148 / 180
解決編
59:新たな愛妾
しおりを挟む 金曜日の夜、大輝から連絡があった。
時計を見るともう23時だ。こんな夜遅くに電話をかけてくるなんてどうしたのだろう。
「もしもし?」
『もしもし涼香ちゃん? オレオレ大輝』
「……酔ってるのね、今どこ?」
「〇〇町の電光掲示板の前、話したいことがあるんだけど電話で聞いてくれる?」
「あ、やっぱり行くわ。近いし……ちょっと待ってて」
電話を切ると私服に着替えてカバンを持つ、風呂上がりなのですっぴんだがこの際仕方がない。涼香は慌てて出て行った。
地元の情報を絶え間なく映し出す電光掲示板の近くの花壇に項垂れた大輝がいた。横に座るとそっと声を掛ける。
「大輝、くん?」
「お、涼香ちゃんだ」
大輝は涼香と目が合うと嬉しそうに微笑んだ。少年のような無垢な笑顔に思わずつられて笑ってしまう。
「こんなに酔ってどうしたの?」
「んーちょっとね」
「……ちょっと待ってて」
涼香はすぐそばにある自動販売機に行きミネラルウォーターを購入した。大輝の元へ戻ると蓋を開けて手渡す。
「さて、聞かせてもらいましょうか?」
「…………希……をさ、忘れるのが怖いんだ。忘れられないとは思ってたし、当然だって思ってた。だけど……最近忘れたいと思う自分がいるんだ。最低だろ?」
絞り出すように話す大輝は痛々しかった。
「そう……叶わない思いを抱え続けるのは辛いから、みんな自然と忘れられないから忘れたいと思うんだと思う。でも……簡単に忘れられるなら、苦労しない。それに──」
涼香はちらっと大輝の方を見た。すぐに視線をまっすぐ前に戻した。
「忘れたいと思うのは、前に進もうとしているって事だよ。悪いことじゃない。罪悪感を感じる必要も、ないよ。希さんは苦しむ大輝くんを見て笑顔になれないよ……最低と思っているのは希さんじゃなくて自分自身だけだよ、誰もそんな事思ってない。希さんは幸せになってほしいって思うに決まってるよ」
夢で見た切なそうな希は、俺の罪悪感が作り上げた希だったのか……。希に申し訳ない気持ちの虚像か、それとも──。
「希が……」
──大輝、幸せになって……。
夢の中で聞いた希の声が聞こえる。
涼香の言うことは間違ってない……涼香の口から出た言葉たちが心に降り注ぐ。傷ついているわけではない、ただ優しい木漏れ日のように心が熱くなる。
ヤバイ、泣きそうだ。
必死で堪えて俯く。涼香は気付いたのだろう、ふざけた調子で大輝の肩を横から抱くと、まるで音楽に身をまかせるように左右に体を揺らす。「ふふふ」と笑う涼香に涙が引っ込んだ。
「ねぇ?……大輝くんは希さんを忘れることは出来ないよ……忘れたいと思ったとしてもそれは、出来ない」
「どう言う意味?」
「希さんが心にいるのが大輝くんでしょ、忘れるなんて言い方しないで。希さんの事を思い出して、悲しい気持ちにならなければそれでいいんじゃない? それが大輝くんにとって忘れるってことでしょ。無理しなくていいんだって!」
驚いた。
忘れるのは思い出さなくなると思い込んでいた。希を思い出してつらい感情が出なくなればいいのだという発想は無かった。
苦しかった。
希の存在が大きすぎて……自分の心を占めすぎて苦しかった。
大輝は思わず涼香を抱きしめた。涼香は驚いたようだが辿々しく背中に手を回すとその大きな背中を撫でた。
「ごめん、変な意味じゃないから。本当にごめん……」
「分かってるから、大丈夫だってば……謝らないで」
涼香はふっと笑った。きっと大輝くんは泣いている。必死でバレないように、震えないようにしている。
大事な人を突然失った悲しみは、深い。ゆっくりとゆっくりとまた人を愛せる日がくればいい。思いは、心はそんなに簡単なものじゃないから。
大輝くんに幸せになってほしい。誰かを大切に思ってほしい。誰かから大切に愛されてほしい。私だったら、笑顔で……。
え。何?
