なぜ隠す」
何かを隠さなくてはならないダビドを案ずるような声音だ。それは、ダビドが裏切ることなどないと信じ切っているからの心配だ。
真相を伝えれば、シヒスムンドは最終的に落ち着いたとしても、一時的には激怒するだろう。それを想像すれば、例え伝える際に目を見なくとも、過去に金色の瞳の魔力を受けたダビドの中に恐怖が蘇る。
ダビドは湧き出る恐怖を収めるために深呼吸してから、隠し持っていた手枷の破片をシヒスムンドの前へ置いた。暗殺未遂後、メルセデスに付け直されていた魔力封じの手枷の一部だ。
「メルセデスは、当初約束した報酬を受け取って、新天地へ旅立った」
どちらも身動ぎ一つしない。こんな日に限って風もなく、開いた窓からも何の音も入ってこず、沈黙だけが二人の間に流れていく。
ダビドは背中に汗が伝うのを感じた。
「……なぜだ」
よほど衝撃的だったのだろう。裏切りや不義理にすぐ逆上する男なのに、今回ばかりは途方に暮れている。
初めて愛した女だった。メルセデスも愛情を返してくれていたはずだった。それが、何も言わずに、あっさりと去った。その愛情は勘違いだったのかと、シヒスムンドは愕然としている。
その様子が、半月ほど常に覚えていたダビドの罪悪感をひときわ強くした。
「彼女は、俺たちよりよほど冷静だったんだよ」
入れ替わりを隠すため他人にさせられない世話を、見舞と称して足しげく通うダビドが焼いていた。それを聞きつけた後宮の一部の女にはおかしな噂を立てられ、腹立たしいことこの上ないが、火消しに意味はないとダビドは我慢を続けている。
今度こそ傷もしっかりふさがり、激怒した医者から言い渡された安静期間を明日には終えるというところだった。この日もダビドはシヒスムンドの世話を一部こなし、ついでに話し相手になっていた。
「まったくあの医者はひと月も大人しくしていろなどと……」
「当然だ」
不満そうなシヒスムンドだが、対するダビドの口調は厳しい。
それも当然で、まだ安静が必要な時に、欲望を抑えられなかったのだ。自業自得である。
「さすがに愛妾とは露見しなかったが、女を呼んで抱いたことは部屋に呼びつけた時から見抜かれていたぞ」
呼ばれて駆け付ければ、せっかく真剣に治療を続けてきた重症患者が、安静の言い付けを破って肉欲に呑まれ、傷が開いてしまっていた。医者からすれば、また余計な手間を増やしてくれて怒髪天というものだろう。
「お前まで非難するのか。メルセデスと二人にしたのはお前だろう」
「人のせいにするな。お前がその体で彼女に手を出すとまでは思わなかったんだよ。まともに話をするのは出征以来だったから、落ち着いて話せるようにと気遣って離席してみれば、お前という奴は……」
淡白な方だと思っていたシヒスムンドが、あれほどあっさり手を出すとは意外すぎて、止める機会も失ってしまった。
そもそも、調査を通して親密になっていったことは知っていたが、まさか挿入していないだけで一通りの手は出していたなどとは驚愕である。あの後メルセデスからそれを聞いて、片棒を担いでしまっていたと反省した。
シヒスムンドがベッドの傍らに置かれた水差しに手を伸ばすので、代わりにグラスへ水を注いで手渡してやる。
「メルセデスはどうしている」
ついにやってきたその問いかけに、ダビドは努めて平然を装った。
水を飲みほしたシヒスムンドから、空のグラスを受け取り、また元の場所へ戻す。
「健在だ」
しかしシヒスムンドは、グラスを受け取ろうとしたダビドの手が、ほんのわずかに止まったことを目ざとく見つけていた。
「なぜ隠す」
何かを隠さなくてはならないダビドを案ずるような声音だ。それは、ダビドが裏切ることなどないと信じ切っているからの心配だ。
真相を伝えれば、シヒスムンドは最終的に落ち着いたとしても、一時的には激怒するだろう。それを想像すれば、例え伝える際に目を見なくとも、過去に金色の瞳の魔力を受けたダビドの中に恐怖が蘇る。
ダビドは湧き出る恐怖を収めるために深呼吸してから、隠し持っていた手枷の破片をシヒスムンドの前へ置いた。暗殺未遂後、メルセデスに付け直されていた魔力封じの手枷の一部だ。
「メルセデスは、当初約束した報酬を受け取って、新天地へ旅立った」
どちらも身動ぎ一つしない。こんな日に限って風もなく、開いた窓からも何の音も入ってこず、沈黙だけが二人の間に流れていく。
ダビドは背中に汗が伝うのを感じた。
「……なぜだ」
よほど衝撃的だったのだろう。裏切りや不義理にすぐ逆上する男なのに、今回ばかりは途方に暮れている。
初めて愛した女だった。メルセデスも愛情を返してくれていたはずだった。それが、何も言わずに、あっさりと去った。その愛情は勘違いだったのかと、シヒスムンドは愕然としている。
その様子が、半月ほど常に覚えていたダビドの罪悪感をひときわ強くした。
「彼女は、俺たちよりよほど冷静だったんだよ」
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