上 下
154 / 180
解決編

62:皇帝暗殺未遂(1)

しおりを挟む
「閣下は!? はぁ、はぁっ……! 将軍閣下はどちらですか!?」

 メルセデスは居住棟の新たな愛妾へ割り当てられた部屋へ駆けつけ、丁度室内から出てきた侍女に声を張り上げた。

「あ……、レディ・メルセデス。どうなさ――」
「早く! すぐにお伝えすることが!」

 侍女はメルセデスの剣幕に目を剥いているが、落ち着いて話している暇はない。

「も、もう、陛下と共にお帰りになりました……」

 一足遅かった。
 メルセデスは身を翻し、回廊へ続く廊下を走る。

(間に合って……!)

 喉からは荒い呼吸しか出てこず、足も重い。手枷が邪魔で上手く走れない。
 ただならぬ様子に、すれ違う侍女や女官が声をかけようとしたり、眉を顰めたりしているが、わき目も降らずに先を急ぐ。

 廊下を曲がると遠い突き当りに、居住棟と回廊を繋ぐ渡り廊下の入り口が見えた。
 扉のない出入り口から、渡り廊下へ差し掛かった皇帝一行の後ろ姿が見通せる。
 まだ無事だ。

「ハッ、ハァ……!」

 もっと近づかないと、声は届かない。
 早く呼び止めて、誰が本当に狙われているのか伝えなければ。

 その時、渡り廊下の柵の外に並んだ植木の陰から、一行へ近寄る者が複数あった。
 ついにやってきた。

「賊だ! 陛下をお守りしろ!」

 即座に護衛たちが皇帝の周りを固め剣を抜く。
 シヒスムンドは柵を乗り越えて廊下に降り立った刺客の一人へ斬りかかった。

 皇帝の守りに不足はなく、衛兵たちは複数の刺客も十分抑え込めている。
 シヒスムンドは目の前の刺客の剣を弾き飛ばし、その腕を切り落として無力化した。

 しかし、シヒスムンドの背後、渡り廊下の屋根の上から、刺客がもう一人するりと降り立つ。
 手にした剣は、禍々しい異様な黒い煙を纏っている。

「閣下! 後ろです!」

 ようやく渡り廊下の入り口にたどり着いたメルセデスが、駆け寄りながら背後を指摘する。
 シヒスムンドはメルセデスの声に反応して瞬時に振り返る。
 だが、それと刺客の凶刃が彼の腹部に突き刺さるのは同時だった。

「う、ぐ……!」
「将軍閣下!」
「あいつ、魔力を使うぞ!」

 剣が引き抜かれ、傷を押さえて膝をつくシヒスムンド。
 まだ一人いて、更に皇帝ではなく自身が狙われているとは思っていなかった。確かに油断があった。しかし、それでもただの人間が相手なら、腹を刺されようがそのまま反撃できた。剣に黒い煙を漂わせる刺客の魔力の性質が、彼に膝をつかせたのだ。

「シグ! 俺はいいから将軍を守れ!」
「出来ません! 危険です!」

 皇帝が叫ぶが、護衛たちは別の刺客と切り結んでおり、主君の傍を離れるわけにはいかない。
 動けないシヒスムンドに、男は剣を引いて刺突の構えを取る。

「閣下!」

 メルセデスの体は、勝手にその間に滑り込んでいた。
 手枷で魔力を封じられたメルセデスに止められるはずがない。それでも、一度きりの盾にこの命を費やしても構わなかった。

「メルセデス!」

 刺客の剣が眼前に繰り出される。
 シヒスムンドの切迫した声。
 メルセデスは反射的に、頭を手でかばった。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

森でオッサンに拾って貰いました。

来栖もよもよ&来栖もよりーぬ
恋愛
アパートの火事から逃げ出そうとして気がついたらパジャマで森にいた26歳のOLと、拾ってくれた40近く見える髭面のマッチョなオッサン(実は31歳)がラブラブするお話。ちと長めですが前後編で終わります。 ムーンライト、エブリスタにも掲載しております。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

大神官様に溺愛されて、幸せいっぱいです!~××がきっかけですが~

如月あこ
恋愛
アリアドネが朝起きると、床に男性のアレが落ちていた。 しかしすぐに、アレではなく、アレによく似た魔獣が部屋に迷い込んだのだろうと結論づける。 瀕死の魔獣を救おうとするが、それは魔獣ではく妖精のいたずらで分離された男性のアレだった。 「これほどまでに、純粋に私の局部を愛してくださる女性が現れるとは。……私の地位や見目ではなく、純粋に局部を……」 「あの、言葉だけ聞くと私とんでもない変態みたいなんですが……」 ちょっと癖のある大神官(28)×平民女(20)の、溺愛物語

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

処理中です...