一瞬頭をよぎった良からぬ考えに驚く。
ヤバイ。動揺して脈が早くなる。心友なのに、同志なのに何変な事考えてんのよ……。
大輝がゆっくりと離れていく。触れ合っていた部分に空気が触れ冷めていく。
「あー、心友が涼香ちゃんで本当に良かったよ」
「うん、当たり前じゃん。私たちは似た者同士なんだから」
涼香は大輝の肩を強めに叩く。自分のダメな考えを振り落とすように……。
夜の澄んだ空気で叩いた音が思いのほか響いた。通りを歩いていた人たちが何事かと振り返る。涼香は恥ずかしくなり大輝の腕を掴み夜道を歩き出した。
大輝はわざと「あー痛いな……痛い痛い」と言いながら大げさに肩を撫でる。涼香は「うるさいっ」と言い更に腕を強く引く。真っ赤になる涼香の耳朶を見て大輝は笑いをこらえた。
時計を見るともう23時だ。こんな夜遅くに電話をかけてくるなんてどうしたのだろう。
「もしもし?」
『もしもし涼香ちゃん? オレオレ大輝』
「……酔ってるのね、今どこ?」
「〇〇町の電光掲示板の前、話したいことがあるんだけど電話で聞いてくれる?」
「あ、やっぱり行くわ。近いし……ちょっと待ってて」
電話を切ると私服に着替えてカバンを持つ、風呂上がりなのですっぴんだがこの際仕方がない。涼香は慌てて出て行った。
地元の情報を絶え間なく映し出す電光掲示板の近くの花壇に項垂れた大輝がいた。横に座るとそっと声を掛ける。
「大輝、くん?」
「お、涼香ちゃんだ」
大輝は涼香と目が合うと嬉しそうに微笑んだ。少年のような無垢な笑顔に思わずつられて笑ってしまう。
「こんなに酔ってどうしたの?」
「んーちょっとね」
「……ちょっと待ってて」
涼香はすぐそばにある自動販売機に行きミネラルウォーターを購入した。大輝の元へ戻ると蓋を開けて手渡す。
「さて、聞かせてもらいましょうか?」
「…………希……をさ、忘れるのが怖いんだ。忘れられないとは思ってたし、当然だって思ってた。だけど……最近忘れたいと思う自分がいるんだ。最低だろ?」
絞り出すように話す大輝は痛々しかった。
「そう……叶わない思いを抱え続けるのは辛いから、みんな自然と忘れられないから忘れたいと思うんだと思う。でも……簡単に忘れられるなら、苦労しない。それに──」
涼香はちらっと大輝の方を見た。すぐに視線をまっすぐ前に戻した。
「忘れたいと思うのは、前に進もうとしているって事だよ。悪いことじゃない。罪悪感を感じる必要も、ないよ。希さんは苦しむ大輝くんを見て笑顔になれないよ……最低と思っているのは希さんじゃなくて自分自身だけだよ、誰もそんな事思ってない。希さんは幸せになってほしいって思うに決まってるよ」
夢で見た切なそうな希は、俺の罪悪感が作り上げた希だったのか……。希に申し訳ない気持ちの虚像か、それとも──。
「希が……」
──大輝、幸せになって……。
夢の中で聞いた希の声が聞こえる。
涼香の言うことは間違ってない……涼香の口から出た言葉たちが心に降り注ぐ。傷ついているわけではない、ただ優しい木漏れ日のように心が熱くなる。
ヤバイ、泣きそうだ。
必死で堪えて俯く。涼香は気付いたのだろう、ふざけた調子で大輝の肩を横から抱くと、まるで音楽に身をまかせるように左右に体を揺らす。「ふふふ」と笑う涼香に涙が引っ込んだ。
「ねぇ?……大輝くんは希さんを忘れることは出来ないよ……忘れたいと思ったとしてもそれは、出来ない」
「どう言う意味?」
「希さんが心にいるのが大輝くんでしょ、忘れるなんて言い方しないで。希さんの事を思い出して、悲しい気持ちにならなければそれでいいんじゃない? それが大輝くんにとって忘れるってことでしょ。無理しなくていいんだって!」
驚いた。
忘れるのは思い出さなくなると思い込んでいた。希を思い出してつらい感情が出なくなればいいのだという発想は無かった。
苦しかった。
希の存在が大きすぎて……自分の心を占めすぎて苦しかった。
大輝は思わず涼香を抱きしめた。涼香は驚いたようだが辿々しく背中に手を回すとその大きな背中を撫でた。
「ごめん、変な意味じゃないから。本当にごめん……」
「分かってるから、大丈夫だってば……謝らないで」
涼香はふっと笑った。きっと大輝くんは泣いている。必死でバレないように、震えないようにしている。
大事な人を突然失った悲しみは、深い。ゆっくりとゆっくりとまた人を愛せる日がくればいい。思いは、心はそんなに簡単なものじゃないから。
