上 下
115 / 180
人間編

48:侵入経路について(2)

しおりを挟む
 シヒスムンドは悩ましげに眉を顰めた。

「皇帝のみが使えるものと考えていた隠し通路に足を掬われるとは……」

 まず、侍女を殺した者が皇帝を狙う刺客であるのは間違いないだろう。何らかの理由で侍女が殺されてから発見されるまで数日あった。後宮にいる女たちが標的ならば、その間に殺されている。したがって後宮の女以外の、後宮への定期的な来訪者である皇帝が標的の可能性が高い。また、侍女の遺体の傷から、刺客は相当の手練れと目されている。刺客を侵入の困難な後宮へ送り込む手間を惜しまないほどの標的として考えられるのも皇帝だ。

 そして次に、刺客は後宮の女に紛れてはおらず、非正規の手段で後宮へ侵入した第三者であると推測した。皇帝の訪れという絶好の機会は、侍女殺害までに何度もあった。それまで何もなかったということは、裏を返せば侍女殺害以前に刺客は後宮にいなかったと考えられる。ならばしばらく人材の出入りのない、後宮の女は候補から外れる。この推測に変わりはない。

 また、刺客がまだ後宮にいるという前提も置いている。侍女を殺した刺客が第三者であれば、逃げるか隠れるかしなくてはならない。後宮の塀を越えて逃げても、城の城壁が立ちはだかる。門は厳しく警備がされ、さらに例の火事の下手人を逃がさないために一層厳しく身分を検められていたことだろう。無理に城壁を越えても結界に検知される。後宮の外から城壁までの間で隠れられる場所は、恐ろしい将軍閣下の陣頭指揮のもと、執念深くしらみつぶしに捜索済みである。

「ん? 待て……」

 シヒスムンドは何かに気がついたようだ。

「隠し通路で出入りができたと仮定すると、刺客がまだ後宮へ潜伏しているという推測が否定されるのか」
「そうなりますね。それから、刺客がなぜ交流会へいらした陛下を襲わなかったのかという疑問も解消します」

 侍女を殺してすぐに脱出したのなら、それ以降催された交流会の時には後宮にいなかったのだから、当然皇帝は安全だった。

「けれど、まだ後宮の出入りを許すのは尚早です」

 自由に出入りできたのなら、刺客は侍女を殺した後、誰にも見つかることなく城壁の外へ逃げおおせ、さらに今現在また入ることもできるだろう。

 事件後、皇帝の恩師の喪中と称し、後宮での外部との交流会や侍女たちの帰郷等を、完全に制限して厳戒態勢をとってきた。これは、後宮の女たちに刺客が紛れていた場合の逃亡を防ぐためと、侍女を殺した自覚のある者へ、皇帝はお前を警戒していると牽制するのが目的だ。できることなら、何も知らない後宮の女たちの不満が溜まり、この状況への不信感を抱く前に、早急に解除すべきものである。

 前回と今回の結論は、この厳戒態勢の解除には繋がらない。
 逃亡防止は、何も刺客だけが対象ではない。後宮の女の中に、刺客に侍女殺害を指示した者や、後宮への侵入を手引きした者が、存在すれば潜んでいるかもしれない。そういった犯人や協力者の逃亡も防ぐ効果もある。牽制も同様だ。直接殺した刺客ではなくても、十分危険な存在で、また新たに刺客を招き入れる可能性もある。

 加えて、メルセデスの推論が誤っており、やはり後宮の女に刺客が紛れていたり、まだ刺客が後宮の中にいる場合を想定して厳戒態勢は継続すべきであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

【R-18】年下国王の異常な執愛~義母は義息子に啼かされる~【挿絵付】

臣桜
恋愛
『ガーランドの翠玉』、『妖精の紡いだ銀糸』……数々の美辞麗句が当てはまる17歳のリディアは、国王ブライアンに見初められ側室となった。しかし間もなくブライアンは崩御し、息子であるオーガストが成人して即位する事になった。17歳にして10歳の息子を持ったリディアは、戸惑いつつも宰相の力を借りオーガストを育てる。やがて11年後、21歳になり成人したオーガストは国王となるなり、28歳のリディアを妻に求めて……!? ※毎日更新予定です ※血の繋がりは一切ありませんが、義息子×義母という特殊な関係ですので地雷っぽい方はお気をつけください ※ムーンライトノベルズ様にも同時連載しています

【完結】【R18】男色疑惑のある公爵様の契約妻となりましたが、気がついたら愛されているんですけれど!?

夏琳トウ(明石唯加)
恋愛
「俺と結婚してくれたら、衣食住完全補償。なんだったら、キミの実家に支援させてもらうよ」 「え、じゃあ結婚します!」 メラーズ王国に住まう子爵令嬢マーガレットは悩んでいた。 というのも、元々借金まみれだった家の財政状況がさらに悪化し、ついには没落か夜逃げかという二択を迫られていたのだ。 そんな中、父に「頼むからいい男を捕まえてこい!」と送り出された舞踏会にて、マーガレットは王国の二大公爵家の一つオルブルヒ家の当主クローヴィスと出逢う。 彼はマーガレットの話を聞くと、何を思ったのか「俺と契約結婚しない?」と言ってくる。 しかし、マーガレットはためらう。何故ならば……彼には男色家だといううわさがあったのだ。つまり、形だけの結婚になるのは目に見えている。 そう思ったものの、彼が提示してきた条件にマーガレットは飛びついた。 そして、マーガレットはクローヴィスの(契約)妻となった。 男色家疑惑のある自由気ままな公爵様×貧乏性で現金な子爵令嬢。 二人がなんやかんやありながらも両想いになる勘違い話。 ◆hotランキング 10位ありがとうございます……! ―― ◆掲載先→アルファポリス、ムーンライトノベルズ、エブリスタ

【R-18】喪女ですが、魔王の息子×2の花嫁になるため異世界に召喚されました

indi子/金色魚々子
恋愛
――優しげな王子と強引な王子、世継ぎを残すために、今宵も二人の王子に淫らに愛されます。 逢坂美咲(おうさか みさき)は、恋愛経験が一切ないもてない女=喪女。 一人で過ごす事が決定しているクリスマスの夜、バイト先の本屋で万引き犯を追いかけている時に階段で足を滑らせて落ちていってしまう。 しかし、気が付いた時……美咲がいたのは、なんと異世界の魔王城!? そこで、魔王の息子である二人の王子の『花嫁』として召喚されたと告げられて……? 元の世界に帰るためには、その二人の王子、ミハイルとアレクセイどちらかの子どもを産むことが交換条件に! もてない女ミサキの、甘くとろける淫らな魔王城ライフ、無事?開幕! 

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

優しい先輩に溺愛されるはずがめちゃくちゃにされた話

片茹で卵
恋愛
R18台詞習作。 片想いしている先輩に溺愛されるおまじないを使ったところなぜか押し倒される話。淡々S攻。短編です。

【R18】××××で魔力供給をする世界に聖女として転移して、イケメン魔法使いに甘やかされ抱かれる話

もなか
恋愛
目を覚ますと、金髪碧眼のイケメン──アースに抱かれていた。 詳しく話を聞くに、どうやら、私は魔法がある異世界に聖女として転移をしてきたようだ。 え? この世界、魔法を使うためには、魔力供給をしなきゃいけないんですか? え? 魔力供給って、××××しなきゃいけないんですか? え? 私、アースさん専用の聖女なんですか? 魔力供給(性行為)をしなきゃいけない聖女が、イケメン魔法使いに甘やかされ、快楽の日々に溺れる物語──。 ※n番煎じの魔力供給もの。18禁シーンばかりの変態度高めな物語です。 ※ムーンライトノベルズにも載せております。ムーンライトノベルズさんの方は、題名が少し変わっております。 ※ヒーローが変態です。ヒロインはちょろいです。 R18作品です。18歳未満の方(高校生も含む)の閲覧は、御遠慮ください。

媚薬を飲まされたので、好きな人の部屋に行きました。

入海月子
恋愛
女騎士エリカは同僚のダンケルトのことが好きなのに素直になれない。あるとき、媚薬を飲まされて襲われそうになったエリカは返り討ちにして、ダンケルトの部屋に逃げ込んだ。二人は──。

処理中です...