157 / 180
解決編
63:事件の真相(2)
しおりを挟む
シュザンヌが手引きした刺客たちは、現職の宰相である、ロレンサの父、マルティネス公爵に放たれた者だった。公爵は国家転覆を目論んで、将軍の暗殺を計画した。
公爵は、帝国民や兵士たちが最も信奉しているのは将軍シヒスムンドであり、ダビドが政治面の助言も求めるほど彼を信頼していることを、見抜いていた。そのため、将軍こそが帝国の礎であり、彼を殺せば帝国の崩壊の足掛かりになると考える。そして、血縁者が全くいない皇帝を殺害しても、将軍がその跡を継ぎ、民衆もそれを望むと予想した。
シヒスムンドの暗殺に後宮を選んだ理由は、過去の皇帝暗殺未遂の状況にあった。
征服した国の残党に城下で襲い掛かられても、シヒスムンドは全くの無傷でいなして見せた。一方でダビドが暗殺されそうになったとき、近くにいたシヒスムンドが、自らの負傷もいとわずに守った。
それは命を呈した忠義というより、ダビドと共にいるときに現れる暴漢は、自身が標的ではないという確信から来る、大胆な戦法だった。それはある意味、油断であった。
シヒスムンドの暗殺に最も適した状況は、常に気を張っている平常時ではなく、皇帝を守ろうとする瞬間だと考えられたのだ。
二人が揃っている状況ならいつでもよかったが、城内では他にも護衛が大勢おり、暗殺者を手引きすることが難しい。
ただ一つ、護衛を大勢連れることができず、かつ軽い武装にならざるを得ない場所があった。それが後宮だった。
宰相はすでに後宮へ娘を愛妾として送り込んでいたが、彼女に協力させるなど足の付く真似はしない。かといって侍女や女官に扮した協力者や刺客を送り込むにも、身元の不確かなものを後宮には入れられない。どうにか入れたとしても、いずれ露見する。宮仕えの直前に成り代わらせるにも、それを警戒しての親族等による複数の本人確認が存在するため難しい。
そこで、娘のために実家から送り込んだ侍女を、自分の行動が何に繋がっているのかわからない範囲で動かし、刺客の直接の手引きは先帝の寵姫であったシュザンヌに協力させることにした。
公爵は、彼女がどのような経緯で後宮にやってきたか知る数少ない人間でもあった。自身の正体を隠したうえで、過去の経緯に関係するシュザンヌの弱みを握って協力させる。
後宮が厳戒態勢になる前、シュザンヌとの連絡は、定期的に行われる夜会で手紙をやり取りし、その場で燃やさせることで行っていた。
さらに彼女が先帝から教えられた、唯一の秘密の通路の情報も得た。その通路は、城壁の外から後宮のシュザンヌの居室に繋がっているため、そこから刺客を送り込むことを計画する。
一方通行の秘密の通路は、刺客を侵入させることしかできなかったが、将軍暗殺に後宮は大騒動になる。その混乱に乗じて壁越えで脱出させればいい。
しかし、実際に刺客を後宮へ入れた際に問題が起きた。シュザンヌの侍女の一人にそれを目撃されたのだ。シュザンヌが止める間もなく、刺客は侍女をその場で殺害した。だが、死体は消せない。発覚は時間の問題だ。
刺客たちは外へ出られないため屋根裏等の空間に潜伏するしかない。そこへ死体を運んでも、いずれ臭いが出て見つかる。その前に暗殺を済ませられるとは限らない。
そこで、シュザンヌの提案した方法で隠すことになった。
皇帝は、後宮を民族融和の象徴にしたいと強く考えており、なるべく侍女が殺害されたことは公表したがらないと目された。だが死体を後宮の女たちに見られれば、騒ぎが起き公表せざるをえない。さらに公表されれば大っぴらに捜査ができるようになってしまい、刺客が捕まるだけでなく、今後の暗殺の機会まで失われる可能性もある。ならば、失踪者を探すための兵士たちに発見させ、事件をもみ消させることが一番だ。
シュザンヌのもくろみ通り、殺された侍女は表向き、本人が後宮内での仕事に嫌気がさし、しかし出られないため隠れ、最終的に兵士たちにより発見されて実家へ送り返されたことになった。
シュザンヌは侍女が殺害されたことを、皇帝から知らされた。シュザンヌの侍女であったから、以前から帰りたがっていたと口裏を合わせてもらう必要があったためだ。
予想通り皇帝は、後宮に厳戒態勢を敷いた。表ざたにはできないが、後宮内に暗殺者がいる。侍女や女官の新規採用をいったん止め、また、解雇や一時帰宅も理由をつけてさせなかった。夜会も皇太子時代の恩師である学者が死亡したことにかこつけ、喪に服すと称してしばらく中止し、後宮の女性たちと外部のかかわりを制限した。
