163 / 180
解決編
65:正体(3)
しおりを挟む
「では信じてくれ。俺が、誤解を受けお前の信頼を失うことに怯えるほど、お前を欲していると……」
シヒスムンドは一旦言葉を切った。
「いや、違うな……」
顔を上げると、シヒスムンドはどこかこれまでと違う目で、メルセデスを見つめていた。敵対の厳しい眼光でも、甘やかすような優しい目でもなく、対等な相手への真摯で尊敬のある眼差し。
「俺は、孤独に生きてきたお前では、俺の情など理解できないだろうとたかをくくっていた。だから、出征の前にお前に俺の思いを伝えなかった。伝えても意味がないと……。だが、情を理解していなかったのは俺の方だ。お前はとうに、俺へ心を渡そうとしてくれていた。お前が俺をかばったときに、ようやくわかった」
メルセデスはあの時、新天地という希望ではなく、シヒスムンドを選んだ。あの場で選んだというよりは、既に決まっていたから、そのように体が動いた。
「俺がお前を求めているのは、お前に同情したからではない。俺の目を見られるからでも、肉欲でもない。それらは全てここに至るまでの過程だ。仮に全て失われても、俺の思いは変わらん。俺は、お前を愛している」
その特別な言葉は、全身を痺れさせるようにメルセデスに染み渡った。
シヒスムンドが恐ろしい存在ではなくなった後も、祖国で彼の部下を殺したため、嫌われていると考えていた。しかしその後、嫌っていないと教えられ、ひどく安堵した覚えがある。自身が彼に恩を感じ、いかに報いるかが重要なのであって、好意が届かずとも構わないはずだった。
それなのにシヒスムンドはメルセデスへ、望むべくもなかった愛情を与えようとしてくれている。悲しくないのにまた泣きそうになる。
「最初は、私を救ってくださったあなたに恩返しをしたかった。私を助けてくださったのは、シュザンヌ様や侍女の皆さんも同じです。彼女たちには、困りごとがあれば力になりたいと思っています。ですが、困っていなくても、求められていなくても、それでも何かお役に立ちたいと、そう思うのは、あなただけです。私はどれが愛なのかわかりませんが、あなたへの好意は特別な好意です。だからきっと、私はあなたを愛しています」
断定ではないが、これが最上級の言葉だとわかったのだろう。シヒスムンドは満足げにメルセデスの頭をなでる。まるで子供にするような仕草だが心地よく、シヒスムンドの体に頭を預けた。
しばらくそうしていると、メルセデスは尻の下に何か硬いものが当たる感触に気づいた。先ほどまでは感じなかった。見上げれば、シヒスムンドは悩ましげな表情を浮かべている。
「メルセデス……。俺はかれこれ二か月半、禁欲生活を送っている」
つまり、後先考えずメルセデスを膝に乗せてしまったが、今になって体が飢えを主張し始めたということらしい。
「先ほど肉欲ではないと言った言葉の信憑性がなくなるな……」
そう言いつつも、手はメルセデスのドレスの紐をほどきにかかっていたので、慌てて制止する。
「だめです……!」
「なぜだ」
「人が、来るかもしれません」
シヒスムンドが、あの悪魔の笑い方を浮かべた。これは良からぬことを考えている。
「人払いはしてある」
「身仕舞も用意がありませんし……」
「丁度この部屋には怪我人がいるからな。そこに水も洗面器も布もある」
「まだお怪我も治っていません。先ほどお辛そうになさっていたではありませんか」
「なら、俺の傷に負担のかからない方法で、協力してくれるな?」
メルセデスは自分の返答の失敗を悟った。
シヒスムンドは一旦言葉を切った。
「いや、違うな……」
顔を上げると、シヒスムンドはどこかこれまでと違う目で、メルセデスを見つめていた。敵対の厳しい眼光でも、甘やかすような優しい目でもなく、対等な相手への真摯で尊敬のある眼差し。
「俺は、孤独に生きてきたお前では、俺の情など理解できないだろうとたかをくくっていた。だから、出征の前にお前に俺の思いを伝えなかった。伝えても意味がないと……。だが、情を理解していなかったのは俺の方だ。お前はとうに、俺へ心を渡そうとしてくれていた。お前が俺をかばったときに、ようやくわかった」
メルセデスはあの時、新天地という希望ではなく、シヒスムンドを選んだ。あの場で選んだというよりは、既に決まっていたから、そのように体が動いた。
「俺がお前を求めているのは、お前に同情したからではない。俺の目を見られるからでも、肉欲でもない。それらは全てここに至るまでの過程だ。仮に全て失われても、俺の思いは変わらん。俺は、お前を愛している」
その特別な言葉は、全身を痺れさせるようにメルセデスに染み渡った。
シヒスムンドが恐ろしい存在ではなくなった後も、祖国で彼の部下を殺したため、嫌われていると考えていた。しかしその後、嫌っていないと教えられ、ひどく安堵した覚えがある。自身が彼に恩を感じ、いかに報いるかが重要なのであって、好意が届かずとも構わないはずだった。
それなのにシヒスムンドはメルセデスへ、望むべくもなかった愛情を与えようとしてくれている。悲しくないのにまた泣きそうになる。
「最初は、私を救ってくださったあなたに恩返しをしたかった。私を助けてくださったのは、シュザンヌ様や侍女の皆さんも同じです。彼女たちには、困りごとがあれば力になりたいと思っています。ですが、困っていなくても、求められていなくても、それでも何かお役に立ちたいと、そう思うのは、あなただけです。私はどれが愛なのかわかりませんが、あなたへの好意は特別な好意です。だからきっと、私はあなたを愛しています」
