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人間編
41:刺客の推理(1)
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「今日は新しい情報をお持ちできませんでした。けれど、せっかくお越しいただいたので、暗殺者についての考えを整理したいと思うのですが、いかがでしょうか」
「――ん? ああ。わかった」
前回の来訪から三日後、定例のシヒスムンドの来訪があった。
しかし新しい情報が無かったのでメルセデスがそのように提案すると、シヒスムンドはすんなり受け入れた。以前、メルセデスには情報を持ってくることを期待していて、考える部分は彼と皇帝で担うと話していた。そのため不要と断られることも想定していたメルセデスは、拍子抜けした。
この日のシヒスムンドは、入室してまっすぐソファへ行くかと思えば、文机の上に開いて置かれた本に関心を持ったようで、メルセデスが話しかけるまでそれを読んでいた。
「読むに値する内容ですか?」
提案に返事をした後も字から目を離さないので、内容について質問してみると、シヒスムンドはようやく顔を上げた。
「そうだな。興味深い。お前が自分で書いたのか?」
「はい。シュザンヌ様に勧めていただきました。魔術に関する役立つ情報がないか、人に見ていただくのです」
それは、シュザンヌに勧められて書き始めた、メルセデスの手記であった。まだほんの数頁しか書いておらず、母の売っていた火をつける魔力を宿した道具の話や、魔女のことに触れたぐらいだ。
「書く都度俺に見せろ。ここで読んでいく。全頁書き上げても、俺に見せるまでは他人に渡すな」
「かしこまりました」
「正直なところ、驚いた。マリエルヴィは識字率が低い。ここまでまともに文章を書くとは思わなかった。おかしなところもない」
「ありがとうございます。読み書きは母から教わりました」
将軍自ら校閲とは恐れ入るが、魔術の研究に役立つ情報がないかを見てもらわねばならないので、優れた魔術師であるシヒスムンドが内容を確認してくれるのは心強い。
書きかけの手記をぱたりと閉じると、シヒスムンドはソファの定位置に腰かけた。メルセデスも正面のソファに座る。
「まず、侍女を殺害した犯人について、実際に手を下した者と、それ以外――例えば指示した者、協力した者等が別に存在する可能性を想定して、前者を刺客と呼びたいと思います。今日はこの刺客について整理します」
シヒスムンドの調査の結果、文通は結局怪しいものではなかったが、仮にロレンサが犯人だったとすれば、彼女ではなく例えば侍女に実行させたはずだ。そういった複数の関与者を想定して呼称した方が、整理しやすいということだろう。
帝国よりも教育の水準が劣るマリエルヴィの、王城の貧しい下働きであったメルセデスが、意外にもしっかりした文章を書き記した。以前から方向性がおかしいときはあるが思慮深いのはわかっていたので、先ほど垣間見えた教養も相まって、彼女の推理へは大いに期待が生まれていた。
「――ん? ああ。わかった」
前回の来訪から三日後、定例のシヒスムンドの来訪があった。
しかし新しい情報が無かったのでメルセデスがそのように提案すると、シヒスムンドはすんなり受け入れた。以前、メルセデスには情報を持ってくることを期待していて、考える部分は彼と皇帝で担うと話していた。そのため不要と断られることも想定していたメルセデスは、拍子抜けした。
この日のシヒスムンドは、入室してまっすぐソファへ行くかと思えば、文机の上に開いて置かれた本に関心を持ったようで、メルセデスが話しかけるまでそれを読んでいた。
「読むに値する内容ですか?」
提案に返事をした後も字から目を離さないので、内容について質問してみると、シヒスムンドはようやく顔を上げた。
「そうだな。興味深い。お前が自分で書いたのか?」
「はい。シュザンヌ様に勧めていただきました。魔術に関する役立つ情報がないか、人に見ていただくのです」
それは、シュザンヌに勧められて書き始めた、メルセデスの手記であった。まだほんの数頁しか書いておらず、母の売っていた火をつける魔力を宿した道具の話や、魔女のことに触れたぐらいだ。
「書く都度俺に見せろ。ここで読んでいく。全頁書き上げても、俺に見せるまでは他人に渡すな」
「かしこまりました」
「正直なところ、驚いた。マリエルヴィは識字率が低い。ここまでまともに文章を書くとは思わなかった。おかしなところもない」
「ありがとうございます。読み書きは母から教わりました」
将軍自ら校閲とは恐れ入るが、魔術の研究に役立つ情報がないかを見てもらわねばならないので、優れた魔術師であるシヒスムンドが内容を確認してくれるのは心強い。
書きかけの手記をぱたりと閉じると、シヒスムンドはソファの定位置に腰かけた。メルセデスも正面のソファに座る。
「まず、侍女を殺害した犯人について、実際に手を下した者と、それ以外――例えば指示した者、協力した者等が別に存在する可能性を想定して、前者を刺客と呼びたいと思います。今日はこの刺客について整理します」
シヒスムンドの調査の結果、文通は結局怪しいものではなかったが、仮にロレンサが犯人だったとすれば、彼女ではなく例えば侍女に実行させたはずだ。そういった複数の関与者を想定して呼称した方が、整理しやすいということだろう。
帝国よりも教育の水準が劣るマリエルヴィの、王城の貧しい下働きであったメルセデスが、意外にもしっかりした文章を書き記した。以前から方向性がおかしいときはあるが思慮深いのはわかっていたので、先ほど垣間見えた教養も相まって、彼女の推理へは大いに期待が生まれていた。
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