それでも衣食のための物資まで完全に止めるわけにはいかないので、出入りの商人を上手く経由させて、公爵はシュザンヌへ指示を送り続けた。
メルセデスの想像通り、それはロレンサと詩人の秘密の文通を隠れ蓑にしていた。
外からは、詩人より封のしていない手紙を商人に預からせ、商人は事前に託された暗号を忍ばせた封筒に便せんを移し替える。それをロレンサへ送った侍女の一人に届けさせる。侍女は中身を取り出した封筒だけを、指定した場所に置いて立ち去らせる。シュザンヌがそれを回収し、暗号を解読して必要に応じて刺客と連絡を取る。
そして内側からは、シュザンヌが封筒に暗号を記し、指定の場所を経由してロレンサの侍女に渡す。侍女はロレンサから詩人への手紙をそこに入れて、商人へ託す。商人は封筒を別のものに取り替えて、手紙を詩人へ届けつつ、暗号入りの封筒は公爵の手の者に渡す。ロレンサと詩人の文通自体は事実のため、いい目くらましになった。
公爵は、帝国民や兵士たちが最も信奉しているのは将軍シヒスムンドであり、ダビドが政治面の助言も求めるほど彼を信頼していることを、見抜いていた。そのため、将軍こそが帝国の礎であり、彼を殺せば帝国の崩壊の足掛かりになると考える。そして、血縁者が全くいない皇帝を殺害しても、将軍がその跡を継ぎ、民衆もそれを望むと予想した。
シヒスムンドの暗殺に後宮を選んだ理由は、過去の皇帝暗殺未遂の状況にあった。
征服した国の残党に城下で襲い掛かられても、シヒスムンドは全くの無傷でいなして見せた。一方でダビドが暗殺されそうになったとき、近くにいたシヒスムンドが、自らの負傷もいとわずに守った。
それは命を呈した忠義というより、ダビドと共にいるときに現れる暴漢は、自身が標的ではないという確信から来る、大胆な戦法だった。それはある意味、油断であった。
シヒスムンドの暗殺に最も適した状況は、常に気を張っている平常時ではなく、皇帝を守ろうとする瞬間だと考えられたのだ。
二人が揃っている状況ならいつでもよかったが、城内では他にも護衛が大勢おり、暗殺者を手引きすることが難しい。
ただ一つ、護衛を大勢連れることができず、かつ軽い武装にならざるを得ない場所があった。それが後宮だった。
宰相はすでに後宮へ娘を愛妾として送り込んでいたが、彼女に協力させるなど足の付く真似はしない。かといって侍女や女官に扮した協力者や刺客を送り込むにも、身元の不確かなものを後宮には入れられない。どうにか入れたとしても、いずれ露見する。宮仕えの直前に成り代わらせるにも、それを警戒しての親族等による複数の本人確認が存在するため難しい。
そこで、娘のために実家から送り込んだ侍女を、自分の行動が何に繋がっているのかわからない範囲で動かし、刺客の直接の手引きは先帝の寵姫であったシュザンヌに協力させることにした。
公爵は、彼女がどのような経緯で後宮にやってきたか知る数少ない人間でもあった。自身の正体を隠したうえで、過去の経緯に関係するシュザンヌの弱みを握って協力させる。
後宮が厳戒態勢になる前、シュザンヌとの連絡は、定期的に行われる夜会で手紙をやり取りし、その場で燃やさせることで行っていた。
さらに彼女が先帝から教えられた、唯一の秘密の通路の情報も得た。その通路は、城壁の外から後宮のシュザンヌの居室に繋がっているため、そこから刺客を送り込むことを計画する。
一方通行の秘密の通路は、刺客を侵入させることしかできなかったが、将軍暗殺に後宮は大騒動になる。その混乱に乗じて壁越えで脱出させればいい。
しかし、実際に刺客を後宮へ入れた際に問題が起きた。シュザンヌの侍女の一人にそれを目撃されたのだ。シュザンヌが止める間もなく、刺客は侍女をその場で殺害した。だが、死体は消せない。発覚は時間の問題だ。
刺客たちは外へ出られないため屋根裏等の空間に潜伏するしかない。そこへ死体を運んでも、いずれ臭いが出て見つかる。その前に暗殺を済ませられるとは限らない。
そこで、シュザンヌの提案した方法で隠すことになった。
皇帝は、後宮を民族融和の象徴にしたいと強く考えており、なるべく侍女が殺害されたことは公表したがらないと目された。だが死体を後宮の女たちに見られれば、騒ぎが起き公表せざるをえない。さらに公表されれば大っぴらに捜査ができるようになってしまい、刺客が捕まるだけでなく、今後の暗殺の機会まで失われる可能性もある。ならば、失踪者を探すための兵士たちに発見させ、事件をもみ消させることが一番だ。
