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人間編
57:誰が為(3)
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「だめです! そのような危険なこと……。姦通は双方死罪という掟があるのですよ!」
メルセデスは語気を強める。
シヒスムンドの責任の取り方が、罰を受け入れ一緒に命を捨てるということだと認識したらしく、お互いの身の安全のために拒絶していたのだ。
そう解釈して、発覚する前に後宮からどうにか出す、と告げようとした。だが、それは違った。
「私が身ごもっても、決して閣下の子だと白状しません。秘密の通路のことは、陛下の安全のために明かされないでしょう。そしてそれを明かさない限り、閣下がご自身の子だと申し出られても、会っていないのですから誰も信じません。ですが、陛下は違います」
メルセデスは、処刑を懸念していたのではない。
「陛下は、閣下が秘密の通路を通って、私たちが密会していることをご存じです。それで私が身ごもったら、陛下だけは、私が姦通したのが閣下だとお気づきになります。事件の調査のために、皇帝陛下だけが知る秘密の通路を閣下に明かしたのに、閣下がそれを使って罪を犯してしまったと知れば、陛下はそれを裏切りと感じられるかもしれません」
法の下に処刑するとなると、秘密の通路の存在を明かさなければならない。だから秘密を優先して、シヒスムンドを見逃すかもしれない。だが裏切りと、メルセデスを死に追いやった非道はなくならない。
「そんなことになったら、閣下は、一番大事な……、あなたの孤独を理解してくれる友人を、失ってしまいます」
メルセデスの目から涙が零れだす。シヒスムンドは堪らなくなってメルセデスを掻き抱いた。
自分の胸でしゃくり上げるメルセデスの頭を撫でるが、泣きそうなのはシヒスムンドも同じだった。
メルセデスは、魔女と呼ばれ、周りに人間という敵しかいない世界で生きてきた。それは、恐怖のため心の通わせられない他人しかいない、シヒスムンドの世界と同じだ。メルセデスの孤独は、シヒスムンドの孤独と同じなのだ。
だからメルセデスは、シヒスムンドにとってダビドが、大陸統一の野望の盟友であるだけでなく、瞳の魔力の恐怖と戦いながらも傍で支えてくれる友人だと、失ってはならない存在だと、心から理解してくれている。シヒスムンドを拒むのは、自分のためではなく、シヒスムンドのためだった。
ようやく、メルセデスの嫌とだめの違いが理解できた。何をされても構わないほど慕ってくれているから、嫌ではない。そしてそれほど思ってくれているからこそ、シヒスムンドのためにならないことは許可できない。
「メルセデス……」
メルセデスの思いは、おそらく恩義や、親に向けるような感情なのだろう。
だがシヒスムンドは、自分の心臓を締め付けるこの感情が、ただの肉欲ではなく、愛情だと自覚できた。
メルセデスの感情のすべてを自分に向けてほしい。シヒスムンドのこの激情を理解してほしい。
きっかけはメルセデスがシヒスムンドの目を見られるということだったかもしれない。しかし今は、もしメルセデスが自分の目を映さなくなったとしても、この思いが消えないと確信している。
たとえ今だけであったとしても、シヒスムンドのことをこれほど案じてくれた存在を、愛さずにいられるはずがない。
傍にいてほしい。何の責務もなければ、自分のものにしてしまいたい。
「大丈夫だ……。俺はダビドを裏切らない。泣かずともいい」
大丈夫と繰り返しながら、メルセデスが落ち着くまで背中を撫でて過ごした。
メルセデスは語気を強める。
シヒスムンドの責任の取り方が、罰を受け入れ一緒に命を捨てるということだと認識したらしく、お互いの身の安全のために拒絶していたのだ。
そう解釈して、発覚する前に後宮からどうにか出す、と告げようとした。だが、それは違った。
「私が身ごもっても、決して閣下の子だと白状しません。秘密の通路のことは、陛下の安全のために明かされないでしょう。そしてそれを明かさない限り、閣下がご自身の子だと申し出られても、会っていないのですから誰も信じません。ですが、陛下は違います」
メルセデスは、処刑を懸念していたのではない。
「陛下は、閣下が秘密の通路を通って、私たちが密会していることをご存じです。それで私が身ごもったら、陛下だけは、私が姦通したのが閣下だとお気づきになります。事件の調査のために、皇帝陛下だけが知る秘密の通路を閣下に明かしたのに、閣下がそれを使って罪を犯してしまったと知れば、陛下はそれを裏切りと感じられるかもしれません」
法の下に処刑するとなると、秘密の通路の存在を明かさなければならない。だから秘密を優先して、シヒスムンドを見逃すかもしれない。だが裏切りと、メルセデスを死に追いやった非道はなくならない。
「そんなことになったら、閣下は、一番大事な……、あなたの孤独を理解してくれる友人を、失ってしまいます」
メルセデスの目から涙が零れだす。シヒスムンドは堪らなくなってメルセデスを掻き抱いた。
自分の胸でしゃくり上げるメルセデスの頭を撫でるが、泣きそうなのはシヒスムンドも同じだった。
メルセデスは、魔女と呼ばれ、周りに人間という敵しかいない世界で生きてきた。それは、恐怖のため心の通わせられない他人しかいない、シヒスムンドの世界と同じだ。メルセデスの孤独は、シヒスムンドの孤独と同じなのだ。
だからメルセデスは、シヒスムンドにとってダビドが、大陸統一の野望の盟友であるだけでなく、瞳の魔力の恐怖と戦いながらも傍で支えてくれる友人だと、失ってはならない存在だと、心から理解してくれている。シヒスムンドを拒むのは、自分のためではなく、シヒスムンドのためだった。
ようやく、メルセデスの嫌とだめの違いが理解できた。何をされても構わないほど慕ってくれているから、嫌ではない。そしてそれほど思ってくれているからこそ、シヒスムンドのためにならないことは許可できない。
「メルセデス……」
メルセデスの思いは、おそらく恩義や、親に向けるような感情なのだろう。
だがシヒスムンドは、自分の心臓を締め付けるこの感情が、ただの肉欲ではなく、愛情だと自覚できた。
メルセデスの感情のすべてを自分に向けてほしい。シヒスムンドのこの激情を理解してほしい。
きっかけはメルセデスがシヒスムンドの目を見られるということだったかもしれない。しかし今は、もしメルセデスが自分の目を映さなくなったとしても、この思いが消えないと確信している。
たとえ今だけであったとしても、シヒスムンドのことをこれほど案じてくれた存在を、愛さずにいられるはずがない。
傍にいてほしい。何の責務もなければ、自分のものにしてしまいたい。
「大丈夫だ……。俺はダビドを裏切らない。泣かずともいい」
大丈夫と繰り返しながら、メルセデスが落ち着くまで背中を撫でて過ごした。
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