断定ではないが、これが最上級の言葉だとわかったのだろう。シヒスムンドは満足げにメルセデスの頭をなでる。まるで子供にするような仕草だが心地よく、シヒスムンドの体に頭を預けた。
しばらくそうしていると、メルセデスは尻の下に何か硬いものが当たる感触に気づいた。先ほどまでは感じなかった。見上げれば、シヒスムンドは悩ましげな表情を浮かべている。
「メルセデス……。俺はかれこれ二か月半、禁欲生活を送っている」
つまり、後先考えずメルセデスを膝に乗せてしまったが、今になって体が飢えを主張し始めたということらしい。
「先ほど肉欲ではないと言った言葉の信憑性がなくなるな……」
そう言いつつも、手はメルセデスのドレスの紐をほどきにかかっていたので、慌てて制止する。
「だめです……!」
「なぜだ」
「人が、来るかもしれません」
シヒスムンドが、あの悪魔の笑い方を浮かべた。これは良からぬことを考えている。
「人払いはしてある」
「身仕舞も用意がありませんし……」
「丁度この部屋には怪我人がいるからな。そこに水も洗面器も布もある」
「まだお怪我も治っていません。先ほどお辛そうになさっていたではありませんか」
「なら、俺の傷に負担のかからない方法で、協力してくれるな?」
メルセデスは自分の返答の失敗を悟った。
0
お気に入りに追加
148
あなたにおすすめの小説
大事な姫様の性教育のために、姫様の御前で殿方と実演することになってしまいました。
水鏡あかり
恋愛
姫様に「あの人との初夜で粗相をしてしまうのが不安だから、貴女のを見せて」とお願いされた、姫様至上主義の侍女・真砂《まさご》。自分の拙い閨の経験では参考にならないと思いつつ、大事な姫様に懇願されて、引き受けることに。
真砂には気になる相手・檜佐木《ひさぎ》がいたものの、過去に一度、檜佐木の誘いを断ってしまっていたため、いまさら言えず、姫様の提案で、相手役は姫の夫である若様に選んでいただくことになる。
しかし、実演の当夜に閨に現れたのは、檜佐木で。どうも怒っているようなのだがーー。
主君至上主義な従者同士の恋愛が大好きなので書いてみました! ちょっと言葉責めもあるかも。
大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました
扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!?
*こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。
――
ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。
そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。
その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。
結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。
が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。
彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。
しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。
どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~
一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、
快楽漬けの日々を過ごすことになる!
そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
【完結】【R18】男色疑惑のある公爵様の契約妻となりましたが、気がついたら愛されているんですけれど!?
夏琳トウ(明石唯加)
恋愛
「俺と結婚してくれたら、衣食住完全補償。なんだったら、キミの実家に支援させてもらうよ」
「え、じゃあ結婚します!」
メラーズ王国に住まう子爵令嬢マーガレットは悩んでいた。
というのも、元々借金まみれだった家の財政状況がさらに悪化し、ついには没落か夜逃げかという二択を迫られていたのだ。
そんな中、父に「頼むからいい男を捕まえてこい!」と送り出された舞踏会にて、マーガレットは王国の二大公爵家の一つオルブルヒ家の当主クローヴィスと出逢う。
彼はマーガレットの話を聞くと、何を思ったのか「俺と契約結婚しない?」と言ってくる。
しかし、マーガレットはためらう。何故ならば……彼には男色家だといううわさがあったのだ。つまり、形だけの結婚になるのは目に見えている。
そう思ったものの、彼が提示してきた条件にマーガレットは飛びついた。
そして、マーガレットはクローヴィスの(契約)妻となった。
男色家疑惑のある自由気ままな公爵様×貧乏性で現金な子爵令嬢。
二人がなんやかんやありながらも両想いになる勘違い話。
◆hotランキング 10位ありがとうございます……!