シュザンヌのもくろみ通り、殺された侍女は表向き、本人が後宮内での仕事に嫌気がさし、しかし出られないため隠れ、最終的に兵士たちにより発見されて実家へ送り返されたことになった。
シュザンヌは侍女が殺害されたことを、皇帝から知らされた。シュザンヌの侍女であったから、以前から帰りたがっていたと口裏を合わせてもらう必要があったためだ。
予想通り皇帝は、後宮に厳戒態勢を敷いた。表ざたにはできないが、後宮内に暗殺者がいる。侍女や女官の新規採用をいったん止め、また、解雇や一時帰宅も理由をつけてさせなかった。夜会も皇太子時代の恩師である学者が死亡したことにかこつけ、喪に服すと称してしばらく中止し、後宮の女性たちと外部のかかわりを制限した。
それでも衣食のための物資まで完全に止めるわけにはいかないので、出入りの商人を上手く経由させて、公爵はシュザンヌへ指示を送り続けた。
メルセデスの想像通り、それはロレンサと詩人の秘密の文通を隠れ蓑にしていた。
外からは、詩人より封のしていない手紙を商人に預からせ、商人は事前に託された暗号を忍ばせた封筒に便せんを移し替える。それをロレンサへ送った侍女の一人に届けさせる。侍女は中身を取り出した封筒だけを、指定した場所に置いて立ち去らせる。シュザンヌがそれを回収し、暗号を解読して必要に応じて刺客と連絡を取る。
そして内側からは、シュザンヌが封筒に暗号を記し、指定の場所を経由してロレンサの侍女に渡す。侍女はロレンサから詩人への手紙をそこに入れて、商人へ託す。商人は封筒を別のものに取り替えて、手紙を詩人へ届けつつ、暗号入りの封筒は公爵の手の者に渡す。ロレンサと詩人の文通自体は事実のため、いい目くらましになった。
0
お気に入りに追加
148
あなたにおすすめの小説
大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました
扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!?
*こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。
――
ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。
そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。
その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。
結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。
が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。
彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。
しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。
どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
【R-18】年下国王の異常な執愛~義母は義息子に啼かされる~【挿絵付】
臣桜
恋愛
『ガーランドの翠玉』、『妖精の紡いだ銀糸』……数々の美辞麗句が当てはまる17歳のリディアは、国王ブライアンに見初められ側室となった。しかし間もなくブライアンは崩御し、息子であるオーガストが成人して即位する事になった。17歳にして10歳の息子を持ったリディアは、戸惑いつつも宰相の力を借りオーガストを育てる。やがて11年後、21歳になり成人したオーガストは国王となるなり、28歳のリディアを妻に求めて……!?
※毎日更新予定です
※血の繋がりは一切ありませんが、義息子×義母という特殊な関係ですので地雷っぽい方はお気をつけください
※ムーンライトノベルズ様にも同時連載しています
【完結】【R18】男色疑惑のある公爵様の契約妻となりましたが、気がついたら愛されているんですけれど!?
