【R-18】【完結】魔女は将軍の手で人間になる

雲走もそそ

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人間編

52:遺体について(1)

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 今日のシヒスムンドはどこか上の空のようだと、メルセデスは思った。

 メルセデスと目を合わせてはいるが、その険しい目がいつもより穏やかで柔らかく感じる。それでいてどこか熱っぽいような。
 それから視線が外れない。普段は性的快感を与えるための奉仕の時以外は、あまり長い時間目を合わせず、すぐにふいと逸らされる。それが今日は、メルセデスをじっと見つめている。

 一方のメルセデスは、先日のイルダのお茶会で、シヒスムンドに求められてしていた性的快感を得るための行為が、一般的には口に出すのも憚られる品のないことであったと教わったところだ。いつそれをシヒスムンドへ切り出すか悩み、そわそわと落ち着かずにいた。

 それでも気持ちを切り替えて、調査の話を始めることにした。

「本日は、殺された侍女と侵入経路についての考えをお話ししてもよろしいでしょうか」
「ああ」

 前回までに、まず刺客の狙いは皇帝の暗殺で、警備と護衛の手薄になる後宮を訪れる機会を狙っていること。そして協力者や指示した者の存在は不明として、刺客は少なくとも後宮の女ではないこと。刺客は皇帝も把握していない、城壁の外と後宮をつなぐ秘密の通路を通って侵入したこと。これらを推理してきた。いずれも確証がないので、引き続き後宮の出入りを止めるなどの厳戒態勢は継続している。

「何回か前に、侍女を殺した刺客は後宮に隠れていると当初は考えていたけれども、秘密の通路が存在するならもう逃げてしまったのではないか、という懸念が新たに出て来たかと思います」
「そうだな」
「あれから考えてみたのですが、殺された侍女の状況に照らしますと、刺客はまだ逃げていないのだと思い至りました」

 それは意外な答えだったようで、シヒスムンドは集中して聞く姿勢になった。

「侍女の亡骸は、人目につかない場所に隠されていたと、以前伺いました」
「そうだ」

 シヒスムンドは事件の話を持ってきた当初に、メルセデスへ説明していた。
 シュザンヌ付きの侍女が三日間行方不明になっており、後宮へ男性兵士を入れて捜索したところ、人目につかない庭の茂みの中からその死体が見つかった。
 後宮の不自由な環境から逃げ出す侍女は稀にいて、彼女も当初は嫌気がさして姿を隠しているのだと思われていたが、実は失踪してすぐに殺されていた。

「具体的な場所はまだお聞きしていませんでした。どのように隠されていましたか?」
「報告によると、小庭園の通路から外れた奥の方の、茂みの向こうに横たえられていたという」
「まあ、小庭園でしたか。私いつもそこにいるのです」

 小庭園は侍女たちの使う通用口と、愛妾たちの居住棟を結ぶ通路が横にある。しかし密集した植物で著しく見通しの悪い庭の作りになっているため、横に通路があっても人目にはつかず、訪れる人もほぼいない。
 外の空気は吸いたい一方、あまり他の人間と顔を合わせたくないメルセデスは、用事がない限りずっとそこで過ごしている。シヒスムンドの話す死体のあった場所にも見当がついた。

「では、埋めるなどして入念に隠されていたわけではないのですね」

 横たえられていただけなら、その茂みに分け入れば死体は見つかるということだ。
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