【R-18】【完結】魔女は将軍の手で人間になる

雲走もそそ

文字の大きさ
上 下
143 / 180
人間編

57:誰が為(3)

しおりを挟む
「だめです! そのような危険なこと……。姦通は双方死罪という掟があるのですよ!」

 メルセデスは語気を強める。
 シヒスムンドの責任の取り方が、罰を受け入れ一緒に命を捨てるということだと認識したらしく、お互いの身の安全のために拒絶していたのだ。
 そう解釈して、発覚する前に後宮からどうにか出す、と告げようとした。だが、それは違った。

「私が身ごもっても、決して閣下の子だと白状しません。秘密の通路のことは、陛下の安全のために明かされないでしょう。そしてそれを明かさない限り、閣下がご自身の子だと申し出られても、会っていないのですから誰も信じません。ですが、陛下は違います」

 メルセデスは、処刑を懸念していたのではない。

「陛下は、閣下が秘密の通路を通って、私たちが密会していることをご存じです。それで私が身ごもったら、陛下だけは、私が姦通したのが閣下だとお気づきになります。事件の調査のために、皇帝陛下だけが知る秘密の通路を閣下に明かしたのに、閣下がそれを使って罪を犯してしまったと知れば、陛下はそれを裏切りと感じられるかもしれません」

 法の下に処刑するとなると、秘密の通路の存在を明かさなければならない。だから秘密を優先して、シヒスムンドを見逃すかもしれない。だが裏切りと、メルセデスを死に追いやった非道はなくならない。

「そんなことになったら、閣下は、一番大事な……、あなたの孤独を理解してくれる友人を、失ってしまいます」

 メルセデスの目から涙が零れだす。シヒスムンドは堪らなくなってメルセデスを掻き抱いた。
 自分の胸でしゃくり上げるメルセデスの頭を撫でるが、泣きそうなのはシヒスムンドも同じだった。

 メルセデスは、魔女と呼ばれ、周りに人間という敵しかいない世界で生きてきた。それは、恐怖のため心の通わせられない他人しかいない、シヒスムンドの世界と同じだ。メルセデスの孤独は、シヒスムンドの孤独と同じなのだ。

 だからメルセデスは、シヒスムンドにとってダビドが、大陸統一の野望の盟友であるだけでなく、瞳の魔力の恐怖と戦いながらも傍で支えてくれる友人だと、失ってはならない存在だと、心から理解してくれている。シヒスムンドを拒むのは、自分のためではなく、シヒスムンドのためだった。

 ようやく、メルセデスの嫌とだめの違いが理解できた。何をされても構わないほど慕ってくれているから、嫌ではない。そしてそれほど思ってくれているからこそ、シヒスムンドのためにならないことは許可できない。

「メルセデス……」

 メルセデスの思いは、おそらく恩義や、親に向けるような感情なのだろう。
 だがシヒスムンドは、自分の心臓を締め付けるこの感情が、ただの肉欲ではなく、愛情だと自覚できた。

 メルセデスの感情のすべてを自分に向けてほしい。シヒスムンドのこの激情を理解してほしい。
 きっかけはメルセデスがシヒスムンドの目を見られるということだったかもしれない。しかし今は、もしメルセデスが自分の目を映さなくなったとしても、この思いが消えないと確信している。
 たとえ今だけであったとしても、シヒスムンドのことをこれほど案じてくれた存在を、愛さずにいられるはずがない。
 傍にいてほしい。何の責務もなければ、自分のものにしてしまいたい。

「大丈夫だ……。俺はダビドを裏切らない。泣かずともいい」

 大丈夫と繰り返しながら、メルセデスが落ち着くまで背中を撫でて過ごした。
しおりを挟む
script?guid=on
感想 12

あなたにおすすめの小説

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

不器用騎士様は記憶喪失の婚約者を逃がさない

かべうち右近
恋愛
「あなたみたいな人と、婚約したくなかった……!」 婚約者ヴィルヘルミーナにそう言われたルドガー。しかし、ツンツンなヴィルヘルミーナはそれからすぐに事故で記憶を失い、それまでとは打って変わって素直な可愛らしい令嬢に生まれ変わっていたーー。 もともとルドガーとヴィルヘルミーナは、顔を合わせればたびたび口喧嘩をする幼馴染同士だった。 ずっと好きな女などいないと思い込んでいたルドガーは、女性に人気で付き合いも広い。そんな彼は、悪友に指摘されて、ヴィルヘルミーナが好きなのだとやっと気付いた。 想いに気づいたとたんに、何の幸運か、親の意向によりとんとん拍子にヴィルヘルミーナとルドガーの婚約がまとまったものの、女たらしのルドガーに対してヴィルヘルミーナはツンツンだったのだ。 記憶を失ったヴィルヘルミーナには悪いが、今度こそ彼女を口説き落して円満結婚を目指し、ルドガーは彼女にアプローチを始める。しかし、元女誑しの不器用騎士は息を吸うようにステップをすっ飛ばしたアプローチばかりしてしまい…? 不器用騎士×元ツンデレ・今素直令嬢のラブコメです。 12/11追記 書籍版の配信に伴い、WEB連載版は取り下げております。 たくさんお読みいただきありがとうございました!

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

嫌われ女騎士は塩対応だった堅物騎士様と蜜愛中! 愚者の花道

Canaan
恋愛
旧題:愚者の花道 周囲からの風当たりは強いが、逞しく生きている平民あがりの女騎士ヘザー。ある時、とんでもない痴態を高慢エリート男ヒューイに目撃されてしまう。しかも、新しい配属先には自分の上官としてそのヒューイがいた……。 女子力低い残念ヒロインが、超感じ悪い堅物男の調子をだんだん狂わせていくお話。 ※シリーズ「愚者たちの物語 その2」※

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

処理中です...