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解決編

60:封筒の行方(2)

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 刺客が侍女を殺害して、もうすぐ三か月。皇帝の来訪を、息を潜めて待ち構えている。

 長丁場を覚悟して、食料など生命維持の準備は問題ないとする。それでも、情報は欲しいはずだ。どこに隠れているかは見当もつかないが、仮に後宮内の情報全てを知れたとしても、標的である皇帝は後宮の外にいる。外の情報、それも、皇帝が後宮を警戒しているか、事件が起きた後でも顔合わせに来るつもりはあるか、そういった情報がなくては、いつまで待てばいいのかわからない。

 万全を期すなら、外の協力者とやり取りができたほうが良い。
 だから当初、後宮へ品物を納める商人を介すという、非正規の手段を取るロレンサの手紙を警戒したのだ。彼女が事件に関与しているのではないかと。結局、シヒスムンドの調査により、ロレンサの手紙は懇意の詩人との文通で、怪しいものではいと判明した。

 だが、シヒスムンドはその報告をメルセデスへもたらしたとき、詩人は手紙を検められる状態で商人へ渡していると話していた。つまり、封筒は開いているはずだ。
 なのに、ロレンサの目の前で、侍女は閉じられた封筒を開けている。

 商人から侍女の手に渡り、ロレンサへ届く間で、何かが起きている。
 もしかすると、ロレンサも詩人も与り知らない封筒へ、誰かの手によって移し替えられているのではないだろうか。

 決して裕福ではないという詩人が、あのような金縁の豪奢な封筒を用意するだろうか。
 あの複雑な装飾に、例えば暗号などで情報が含まれているのではないだろうか。シヒスムンドが暗号の可能性を検証したのは、詩人の手元にあったロレンサの手紙と詩人の返事だけで、あの金の装飾の封筒は、その場にはなかったのではないか。

 詩人の手紙を隠れ蓑に、商人か誰か外部の協力者が暗号の刻まれた封筒をまとわせ、後宮へ手紙を送り込む。そして内部の協力者であるロレンサの侍女が、中身をロレンサへ渡した上で何食わぬ顔で封筒を持ち去り、本来の宛先へ届ける。もしロレンサが封筒まで求めても、彼女の侍女なのだから、その場では従って後から回収すればいい。

 偶然かもしれない。詩人は大枚をはたいて美しい封筒を用意し、示し合わせてロレンサと同じ封筒を使っているだけかもしれない。だが、侍女の動きがおかしいのは確かだ。

 根拠は弱いが、侍女は外部と密かにやり取りをしている。
 外部とやり取りをしている侍女の裏にいるのが、後宮にいる刺客であるかは不明だ。
 皇帝がやってくる前日に、手紙が届いたのは偶然かもしれない。関連性がないかもしれない。
 しかし侍女と外部の両方を使って、ロレンサと詩人を利用して、ここまで密かにやり取りされる情報が後宮にあるだろうか。
 刺客と外部をつなぐやり取りだと考えた方がしっくりくる。

 こんな方法を取らねばらならないのは、侍女が殺害されたことで、皇帝が喪中を言い訳にした厳戒態勢を取り、後宮の出入りを禁止したからだ。例えば夜会があれば、多くの人が行きかうこともあって、秘密の手紙や伝言ぐらい、最も監視を受ける立場の愛妾であっても、容易にやり取りできる。
 そして侍女の殺害は、本来の目的ではなかったはずなのだから、後宮内の協力者がいながら外部から情報を得られないこの状況は、刺客も予期していなかったはずだ。

 従って潜伏する刺客は、この封筒を受け取ることはできても、準備していなかったのだから返信することはできない。暗号を刻む前の新品のあの封筒を用意できるのは、後宮内で普通に物資を手にできる者。
 あの金の縁取りの封筒を持つ女が、刺客と外部の橋渡し役、後宮内の協力者である。
 普通に考えれば、あの封筒を持ち去っているロレンサの侍女が、そうなのだろう。

 だがメルセデスは、あの侍女は、暗号を刻んだ封筒を商人とやり取りする部分しか担っていないのではないかと考えている。封筒から読み取った暗号を刺客へ伝え、刺客の言葉を新たな封筒へ刻む者は、別にいる。
 なぜなら、あの封筒に既視感があったからだ。

(あの封筒は誰が持っていた……? いったい誰が……)
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