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解決編
64:怨嗟(1)
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メルセデスの証言により捕縛されたシュザンヌは、牢獄でダビドに理由を質されて鼻で笑った。
「なぜこのようなことを……」
「なぜ? では帝国がわたくしに何をしたのか、陛下はご存知でいらっしゃいますか?」
百合の花は、美しい顔に酷薄な笑みをたたえたながら、呪詛を吐いた。
「先帝最後の寵姫などと、お笑い草ですわ。陛下。先帝の後宮と当代の後宮は違うのです。当代の異国出身の愛妾たちは望んでやってきました。先帝の時代に望んで来たのは、帝国内からの女性たちだけです。笑顔で文句も言わなければ、現状に満足しているとでも? それが分からぬ陛下ではないでしょう」
自分たちの野望に気を取られ、常に微笑を浮かべる彼女の事情を深く知ろうとしなかった。それはダビドとシヒスムンドの最大の過ちだった。
「醜聞ですから隠されていましたけれど、わたくしは脅されてここにきました。見初めるなどと、綺麗な言葉で取り繕っても、ただの略奪ですわ。わたくしは侵略された祖国に、夫と幼い息子がいましたのよ。連れて行かれそうになるわたくしをかばおうとして、夫は目の前で殺されました」
先帝は、侵略した国から奪いつくした。皇帝の母であるテレーザ妃も、彼女の祖国の王族であったが、連れ去られてきた女性だ。その後にやってきたシュザンヌも、同じ境遇だった。
「次は夫の亡骸に縋りつく息子が手にかけられそうになって……。私は必死で先帝に媚びを売りました。あの男が息子の存在を忘れるように。人質として共に連れていくなどと言い出さないように。夫の仇に抱かれるおぞましさに、舌を噛み切って死んでしまいたかったけれど、それでも息子に累が及ばないよう、まるであの男を愛しているかのごとく振る舞いましたわ」
先帝の頃、ダビドから見える範囲の彼女は、権力を求めることのない、従順な博愛の人であった。それは、そう見せていただけ。
「暗殺者を手引きした隠し通路は、先帝が閨でわたくしに教えたのです。外から入ることしかできない通路を教えて、わたくしが助けを呼ぼうとするか、この心が真にあの男へ移ったのか、試したのです。魂胆の見え透いた、本当に浅はかな男でした。いつしか先帝は、あんな方法で連れてきておいて、わたくしに夫と子がいたのを忘れてしまったかのように、純真無垢が花言葉の百合の花の二つ名まで与えました。わたくしがこの名で呼ばれたくないのは、恐れ多いからなどではなく、あの男から与えられた、元のわたくしを否定する唾棄すべき名だからです」
白銀の髪と透き通るような肌で、人々は彼女の姿に白百合を彷彿とさせただろう。だが、特に白百合の花言葉は純潔。夫を殺し、子供と引き離し、略奪の末凌辱し続けた既婚者相手に付けるには、正気を疑う二つ名だ。
「一年だけであっても、地獄のような暮らしでした。先帝が崩御して、ようやく終わったと思えば、事情も知らないあなたが残ってほしいと……。あなたが体制を一新するために行った人員整理のために、わたくしがなぜ帝国へ来ることになったのか、知る者がいなくなってしまいました。だからあのような無神経なことを頼めたのでしょう。先帝がわたくしを側妃にしなかったことを疑問に思えば、行き着いたかもしれないのに」
婚姻歴があっても、愛妾にはなれる。一方、妃にはなれない。
先帝のシュザンヌへの寵愛は著しく、後宮へ足しげく通っていた。にもかかわらず彼女が妃にならなかった理由は、今でこそ、先帝が死去する一年前であったことから、彼の病のため体の関係がないからだと言われている。だが、実のところはシュザンヌに元は夫がいたためであった。
しかし、先帝の時代の腐敗した国政を刷新するために、多くの臣下の首を挿げ替えた結果、彼女に起きた悲劇を皇帝へ伝える者がいなくなってしまったのだ。
「なぜこのようなことを……」
「なぜ? では帝国がわたくしに何をしたのか、陛下はご存知でいらっしゃいますか?」
百合の花は、美しい顔に酷薄な笑みをたたえたながら、呪詛を吐いた。
「先帝最後の寵姫などと、お笑い草ですわ。陛下。先帝の後宮と当代の後宮は違うのです。当代の異国出身の愛妾たちは望んでやってきました。先帝の時代に望んで来たのは、帝国内からの女性たちだけです。笑顔で文句も言わなければ、現状に満足しているとでも? それが分からぬ陛下ではないでしょう」
自分たちの野望に気を取られ、常に微笑を浮かべる彼女の事情を深く知ろうとしなかった。それはダビドとシヒスムンドの最大の過ちだった。
「醜聞ですから隠されていましたけれど、わたくしは脅されてここにきました。見初めるなどと、綺麗な言葉で取り繕っても、ただの略奪ですわ。わたくしは侵略された祖国に、夫と幼い息子がいましたのよ。連れて行かれそうになるわたくしをかばおうとして、夫は目の前で殺されました」
先帝は、侵略した国から奪いつくした。皇帝の母であるテレーザ妃も、彼女の祖国の王族であったが、連れ去られてきた女性だ。その後にやってきたシュザンヌも、同じ境遇だった。
「次は夫の亡骸に縋りつく息子が手にかけられそうになって……。私は必死で先帝に媚びを売りました。あの男が息子の存在を忘れるように。人質として共に連れていくなどと言い出さないように。夫の仇に抱かれるおぞましさに、舌を噛み切って死んでしまいたかったけれど、それでも息子に累が及ばないよう、まるであの男を愛しているかのごとく振る舞いましたわ」
先帝の頃、ダビドから見える範囲の彼女は、権力を求めることのない、従順な博愛の人であった。それは、そう見せていただけ。
「暗殺者を手引きした隠し通路は、先帝が閨でわたくしに教えたのです。外から入ることしかできない通路を教えて、わたくしが助けを呼ぼうとするか、この心が真にあの男へ移ったのか、試したのです。魂胆の見え透いた、本当に浅はかな男でした。いつしか先帝は、あんな方法で連れてきておいて、わたくしに夫と子がいたのを忘れてしまったかのように、純真無垢が花言葉の百合の花の二つ名まで与えました。わたくしがこの名で呼ばれたくないのは、恐れ多いからなどではなく、あの男から与えられた、元のわたくしを否定する唾棄すべき名だからです」
白銀の髪と透き通るような肌で、人々は彼女の姿に白百合を彷彿とさせただろう。だが、特に白百合の花言葉は純潔。夫を殺し、子供と引き離し、略奪の末凌辱し続けた既婚者相手に付けるには、正気を疑う二つ名だ。
「一年だけであっても、地獄のような暮らしでした。先帝が崩御して、ようやく終わったと思えば、事情も知らないあなたが残ってほしいと……。あなたが体制を一新するために行った人員整理のために、わたくしがなぜ帝国へ来ることになったのか、知る者がいなくなってしまいました。だからあのような無神経なことを頼めたのでしょう。先帝がわたくしを側妃にしなかったことを疑問に思えば、行き着いたかもしれないのに」
婚姻歴があっても、愛妾にはなれる。一方、妃にはなれない。
先帝のシュザンヌへの寵愛は著しく、後宮へ足しげく通っていた。にもかかわらず彼女が妃にならなかった理由は、今でこそ、先帝が死去する一年前であったことから、彼の病のため体の関係がないからだと言われている。だが、実のところはシュザンヌに元は夫がいたためであった。
しかし、先帝の時代の腐敗した国政を刷新するために、多くの臣下の首を挿げ替えた結果、彼女に起きた悲劇を皇帝へ伝える者がいなくなってしまったのだ。
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