大輝くんに幸せになってほしい。誰かを大切に思ってほしい。誰かから大切に愛されてほしい。私だったら、笑顔で……。
え。何?
一瞬頭をよぎった良からぬ考えに驚く。
ヤバイ。動揺して脈が早くなる。心友なのに、同志なのに何変な事考えてんのよ……。
大輝がゆっくりと離れていく。触れ合っていた部分に空気が触れ冷めていく。
「あー、心友が涼香ちゃんで本当に良かったよ」
「うん、当たり前じゃん。私たちは似た者同士なんだから」
涼香は大輝の肩を強めに叩く。自分のダメな考えを振り落とすように……。
夜の澄んだ空気で叩いた音が思いのほか響いた。通りを歩いていた人たちが何事かと振り返る。涼香は恥ずかしくなり大輝の腕を掴み夜道を歩き出した。
大輝はわざと「あー痛いな……痛い痛い」と言いながら大げさに肩を撫でる。涼香は「うるさいっ」と言い更に腕を強く引く。真っ赤になる涼香の耳朶を見て大輝は笑いをこらえた。
1
お気に入りに追加
150
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
黒の神官と夜のお世話役
苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました
王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?
いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、
たまたま付き人と、
「婚約者のことが好きなわけじゃないー
王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」
と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。
私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、
「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」
なんで執着するんてすか??
策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー
基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

燻らせた想いは口付けで蕩かして~睦言は蜜毒のように甘く~
二階堂まや
恋愛
北西の国オルデランタの王妃アリーズは、国王ローデンヴェイクに愛されたいがために、本心を隠して日々を過ごしていた。 しかしある晩、情事の最中「猫かぶりはいい加減にしろ」と彼に言われてしまう。
夫に嫌われたくないが、自分に自信が持てないため涙するアリーズ。だがローデンヴェイクもまた、言いたいことを上手く伝えられないもどかしさを密かに抱えていた。
気持ちを伝え合った二人は、本音しか口にしない、隠し立てをしないという約束を交わし、身体を重ねるが……?
「こんな本性どこに隠してたんだか」
「構って欲しい人だったなんて、思いませんでしたわ」
さてさて、互いの本性を知った夫婦の行く末やいかに。
+ムーンライトノベルズにも掲載しております。
贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる
マチバリ
恋愛
貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。
数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。
書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。

密室に二人閉じ込められたら?
水瀬かずか
恋愛
気がつけば会社の倉庫に閉じ込められていました。明日会社に人 が来るまで凍える倉庫で一晩過ごすしかない。一緒にいるのは営業 のエースといわれている強面の先輩。怯える私に「こっちへ来い」 と先輩が声をかけてきて……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる