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人間編

43:罰(1)

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 メルセデスに口づけの理由を問われたシヒスムンドは、答えに窮した。情欲に動かされたなどと認めたくない。
 それでとっさに、からかっただけということにしたのだが、傷ついたように伏せられたメルセデスの目に、柄にもなく心が痛んだ。何かもっとましな言い訳を考えておけばよかったと。

 改めて貢献方法を問われても、強い言葉で突き放すしかない。
 メルセデスは気づいていない。シヒスムンドが、彼女の唇を奪ってからというもの、ずっと欲望を秘めた熱い視線で見つめていたことを。自分が性的な目で見られているとは思いもよらないのだろう。

 また勢いあまって触れてしまわないように、欲望に流されまいと堪えているシヒスムンドに向かって、何でもするなどと言う。二人きりの誰も助けに来ないこの空間で、どれほど危険なことを口にしているのか自覚がない。

 だがその言葉に甘えるには、自制心に加え、罪悪感が邪魔をした。彼女が感謝している事柄は、シヒスムンドが意図してそうしたものではなくて、むしろ逆の、害意を持っていたための行動がほとんどだった。それを感謝されるほど、後ろめたくなる。

「本当に俺個人が望むことをしてやろうか……! それが嫌悪と苦痛を伴う可能性をなぜ想像できない? 俺が帝国の悪魔と呼ばれていることを忘れたか」

 肩を強く掴み、脅しても、メルセデスの真っ直ぐな瞳は揺るがなかった。
 この目に見つめられると、これまで怒りや憎悪でしかほとんど動かなかった心が、おかしな熱を持ち、焦燥感のようなもので、ひどく苦しくなる。

「陛下からの事件の調査のご命令に相反しないなら、望まれたことをします」
「殊勝なことだ! なら手始めに服を脱いでみせろ。そうすればお前の覚悟を信じてやる」

 それでも食い下がるメルセデスに、理性に濾過されなかった言葉が出た。

(俺は何を言っている?)

 すぐ頭が冷えて、自分が何と言ったのか反芻する。
 だが吐き出した言葉は引っ込められない。

 幸いにもどこまで求めるかは言っていない。ただ服を脱がせて服従を示させるだけの、屈辱を与えるためとも取れる。
 すんでのところで言葉選びを誤らなかったことは僥倖だった。これほど侮辱的な言葉を吐いたのだから、こうなればそのまま嫌われてしまえばいい。真摯に心を傾け、歩み寄ろうとするメルセデスに、これ以上感情をかき乱されたくなかった。

 青ざめ、恐怖の色を持った顔に、自分でそうさせておきながら、衝撃を受けた。メルセデスだけが、シヒスムンドを恐れず見られるというのに、怖がらせてしまった。もう二度と、怯えのない目を向けられないかもしれない。

「できもしないことで、俺に気を取られるな。調査のことだけを考えていろ」

 しかし、恐れられれば、メルセデスがシヒスムンドに積極的にかかわることはない。望んだ結果だ。
 そう自分を納得させて、帰ろうと秘密の通路のほうへ歩き出す。

「お待ちください」

 次は何と言って傷つければいいのか。足を止めて逡巡していると、衣擦れの音が背後から聞こえて驚愕した。

「本当に脱ぐ奴が――」

 止めようと振り向いた時には、メルセデスは一糸まとわぬ姿になっていた。
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