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人間編
54:嫌ではない(2) *
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シヒスムンドの胸に頭を預け荒い息を整えるメルセデスは、その敬称を大事そうに呼ぶ。
だがそれはシヒスムンドの名ではない。他にその敬称で呼ばれる者は複数存在する。それが不満に感じた。
「シグでいい」
「え?」
シグはシヒスムンドの省略形だ。ミドルネームのシヒスムンドを呼ぶのは、親友のダビドと、亡きテレーザ妃だけだった。ファーストネームのリカルドを誰かに口にされたとしても、シヒスムンドだけは特別な者にしか許したくない。
だから、メルセデスには呼んでほしかった。
「二人の時は、名前で呼んでくれ」
瞠目していたメルセデスは、やがて泣きそうな目をしてほほ笑んだ。
「はい。……シグ」
メルセデスが笑顔を見せたのは、はじめてのことだった。
野草のささやかな花が開いたような、控え目な笑みが愛しくてたまらない。そんな顔で名前を呼ばれるだけで、悲しくもないのに胸が詰まる。
望むべくもなかった、決して自身には与えられないと思っていたものが、ここにある。
メルセデスが自身を好いてくれているのなら、最後までしてしまって構わないのではないか。シヒスムンドはその考えに支配された。
(元より俺のものなのだから……)
「メルセデス……!」
「あっ」
愛情と肉欲に突き動かされたシヒスムンドは、メルセデスを組み敷いた。
「俺を受け入れてくれ」
「え、閣下……!」
いきり立った男根を、メルセデスの秘所へ擦りつけ、愛液をまとわせる。
これまでにない行動と強引さにメルセデスがうろたえたが、シヒスムンドは止まれなかった。
メルセデスはシヒスムンドが下の方で何をしようとしているか見えないはずだが、膣口に指ではない熱い何かが押し当てられたことは分かっただろう。
「こ、これは、こどもを作ろうとされているのですか……?」
「責任は取る」
ぐっと腰を進めかけたその時。
「だめッ!!」
上げた手や膝が、全身全霊でシヒスムンドを押し返していた。
強張った悲壮な表情。ひと際強い拒絶の言葉。
シヒスムンドの熱は冷水を浴びせられたように瞬時に失われた。
「あ……」
メルセデスの青ざめた顔を見ていられなかった。
「大丈夫だ。もうしない」
彼女と目を合わせず、手早く身仕舞を始める。
今日、メルセデスは一度でもシヒスムンドに愛情を持っていると明言しただろうか。ソファのところで好意が通じたと思ったのは勘違いだった。あれは、そのあと話していた性行為が恥ずべきことではないかという件を、そこで持ち出そうとしていたのだ。
心の伴わない性欲処理のため、という名目で行為を始めてしまったから、彼女の中では未だにこれはシヒスムンドへの恩返しの範疇だったのだろう。
本当は嫌悪感を持っていて、最後の一線の手前まで、我慢を続けてきた。彼女が快感を得ているからといって、心を許しているとは言い切れなかったはずだ。ただ、未知の快楽に抗えず翻弄されていただけ。
それに気づかず勘違いして舞い上がり、怯えさせてしまった。シヒスムンドは自分の声が震えていないか気がかりだった。
「もうお前は十分に貢献した。今後は、俺を満足させようと考えなくともいい」
彼女が貢献を望んでいるのだと言い訳して、これ以上弄ぶことはできない。シヒスムンドの方が耐えられない。
「俺が言えたことではないが、この行為は、本来的には一方の要求からするものではなく、双方が相手を受け入れてもよいと判断した上ですべきことだ」
もう、メルセデスが自らに課した義理を果たす必要はなく、嫌なことを拒絶しても良いと理解できるように、言い聞かせる。
だがそれはシヒスムンドの名ではない。他にその敬称で呼ばれる者は複数存在する。それが不満に感じた。
「シグでいい」
「え?」
シグはシヒスムンドの省略形だ。ミドルネームのシヒスムンドを呼ぶのは、親友のダビドと、亡きテレーザ妃だけだった。ファーストネームのリカルドを誰かに口にされたとしても、シヒスムンドだけは特別な者にしか許したくない。
だから、メルセデスには呼んでほしかった。
「二人の時は、名前で呼んでくれ」
瞠目していたメルセデスは、やがて泣きそうな目をしてほほ笑んだ。
「はい。……シグ」
メルセデスが笑顔を見せたのは、はじめてのことだった。
野草のささやかな花が開いたような、控え目な笑みが愛しくてたまらない。そんな顔で名前を呼ばれるだけで、悲しくもないのに胸が詰まる。
望むべくもなかった、決して自身には与えられないと思っていたものが、ここにある。
メルセデスが自身を好いてくれているのなら、最後までしてしまって構わないのではないか。シヒスムンドはその考えに支配された。
(元より俺のものなのだから……)
「メルセデス……!」
「あっ」
愛情と肉欲に突き動かされたシヒスムンドは、メルセデスを組み敷いた。
「俺を受け入れてくれ」
「え、閣下……!」
いきり立った男根を、メルセデスの秘所へ擦りつけ、愛液をまとわせる。
これまでにない行動と強引さにメルセデスがうろたえたが、シヒスムンドは止まれなかった。
メルセデスはシヒスムンドが下の方で何をしようとしているか見えないはずだが、膣口に指ではない熱い何かが押し当てられたことは分かっただろう。
「こ、これは、こどもを作ろうとされているのですか……?」
「責任は取る」
ぐっと腰を進めかけたその時。
「だめッ!!」
上げた手や膝が、全身全霊でシヒスムンドを押し返していた。
強張った悲壮な表情。ひと際強い拒絶の言葉。
シヒスムンドの熱は冷水を浴びせられたように瞬時に失われた。
「あ……」
メルセデスの青ざめた顔を見ていられなかった。
「大丈夫だ。もうしない」
彼女と目を合わせず、手早く身仕舞を始める。
今日、メルセデスは一度でもシヒスムンドに愛情を持っていると明言しただろうか。ソファのところで好意が通じたと思ったのは勘違いだった。あれは、そのあと話していた性行為が恥ずべきことではないかという件を、そこで持ち出そうとしていたのだ。
心の伴わない性欲処理のため、という名目で行為を始めてしまったから、彼女の中では未だにこれはシヒスムンドへの恩返しの範疇だったのだろう。
本当は嫌悪感を持っていて、最後の一線の手前まで、我慢を続けてきた。彼女が快感を得ているからといって、心を許しているとは言い切れなかったはずだ。ただ、未知の快楽に抗えず翻弄されていただけ。
それに気づかず勘違いして舞い上がり、怯えさせてしまった。シヒスムンドは自分の声が震えていないか気がかりだった。
「もうお前は十分に貢献した。今後は、俺を満足させようと考えなくともいい」
彼女が貢献を望んでいるのだと言い訳して、これ以上弄ぶことはできない。シヒスムンドの方が耐えられない。
「俺が言えたことではないが、この行為は、本来的には一方の要求からするものではなく、双方が相手を受け入れてもよいと判断した上ですべきことだ」
もう、メルセデスが自らに課した義理を果たす必要はなく、嫌なことを拒絶しても良いと理解できるように、言い聞かせる。
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