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人間編
41:刺客の推理(3)
しおりを挟む 西園寺家の会合から二ヶ月。少佐に昇進し中隊長に任命された明石には忙しい日々が待っていた。
第三艦隊のエース。人型兵器『アサルト・モジュール』胡州名称『特機』の新任部隊長。彼の部下達はみな若く、海軍兵学校の中途課程の学生ばかりなのが気になったが、逆にそれが裏の世界で生きてきた明石には新鮮で楽しい日々に感じられた。だが彼等を見るうちに次第に不安が芽生えてくるのもまた事実だった。
胡州の格差社会は極めて残酷なものだ。生まれたとたんにその赤ん坊の将来を決め付けることが出来るそんな世の中に明石は違和感を感じていた。人口の70パーセントが貧困寸前の状態のこの国で小学校、中学校、高校と進めるのはほんの一握りの人間に過ぎない。多少勉強が出来る生徒にはそのしがらみから抜けるには二つの道しかなかった。
一つは彼の部下達のように軍に入ること。15歳で兵学校に入り、成績優秀ならばそのまま推薦で下士官待遇での部隊配属。そしてそこでも上官の信頼を得ることが出来れば士官学校への道も開ける。
そしてもう一つの道が寺に入ること。明石も子供のころからそう言う野心家の小坊主達に囲まれながら日々を過ごしていた。彼等も寺の経営する私立中学、高校を経て推薦で大学に進む道があり、多くは寺とは関係ない学科に進学して卒業後は大企業に勤めると言う道もあった。そんな小坊主達とともに育った明石にとって部下の平民や貧民上がりの下士官達のやる気と根性は賞賛するに値することだった。
その日も部下の出した戦術関連のレポートを見ながら隊の隊長室でのんびりとそれに点数をつけていた明石の部屋をノックするものがいた。
「ああ、開いてるで」
答えた明石。そこに静かに入ってきたのは兵学校の一回生と思しき少女だった。
『なんや?貴族上がりのお嬢さんか何かか?』
そう思っている明石に少女は敬礼をした。
「今度この中隊に配属になりました正親町三条楓と申します!」
「おおぎまち……?」
「正親町三条です!」
しばらく明石はその無駄に長い名前を頭の中で繰り返していた。
「長いな……」
「はい!僕もそう思います」
少女は自分を僕と呼んだ。その言葉にしばらく明石の思考は止まる。
「正親町侯爵とは親戚か何かか?」
「いえ、父は嵯峨惟基陸軍大佐であります!」
その言葉で明石はようやくこれまでの思考が無意味になるほど状況が理解できて来た。
正親町三条家は醍醐家や佐賀家や池家と並ぶ嵯峨家の一門である。嵯峨惟基には双子の娘がおり、一人は現在東和に在住しているが、本来なら家督は彼女が継ぐのが当然とされていた。部屋住みである妹の楓が分家したところで不思議な話ではない。そして自分も部屋住みで停止されてはいるものの貴族年金を受けるときは子爵待遇の身分を証明する必要があった。なんとなく似た境遇に自然と明石の頬は緩んだ。
「長い名前やなあ……何とかならへんのか?」
明石の言葉に理解できないと言う顔をする楓。
「まあ、ええわ。楓曹長でええか?」
「ハイ!」
明石の言葉に楓は初々しい敬礼をして見せた。そしてそのまま同じ場所に突っ立っている楓。じっと立っている彼女に明石は仕事を始めるかどうかで悩んでいた。
第三艦隊のエース。人型兵器『アサルト・モジュール』胡州名称『特機』の新任部隊長。彼の部下達はみな若く、海軍兵学校の中途課程の学生ばかりなのが気になったが、逆にそれが裏の世界で生きてきた明石には新鮮で楽しい日々に感じられた。だが彼等を見るうちに次第に不安が芽生えてくるのもまた事実だった。
胡州の格差社会は極めて残酷なものだ。生まれたとたんにその赤ん坊の将来を決め付けることが出来るそんな世の中に明石は違和感を感じていた。人口の70パーセントが貧困寸前の状態のこの国で小学校、中学校、高校と進めるのはほんの一握りの人間に過ぎない。多少勉強が出来る生徒にはそのしがらみから抜けるには二つの道しかなかった。
一つは彼の部下達のように軍に入ること。15歳で兵学校に入り、成績優秀ならばそのまま推薦で下士官待遇での部隊配属。そしてそこでも上官の信頼を得ることが出来れば士官学校への道も開ける。
そしてもう一つの道が寺に入ること。明石も子供のころからそう言う野心家の小坊主達に囲まれながら日々を過ごしていた。彼等も寺の経営する私立中学、高校を経て推薦で大学に進む道があり、多くは寺とは関係ない学科に進学して卒業後は大企業に勤めると言う道もあった。そんな小坊主達とともに育った明石にとって部下の平民や貧民上がりの下士官達のやる気と根性は賞賛するに値することだった。
その日も部下の出した戦術関連のレポートを見ながら隊の隊長室でのんびりとそれに点数をつけていた明石の部屋をノックするものがいた。
「ああ、開いてるで」
答えた明石。そこに静かに入ってきたのは兵学校の一回生と思しき少女だった。
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そう思っている明石に少女は敬礼をした。
「今度この中隊に配属になりました正親町三条楓と申します!」
「おおぎまち……?」
「正親町三条です!」
しばらく明石はその無駄に長い名前を頭の中で繰り返していた。
「長いな……」
「はい!僕もそう思います」
少女は自分を僕と呼んだ。その言葉にしばらく明石の思考は止まる。
「正親町侯爵とは親戚か何かか?」
「いえ、父は嵯峨惟基陸軍大佐であります!」
その言葉で明石はようやくこれまでの思考が無意味になるほど状況が理解できて来た。
正親町三条家は醍醐家や佐賀家や池家と並ぶ嵯峨家の一門である。嵯峨惟基には双子の娘がおり、一人は現在東和に在住しているが、本来なら家督は彼女が継ぐのが当然とされていた。部屋住みである妹の楓が分家したところで不思議な話ではない。そして自分も部屋住みで停止されてはいるものの貴族年金を受けるときは子爵待遇の身分を証明する必要があった。なんとなく似た境遇に自然と明石の頬は緩んだ。
「長い名前やなあ……何とかならへんのか?」
明石の言葉に理解できないと言う顔をする楓。
「まあ、ええわ。楓曹長でええか?」
「ハイ!」
明石の言葉に楓は初々しい敬礼をして見せた。そしてそのまま同じ場所に突っ立っている楓。じっと立っている彼女に明石は仕事を始めるかどうかで悩んでいた。
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