【R-18】【完結】魔女は将軍の手で人間になる

雲走もそそ

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人間編

56:出立の前に(2)

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 メルセデスに拒絶を受けた三日後。翌日にネロワドラムへの出立を控えた夜、シヒスムンドは後宮を訪れた。

 秘密の通路の扉を開ければ、メルセデスの部屋は暗かった。定期的に訪問するようになってから、メルセデスはシヒスムンドが来る前に部屋のカーテンを閉め切って、ランプに明かりを灯して待つようになった。
 それが今日は、部屋は暗く、ベッドのふくらみからして彼女は来訪を待たずに寝ている。

 ダビドに宥めすかされ、ようやく皇帝の居室から出発し、重い足取りで後宮へたどり着いたシヒスムンドだったが、これがメルセデスの回答のように思えて、落胆し起こさずに帰ることにした。

「閣下……」

 踵を返そうとしたとき、メルセデスに微かな声で呼び止められた。
 秘密の通路の扉は開閉にあまり音を立てないが、それでも起こしてしまったのかもしれない。

 待っていなかった時点で、メルセデスの答えは出ている。調査にはおそらく進展がないし、メルセデスは話すことなどないはずだ。 
 何と言われるのか、息を殺してメルセデスからの言葉を待っていたシヒスムンドだが、次の声はいつまでたってもかけられず、彼女が起き上がる様子もない。

 代わりに、ぐすぐすとすすり泣くような音が聞こえ始めた。
 いよいよ様子がおかしいと思い近寄れば、メルセデスは眠ったまま泣いていた。

「う……。閣下……」

 うなされているらしい。
 放っておくのも忍びなく、彼女の肩をゆする。

「メルセデス。起きろ。メルセデス」

 夢の中でのシヒスムンドの役どころが悪夢の原因でないことを祈りつつ、名前を呼んで起こす。
 やがて瞼が開き、涙に濡れた瞳がシヒスムンドを捉えた。夢から覚めたばかりで混乱しているようだが、シヒスムンドがいることに驚いている。

「もう、来てくださらないかと思っていました」

 心底ほっとしたような声音で、シヒスムンドは逆に緊張する。待っていなかったのは拒絶の意思表示ではなく、もう来ないだろうという予測に基づく行動だった。

 前回、帰り際の明確な約束はしなかったが、その前に出立までに後一度来ると話しておいた。にもかかわらず、メルセデスは今夜は来ないと思っていた。それはやはり、あの時シヒスムンドが、拒絶に動揺していたのを理解しているからだろう。大の男があのような醜態を晒して、また顔を見せられるはずがないと。

「もう来ないとは言っていない。……うなされていたようだったから、勝手に起こした」

 メルセデスが体を起こそうとするのに手を添えてやる。

「お手を煩わせて申し訳ございません。閣下」

 彼女には名前で呼ぶことを求めたが、前回そのあとすぐに色々あったので、もう忘れているかもしれない。それか、あえて元に戻している可能性もある。
 そんなことは聞けないので、シヒスムンドは一人で勝手に気落ちした。

「あの……」

 お互い沈黙した時間が少し流れ、何を話せばいいかとシヒスムンドが悩んでいると、メルセデスが先に口を開いた。

「私はまだ、お名前を呼んでも許されますか?」

 おずおずと切り出された申し出は願ってもないことで、シヒスムンドは胸を詰まらせる。

「……っ。ああ」
「ありがとうございます。シグ」

 はにかんだように微笑んで、シヒスムンドの名を大事そうに呼ぶ。とても、嫌ったり、軽蔑したりしているようには見えない。
 緊張がほぐれてきたシヒスムンドは、ベッドの縁に腰かけて、メルセデスと視線を合わせた。

「話をしたくて来た」
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