【R-18】【完結】魔女は将軍の手で人間になる

雲走もそそ

文字の大きさ
上 下
141 / 180
人間編

57:誰が為(1)

しおりを挟む
「話をしたくて来た」

 ここ最近、三日おきに逢瀬を繰り返してきたが、次はかなり先になる。
 ふとした時にメルセデスのことを考えるというのに、前回の最悪な状態が最後の記憶では、そればかり思い出してしまって耐えられない。今晩しっかり話を聞いて、前回頭をよぎった通り、メルセデスにとって男として受け入れがたいというなら、謝罪の上さっぱり諦めて戦地に向かいたい。

「早くてひと月、長ければ秋が終わるまで戻らないだろう」

 ネロワドラムは帝国にとって強敵で、歴戦の騎馬軍団と正面から戦うには分が悪い。そこでもう何年も前から、内部分裂が起きるように間諜を使って暗躍してきた。それが功を奏すれば、地理的にも遠くないので短期間で帰還できる。上手くいかなければ、戦いは長引き、冬の寒さに阻まれ、諦めて帰ってくるしかなくなる。

「そんなに長い間、お戻りにならないのですね……」
「二度と戻らないこともあり得る。……可能性の話だ」

 戦場で絶対の安全などない。それにシヒスムンドは指揮するだけでなく、前線で剣も振るう。当たり前のことだと思ってそう口にしたところ、メルセデスが分かりやすく不安げに瞳を揺らしたので、慌てて可能性と付け加えた。

「万が一戻らずとも、心配するな。休戦に持ち込める程度には、奴らの軍勢を道連れにする。都が戦場になることはない。陛下はお前の境遇に同情的だ。暗殺者を見つけ出せずとも、悪いようにはしない」

 シヒスムンドが死んだ場合、大陸統一の野望を果たす前であろうと、ダビドは後継者を儲ける約束をしている。また、その際にはこれまでこだわってきた後宮の平穏の演出も一旦無視して、兵士を入れて刺客を探し出すことにしている。
 そうなるとメルセデスは役目を果たせなかったことになるため、報酬としての新天地は与えられない。隠し通路の秘密を知っているので、後宮で飼い殺しの道だ。
 現在メルセデスは後宮であまり多くの人間に受け入れられているとは言えない。その状況で一生閉じ込められるのは不憫である。ダビドはシヒスムンドの個人的な感情を酌んで、メルセデスが後宮で受け入れられる道を、シュザンヌと協力しつつ探すと約束してくれた。

「私はそのような心配をしているのではありません」

 ぴしゃりとはねつけるような物言いながら、メルセデスは今にも泣きそうで、目に涙の膜を張っていた。

「閣下がお怪我をされたり、……帰ってこられなかったり、それが恐ろしいのです。戻られなかった場合のことなど、口にしないでください」
「メルセデス……」

 多くの国民が勝つと信じている、勝って当然と思いこんでいるシヒスムンドを、命を懸ける一人の戦士として、メルセデスは案じてくれている。
 シヒスムンドとて、たとえ魔力で人より強くとも、自分が絶対に無事でいられるなどと過信してはいない。道半ばで、ダビドにすべてを押し付けて死ぬなどあってはならない。あってはならないからこそ、死を想像すると恐ろしい。

 思わず腕の中に閉じ込めると、メルセデスは顔を隠すように、額をシヒスムンドの胸に預けた。

「悪かった。もしもの話はしない」
「はい……」
しおりを挟む
script?guid=on
感想 12

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

チート無しっ!?黒髪の少女の異世界冒険記

ノン・タロー
ファンタジー
ごく普通の女子高生である「武久 佳奈」は、通学途中に突然異世界へと飛ばされてしまう。これは何の特殊な能力もチートなスキルも持たない、ただごく普通の女子高生が、自力で会得した魔法やスキルを駆使し、元の世界へと帰る方法を探すべく見ず知らずの異世界で様々な人々や、様々な仲間たちとの出会いと別れを繰り返し、成長していく記録である……。 設定 この世界は人間、エルフ、妖怪、獣人、ドワーフ、魔物等が共存する世界となっています。 その為か男性だけでなく、女性も性に対する抵抗がわりと低くなっております。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない

ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。 既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。 未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。 後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。 欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。 * 作り話です * そんなに長くしない予定です

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

処理中です...