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人間編
38:噂の真偽(1)
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前回の来訪時に思わず口づけてしまい、今回は何か聞かれるのではないかと、内心気まずく思いながらやってきたシヒスムンドであったが、話題は普通にロレンサの文通の話や、ダビドが結婚しない謎についての話になり、特に追及されないのかと安堵していたところに、とんでもない発言を放り込まれる。
「では、ご結婚なさらないのは、お二人が思いあっておられるからではなかったのですね」
シヒスムンドは自分の耳を疑った。眼前のメルセデスは、疑問が解けたような晴れやかさで、おかしなことを言い放った自覚を持っている様子はない。
聞き間違いだったのだろうか。
「すまんが、もう一度言ってくれ」
「え? はい。閣下がご結婚なさらないのは、陛下と思いあっておられるからではなかったのですね」
残念ながら聞き間違いではなかったようで、シヒスムンドは一瞬遠ざかった意識を力いっぱい引き戻した。
「……なぜ、元は、そのように、考えていた」
動揺のあまりやたらとゆっくり喋るシヒスムンドが珍しいようで、メルセデスは不思議そうな目でシヒスムンドを探っている。
「お茶会で噂を耳にしたのです。確かに納得できる話でしたので」
納得できるということは、話に何か前後の情報があるに違いない。
メルセデスに詳細を尋ねると、思いもよらない話がすらすらと口から流れ出てきた。
愛妾の幾人かは、シヒスムンドがいい年になっても結婚していない理由を、明後日の方向へ推理していたのだ。
娼館で女に目隠しをさせていることと、ダビドの目隠しを関連付け、シヒスムンドがダビドを思っていて、娼館の女を代わりに抱いているのだと。しかも、立場があるため隠しているが、お互いを思って独身でいるのだと。だから昼夜問わず二人きりで部屋にこもっているのだと。
「なんだその戯言は!」
(しかもメルセデスは、つい先ほどまでそれを信じていたのか!?)
声を荒げたシヒスムンドに、メルセデスは目を丸くしている。僅かにでも部屋の外へ声が漏れる可能性を排除するために、声は落とさなくてはならない。シヒスムンドは努めて怒りを落ち着けた。
「もしかして、噂した方々を罰しますか?」
シヒスムンドが噂話に憤慨しているのは伝わったようで、メルセデスは噂の出どころを心配している。
「彼女たちは娯楽のために、あくまで想像のものとして限られた範囲で話しているようでした。こうしてあの場から噂話を持ち出す想定はしていません。私も閣下だからお話ししているのです。ですから――」
「いや、もう落ち着いた。罰したり出どころを探るような真似はしない」
これを受けてシヒスムンドが動き出せば、誰かお茶会の参加者が噂を外へ広めたと分かってしまい、メルセデスに繋がるかもしれない。それに、シヒスムンドも不快な噂程度で目くじらを立てることはしない。
しかし、メルセデスの誤解はしっかり解いておきたい。メルセデスは当初、シヒスムンドがメルセデスを憎悪の的にすべく愛妾にしたと勘違いしていたり、自分の心を守るためとはいえ魔女は人間ではないと思い込んでいたり、考え込みすぎて道を逸れるきらいがある。
この件も十分に説明しておかなければ、彼女の中でどう処理されてしまうかわかったものではない。
「では、ご結婚なさらないのは、お二人が思いあっておられるからではなかったのですね」
シヒスムンドは自分の耳を疑った。眼前のメルセデスは、疑問が解けたような晴れやかさで、おかしなことを言い放った自覚を持っている様子はない。
聞き間違いだったのだろうか。
「すまんが、もう一度言ってくれ」
「え? はい。閣下がご結婚なさらないのは、陛下と思いあっておられるからではなかったのですね」
残念ながら聞き間違いではなかったようで、シヒスムンドは一瞬遠ざかった意識を力いっぱい引き戻した。
「……なぜ、元は、そのように、考えていた」
動揺のあまりやたらとゆっくり喋るシヒスムンドが珍しいようで、メルセデスは不思議そうな目でシヒスムンドを探っている。
「お茶会で噂を耳にしたのです。確かに納得できる話でしたので」
納得できるということは、話に何か前後の情報があるに違いない。
メルセデスに詳細を尋ねると、思いもよらない話がすらすらと口から流れ出てきた。
愛妾の幾人かは、シヒスムンドがいい年になっても結婚していない理由を、明後日の方向へ推理していたのだ。
娼館で女に目隠しをさせていることと、ダビドの目隠しを関連付け、シヒスムンドがダビドを思っていて、娼館の女を代わりに抱いているのだと。しかも、立場があるため隠しているが、お互いを思って独身でいるのだと。だから昼夜問わず二人きりで部屋にこもっているのだと。
「なんだその戯言は!」
(しかもメルセデスは、つい先ほどまでそれを信じていたのか!?)
声を荒げたシヒスムンドに、メルセデスは目を丸くしている。僅かにでも部屋の外へ声が漏れる可能性を排除するために、声は落とさなくてはならない。シヒスムンドは努めて怒りを落ち着けた。
「もしかして、噂した方々を罰しますか?」
シヒスムンドが噂話に憤慨しているのは伝わったようで、メルセデスは噂の出どころを心配している。
「彼女たちは娯楽のために、あくまで想像のものとして限られた範囲で話しているようでした。こうしてあの場から噂話を持ち出す想定はしていません。私も閣下だからお話ししているのです。ですから――」
「いや、もう落ち着いた。罰したり出どころを探るような真似はしない」
これを受けてシヒスムンドが動き出せば、誰かお茶会の参加者が噂を外へ広めたと分かってしまい、メルセデスに繋がるかもしれない。それに、シヒスムンドも不快な噂程度で目くじらを立てることはしない。
しかし、メルセデスの誤解はしっかり解いておきたい。メルセデスは当初、シヒスムンドがメルセデスを憎悪の的にすべく愛妾にしたと勘違いしていたり、自分の心を守るためとはいえ魔女は人間ではないと思い込んでいたり、考え込みすぎて道を逸れるきらいがある。
この件も十分に説明しておかなければ、彼女の中でどう処理されてしまうかわかったものではない。
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