夏琳トウ(明石唯加)
恋愛
「俺と結婚してくれたら、衣食住完全補償。なんだったら、キミの実家に支援させてもらうよ」
「え、じゃあ結婚します!」
メラーズ王国に住まう子爵令嬢マーガレットは悩んでいた。
というのも、元々借金まみれだった家の財政状況がさらに悪化し、ついには没落か夜逃げかという二択を迫られていたのだ。
そんな中、父に「頼むからいい男を捕まえてこい!」と送り出された舞踏会にて、マーガレットは王国の二大公爵家の一つオルブルヒ家の当主クローヴィスと出逢う。
彼はマーガレットの話を聞くと、何を思ったのか「俺と契約結婚しない?」と言ってくる。
しかし、マーガレットはためらう。何故ならば……彼には男色家だといううわさがあったのだ。つまり、形だけの結婚になるのは目に見えている。
そう思ったものの、彼が提示してきた条件にマーガレットは飛びついた。
そして、マーガレットはクローヴィスの(契約)妻となった。
男色家疑惑のある自由気ままな公爵様×貧乏性で現金な子爵令嬢。
二人がなんやかんやありながらも両想いになる勘違い話。
◆hotランキング 10位ありがとうございます……!
――
◆掲載先→アルファポリス、ムーンライトノベルズ、エブリスタ
【R18】助けてもらった虎獣人にマーキングされちゃう話
象の居る
恋愛
異世界転移したとたん、魔獣に狙われたユキを助けてくれたムキムキ虎獣人のアラン。襲われた恐怖でアランに縋り、家においてもらったあともズルズル関係している。このまま一緒にいたいけどアランはどう思ってる? セフレなのか悩みつつも関係が壊れるのが怖くて聞けない。飽きられたときのために一人暮らしの住宅事情を調べてたらアランの様子がおかしくなって……。
ベッドの上ではちょっと意地悪なのに肝心なとこはヘタレな虎獣人と、普段はハッキリ言うのに怖がりな人間がお互いの気持ちを確かめ合って結ばれる話です。
ムーンライトノベルズさんにも掲載しています。
【R-18】喪女ですが、魔王の息子×2の花嫁になるため異世界に召喚されました
indi子/金色魚々子
恋愛
――優しげな王子と強引な王子、世継ぎを残すために、今宵も二人の王子に淫らに愛されます。
逢坂美咲(おうさか みさき)は、恋愛経験が一切ないもてない女=喪女。
一人で過ごす事が決定しているクリスマスの夜、バイト先の本屋で万引き犯を追いかけている時に階段で足を滑らせて落ちていってしまう。
しかし、気が付いた時……美咲がいたのは、なんと異世界の魔王城!?
そこで、魔王の息子である二人の王子の『花嫁』として召喚されたと告げられて……?
元の世界に帰るためには、その二人の王子、ミハイルとアレクセイどちらかの子どもを産むことが交換条件に!
もてない女ミサキの、甘くとろける淫らな魔王城ライフ、無事?開幕!
【R18】××××で魔力供給をする世界に聖女として転移して、イケメン魔法使いに甘やかされ抱かれる話
もなか
恋愛
目を覚ますと、金髪碧眼のイケメン──アースに抱かれていた。
詳しく話を聞くに、どうやら、私は魔法がある異世界に聖女として転移をしてきたようだ。
え? この世界、魔法を使うためには、魔力供給をしなきゃいけないんですか?
え? 魔力供給って、××××しなきゃいけないんですか?
え? 私、アースさん専用の聖女なんですか?
魔力供給(性行為)をしなきゃいけない聖女が、イケメン魔法使いに甘やかされ、快楽の日々に溺れる物語──。
※n番煎じの魔力供給もの。18禁シーンばかりの変態度高めな物語です。
※ムーンライトノベルズにも載せております。ムーンライトノベルズさんの方は、題名が少し変わっております。
※ヒーローが変態です。ヒロインはちょろいです。
R18作品です。18歳未満の方(高校生も含む)の閲覧は、御遠慮ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる