【R-18】【完結】魔女は将軍の手で人間になる

雲走もそそ

文字の大きさ
上 下
159 / 180
解決編

64:怨嗟(1)

しおりを挟む
 メルセデスの証言により捕縛されたシュザンヌは、牢獄でダビドに理由を質されて鼻で笑った。

「なぜこのようなことを……」
「なぜ? では帝国がわたくしに何をしたのか、陛下はご存知でいらっしゃいますか?」

 百合の花は、美しい顔に酷薄な笑みをたたえたながら、呪詛を吐いた。

「先帝最後の寵姫などと、お笑い草ですわ。陛下。先帝の後宮と当代の後宮は違うのです。当代の異国出身の愛妾たちは望んでやってきました。先帝の時代に望んで来たのは、帝国内からの女性たちだけです。笑顔で文句も言わなければ、現状に満足しているとでも? それが分からぬ陛下ではないでしょう」

 自分たちの野望に気を取られ、常に微笑を浮かべる彼女の事情を深く知ろうとしなかった。それはダビドとシヒスムンドの最大の過ちだった。

「醜聞ですから隠されていましたけれど、わたくしは脅されてここにきました。見初めるなどと、綺麗な言葉で取り繕っても、ただの略奪ですわ。わたくしは侵略された祖国に、夫と幼い息子がいましたのよ。連れて行かれそうになるわたくしをかばおうとして、夫は目の前で殺されました」

 先帝は、侵略した国から奪いつくした。皇帝の母であるテレーザ妃も、彼女の祖国の王族であったが、連れ去られてきた女性だ。その後にやってきたシュザンヌも、同じ境遇だった。

「次は夫の亡骸に縋りつく息子が手にかけられそうになって……。私は必死で先帝に媚びを売りました。あの男が息子の存在を忘れるように。人質として共に連れていくなどと言い出さないように。夫の仇に抱かれるおぞましさに、舌を噛み切って死んでしまいたかったけれど、それでも息子に累が及ばないよう、まるであの男を愛しているかのごとく振る舞いましたわ」

 先帝の頃、ダビドから見える範囲の彼女は、権力を求めることのない、従順な博愛の人であった。それは、そう見せていただけ。

「暗殺者を手引きした隠し通路は、先帝が閨でわたくしに教えたのです。外から入ることしかできない通路を教えて、わたくしが助けを呼ぼうとするか、この心が真にあの男へ移ったのか、試したのです。魂胆の見え透いた、本当に浅はかな男でした。いつしか先帝は、あんな方法で連れてきておいて、わたくしに夫と子がいたのを忘れてしまったかのように、純真無垢が花言葉の百合の花の二つ名まで与えました。わたくしがこの名で呼ばれたくないのは、恐れ多いからなどではなく、あの男から与えられた、元のわたくしを否定する唾棄すべき名だからです」

 白銀の髪と透き通るような肌で、人々は彼女の姿に白百合を彷彿とさせただろう。だが、特に白百合の花言葉は純潔。夫を殺し、子供と引き離し、略奪の末凌辱し続けた既婚者相手に付けるには、正気を疑う二つ名だ。

「一年だけであっても、地獄のような暮らしでした。先帝が崩御して、ようやく終わったと思えば、事情も知らないあなたが残ってほしいと……。あなたが体制を一新するために行った人員整理のために、わたくしがなぜ帝国へ来ることになったのか、知る者がいなくなってしまいました。だからあのような無神経なことを頼めたのでしょう。先帝がわたくしを側妃にしなかったことを疑問に思えば、行き着いたかもしれないのに」

 婚姻歴があっても、愛妾にはなれる。一方、妃にはなれない。
 先帝のシュザンヌへの寵愛は著しく、後宮へ足しげく通っていた。にもかかわらず彼女が妃にならなかった理由は、今でこそ、先帝が死去する一年前であったことから、彼の病のため体の関係がないからだと言われている。だが、実のところはシュザンヌに元は夫がいたためであった。
 しかし、先帝の時代の腐敗した国政を刷新するために、多くの臣下の首を挿げ替えた結果、彼女に起きた悲劇を皇帝へ伝える者がいなくなってしまったのだ。
しおりを挟む
script?guid=on
感想 12

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

不器用騎士様は記憶喪失の婚約者を逃がさない

かべうち右近
恋愛
「あなたみたいな人と、婚約したくなかった……!」 婚約者ヴィルヘルミーナにそう言われたルドガー。しかし、ツンツンなヴィルヘルミーナはそれからすぐに事故で記憶を失い、それまでとは打って変わって素直な可愛らしい令嬢に生まれ変わっていたーー。 もともとルドガーとヴィルヘルミーナは、顔を合わせればたびたび口喧嘩をする幼馴染同士だった。 ずっと好きな女などいないと思い込んでいたルドガーは、女性に人気で付き合いも広い。そんな彼は、悪友に指摘されて、ヴィルヘルミーナが好きなのだとやっと気付いた。 想いに気づいたとたんに、何の幸運か、親の意向によりとんとん拍子にヴィルヘルミーナとルドガーの婚約がまとまったものの、女たらしのルドガーに対してヴィルヘルミーナはツンツンだったのだ。 記憶を失ったヴィルヘルミーナには悪いが、今度こそ彼女を口説き落して円満結婚を目指し、ルドガーは彼女にアプローチを始める。しかし、元女誑しの不器用騎士は息を吸うようにステップをすっ飛ばしたアプローチばかりしてしまい…? 不器用騎士×元ツンデレ・今素直令嬢のラブコメです。 12/11追記 書籍版の配信に伴い、WEB連載版は取り下げております。 たくさんお読みいただきありがとうございました!

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる

マチバリ
恋愛
 貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。  数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。 書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。

捨てた騎士と拾った魔術師

吉野屋
恋愛
 貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

一途なエリート騎士の指先はご多忙。もはや暴走は時間の問題か?

はなまる
恋愛
 シエルは20歳。父ルドルフはセルベーラ国の国王の弟だ。17歳の時に婚約するが誤解を受けて婚約破棄された。以来結婚になど目もくれず父の仕事を手伝って来た。 ところが2か月前国王が急死してしまう。国王の息子はまだ12歳でシエルの父が急きょ国王の代理をすることになる。ここ数年天候不順が続いてセルベーラ国の食糧事情は危うかった。 そこで隣国のオーランド国から作物を輸入する取り決めをする。だが、オーランド国の皇帝は無類の女好きで王族の女性を一人側妃に迎えたいと申し出た。 国王にも王女は3人ほどいたのだが、こちらもまだ一番上が14歳。とても側妃になど行かせられないとシエルに白羽の矢が立った。シエルは国のためならと思い腰を上げる。 そこに護衛兵として同行を申し出た騎士団に所属するボルク。彼は小さいころからの知り合いで仲のいい友達でもあった。互いに気心が知れた中でシエルは彼の事を好いていた。 彼には面白い癖があってイライラしたり怒ると親指と人差し指を擦り合わせる。うれしいと親指と中指を擦り合わせ、照れたり、言いにくい事があるときは親指と薬指を擦り合わせるのだ。だからボルクが怒っているとすぐにわかる。 そんな彼がシエルに同行したいと申し出た時彼は怒っていた。それはこんな話に怒っていたのだった。そして同行できる事になると喜んだ。シエルの心は一瞬にしてざわめく。 隣国の例え側妃といえども皇帝の妻となる身の自分がこんな気持ちになってはいけないと自分を叱咤するが道中色々なことが起こるうちにふたりは仲は急接近していく…  この話は全てフィクションです。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

処理中です...