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人間編
57:誰が為(1)
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「話をしたくて来た」
ここ最近、三日おきに逢瀬を繰り返してきたが、次はかなり先になる。
ふとした時にメルセデスのことを考えるというのに、前回の最悪な状態が最後の記憶では、そればかり思い出してしまって耐えられない。今晩しっかり話を聞いて、前回頭をよぎった通り、メルセデスにとって男として受け入れがたいというなら、謝罪の上さっぱり諦めて戦地に向かいたい。
「早くてひと月、長ければ秋が終わるまで戻らないだろう」
ネロワドラムは帝国にとって強敵で、歴戦の騎馬軍団と正面から戦うには分が悪い。そこでもう何年も前から、内部分裂が起きるように間諜を使って暗躍してきた。それが功を奏すれば、地理的にも遠くないので短期間で帰還できる。上手くいかなければ、戦いは長引き、冬の寒さに阻まれ、諦めて帰ってくるしかなくなる。
「そんなに長い間、お戻りにならないのですね……」
「二度と戻らないこともあり得る。……可能性の話だ」
戦場で絶対の安全などない。それにシヒスムンドは指揮するだけでなく、前線で剣も振るう。当たり前のことだと思ってそう口にしたところ、メルセデスが分かりやすく不安げに瞳を揺らしたので、慌てて可能性と付け加えた。
「万が一戻らずとも、心配するな。休戦に持ち込める程度には、奴らの軍勢を道連れにする。都が戦場になることはない。陛下はお前の境遇に同情的だ。暗殺者を見つけ出せずとも、悪いようにはしない」
シヒスムンドが死んだ場合、大陸統一の野望を果たす前であろうと、ダビドは後継者を儲ける約束をしている。また、その際にはこれまでこだわってきた後宮の平穏の演出も一旦無視して、兵士を入れて刺客を探し出すことにしている。
そうなるとメルセデスは役目を果たせなかったことになるため、報酬としての新天地は与えられない。隠し通路の秘密を知っているので、後宮で飼い殺しの道だ。
現在メルセデスは後宮であまり多くの人間に受け入れられているとは言えない。その状況で一生閉じ込められるのは不憫である。ダビドはシヒスムンドの個人的な感情を酌んで、メルセデスが後宮で受け入れられる道を、シュザンヌと協力しつつ探すと約束してくれた。
「私はそのような心配をしているのではありません」
ぴしゃりとはねつけるような物言いながら、メルセデスは今にも泣きそうで、目に涙の膜を張っていた。
「閣下がお怪我をされたり、……帰ってこられなかったり、それが恐ろしいのです。戻られなかった場合のことなど、口にしないでください」
「メルセデス……」
多くの国民が勝つと信じている、勝って当然と思いこんでいるシヒスムンドを、命を懸ける一人の戦士として、メルセデスは案じてくれている。
シヒスムンドとて、たとえ魔力で人より強くとも、自分が絶対に無事でいられるなどと過信してはいない。道半ばで、ダビドにすべてを押し付けて死ぬなどあってはならない。あってはならないからこそ、死を想像すると恐ろしい。
思わず腕の中に閉じ込めると、メルセデスは顔を隠すように、額をシヒスムンドの胸に預けた。
「悪かった。もしもの話はしない」
「はい……」
ここ最近、三日おきに逢瀬を繰り返してきたが、次はかなり先になる。
ふとした時にメルセデスのことを考えるというのに、前回の最悪な状態が最後の記憶では、そればかり思い出してしまって耐えられない。今晩しっかり話を聞いて、前回頭をよぎった通り、メルセデスにとって男として受け入れがたいというなら、謝罪の上さっぱり諦めて戦地に向かいたい。
「早くてひと月、長ければ秋が終わるまで戻らないだろう」
ネロワドラムは帝国にとって強敵で、歴戦の騎馬軍団と正面から戦うには分が悪い。そこでもう何年も前から、内部分裂が起きるように間諜を使って暗躍してきた。それが功を奏すれば、地理的にも遠くないので短期間で帰還できる。上手くいかなければ、戦いは長引き、冬の寒さに阻まれ、諦めて帰ってくるしかなくなる。
「そんなに長い間、お戻りにならないのですね……」
「二度と戻らないこともあり得る。……可能性の話だ」
戦場で絶対の安全などない。それにシヒスムンドは指揮するだけでなく、前線で剣も振るう。当たり前のことだと思ってそう口にしたところ、メルセデスが分かりやすく不安げに瞳を揺らしたので、慌てて可能性と付け加えた。
「万が一戻らずとも、心配するな。休戦に持ち込める程度には、奴らの軍勢を道連れにする。都が戦場になることはない。陛下はお前の境遇に同情的だ。暗殺者を見つけ出せずとも、悪いようにはしない」
シヒスムンドが死んだ場合、大陸統一の野望を果たす前であろうと、ダビドは後継者を儲ける約束をしている。また、その際にはこれまでこだわってきた後宮の平穏の演出も一旦無視して、兵士を入れて刺客を探し出すことにしている。
そうなるとメルセデスは役目を果たせなかったことになるため、報酬としての新天地は与えられない。隠し通路の秘密を知っているので、後宮で飼い殺しの道だ。
現在メルセデスは後宮であまり多くの人間に受け入れられているとは言えない。その状況で一生閉じ込められるのは不憫である。ダビドはシヒスムンドの個人的な感情を酌んで、メルセデスが後宮で受け入れられる道を、シュザンヌと協力しつつ探すと約束してくれた。
「私はそのような心配をしているのではありません」
ぴしゃりとはねつけるような物言いながら、メルセデスは今にも泣きそうで、目に涙の膜を張っていた。
「閣下がお怪我をされたり、……帰ってこられなかったり、それが恐ろしいのです。戻られなかった場合のことなど、口にしないでください」
「メルセデス……」
多くの国民が勝つと信じている、勝って当然と思いこんでいるシヒスムンドを、命を懸ける一人の戦士として、メルセデスは案じてくれている。
シヒスムンドとて、たとえ魔力で人より強くとも、自分が絶対に無事でいられるなどと過信してはいない。道半ばで、ダビドにすべてを押し付けて死ぬなどあってはならない。あってはならないからこそ、死を想像すると恐ろしい。
思わず腕の中に閉じ込めると、メルセデスは顔を隠すように、額をシヒスムンドの胸に預けた。
「悪かった。もしもの話はしない」
「はい……」
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