――
◆掲載先→アルファポリス、ムーンライトノベルズ、エブリスタ
かつて私を愛した夫はもういない 偽装結婚のお飾り妻なので溺愛からは逃げ出したい
おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
※また後日、後日談を掲載予定。
一代で財を築き上げた青年実業家の青年レオパルト。彼は社交性に富み、女性たちの憧れの的だった。
上流階級の出身であるダイアナは、かつて、そんな彼から情熱的に求められ、身分差を乗り越えて結婚することになった。
幸せになると信じたはずの結婚だったが、新婚数日で、レオパルトの不実が発覚する。
どうして良いのか分からなくなったダイアナは、レオパルトを避けるようになり、家庭内別居のような状態が数年続いていた。
夫から求められず、苦痛な毎日を過ごしていたダイアナ。宗教にすがりたくなった彼女は、ある時、神父を呼び寄せたのだが、それを勘違いしたレオパルトが激高する。辛くなったダイアナは家を出ることにして――。
明るく社交的な夫を持った、大人しい妻。
どうして彼は二年間、妻を求めなかったのか――?
勘違いですれ違っていた夫婦の誤解が解けて仲直りをした後、苦難を乗り越え、再度愛し合うようになるまでの物語。
※本編全23話の完結済の作品。アルファポリス様では、読みやすいように1話を3〜4分割にして投稿中。
※ムーンライト様にて、11/10~12/1に本編連載していた完結作品になります。現在、ムーンライト様では本編の雰囲気とは違い明るい後日談を投稿中です。
※R18に※。作者の他作品よりも本編はおとなしめ。
※ムーンライト33作品目にして、初めて、日間総合1位、週間総合1位をとることができた作品になります。
【R18】愛するつもりはないと言われましても
レイラ
恋愛
「悪いが君を愛するつもりはない」結婚式の直後、馬車の中でそう告げられてしまった妻のミラベル。そんなことを言われましても、わたくしはしゅきぴのために頑張りますわ!年上の旦那様を籠絡すべく策を巡らせるが、夫のグレンには誰にも言えない秘密があって─?
※この作品は、個人企画『女の子だって溺愛企画』参加作品です。
※ムーンライトノベルズにも投稿しています。
子どもを授かったので、幼馴染から逃げ出すことにしました
おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
※ムーンライト様にて、日間総合1位、週間総合1位、月間総合2位をいただいた完結作品になります。
※現在、ムーンライト様では後日談先行投稿、アルファポリス様では各章終了後のsideウィリアム★を先行投稿。
※最終第37話は、ムーンライト版の最終話とウィリアムとイザベラの選んだ将来が異なります。
伯爵家の嫡男ウィリアムに拾われ、屋敷で使用人として働くイザベラ。互いに惹かれ合う二人だが、ウィリアムに侯爵令嬢アイリーンとの縁談話が上がる。
すれ違ったウィリアムとイザベラ。彼は彼女を無理に手籠めにしてしまう。たった一夜の過ちだったが、ウィリアムの子を妊娠してしまったイザベラ。ちょうどその頃、ウィリアムとアイリーン嬢の婚約が成立してしまう。
我が子を産み育てる決意を固めたイザベラは、ウィリアムには妊娠したことを告げずに伯爵家を出ることにして――。
※R18に※
【R18】助けてもらった虎獣人にマーキングされちゃう話
象の居る
恋愛
異世界転移したとたん、魔獣に狙われたユキを助けてくれたムキムキ虎獣人のアラン。襲われた恐怖でアランに縋り、家においてもらったあともズルズル関係している。このまま一緒にいたいけどアランはどう思ってる? セフレなのか悩みつつも関係が壊れるのが怖くて聞けない。飽きられたときのために一人暮らしの住宅事情を調べてたらアランの様子がおかしくなって……。
ベッドの上ではちょっと意地悪なのに肝心なとこはヘタレな虎獣人と、普段はハッキリ言うのに怖がりな人間がお互いの気持ちを確かめ合って結ばれる話です。
ムーンライトノベルズさんにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる