86 / 180
人間編
37:ただの文通(1)
しおりを挟む
前回の来訪から約束通り三日後に、シヒスムンドが後宮のメルセデスの居室へ忍んでやってきた。
彼はロレンサと詩人の文通について、三日で調べ上げていた。
「どうやら、事件とは関係がなさそうだ」
噂通り、ロレンサと詩人は、城を介さない非正規の手段で文通をしていた。
本来であれば、後宮の中で生活する愛妾や侍女が差出人または宛先となる手紙は、一旦内容を検閲する城内の部署へ集められ、確認の上届けられる。しかし詩人とロレンサの手紙はその流れには乗っていない。
後宮の外に隣接している、厨房などの集まる棟へ出入りしている商人に手紙を託していた。この棟は、料理や生活物資を取りに行くため、侍女たちなら普通に後宮と行き来できる。詩人は手紙を商人へ託し、商人は手紙をロレンサの侍女へ渡すというわけだ。返事も同じ流れになる。
ロレンサたちがわざわざ非正規の手段で文通をしているのは、検閲と同時に、ロレンサの場合は父であるマルティネス公爵へ、誰とどのような手紙をやり取りしたかの報告がなされるため、それを嫌ったのではないかと、シヒスムンドは推測を述べた。
娘が身分の低い貧しい詩人と親しくしていると知れば、公爵はそれを禁じるかもしれない。
「商人はなぜ引き受けたのでしょうか」
明らかに非正規の手段の文通の手伝いをするなど、普通はためらいそうなものである。
「ロレンサから小金を握らされているというのもあるが、中身を商人が読める状態にしてあるからだそうだ」
商人からすれば、金を渡され、ただ預かった手紙を侍女と詩人へ届けるだけ。毎回中を見てもおかしなことは書いていない。万が一とがめられても、大した罪にはならない。金銭欲を、文通の橋渡しという善意で正当化しているだけのことである。
「詩人の方を当たって、ロレンサからの手紙と、これから送る予定だった返事を確認させた」
内容は考えた詩の交換や、感想と少しばかりの雑談のみ。専門の学者へ見せても、暗号等が含まれている様子はないとのことだった。
「では、本当に普通の文通だったのですね……」
「そのようだ」
「実は、つい先日、その手紙を待つロレンサ様をお見かけしたのです」
彼女の手紙を待ちわびる様子をシヒスムンドに話して聞かせる。
「なるほどな。最近帝国貴族出身の愛妾たちが落ち着いているのはそういうことか」
納得したようにつぶやくシヒスムンドに、メルセデスは引っ掛かりを覚えた。
「閣下はなぜ後宮の中の様子にもお詳しいのですか」
「ああ……」
シヒスムンドはメルセデスに、後宮内に協力者が一人いると説明してくれた。後宮で起きた出来事や不審な情報を、定期的に手紙で報告するそうだ。メルセデスには、変に意識させても良くないと思い教えていなかったという。
シヒスムンドの言う通り、誰が協力者か教われば無意識に目で追ってしまうかもしれない。メルセデスは名前までは聞かないことにした。
その協力者に事件の調査をしてもらえばいいのではないかと投げかけたが、その女性は、自然と多くの情報が集まる立場にあるが、一方で密かに調査をするには目立つ人物らしい。また、火事の夜後宮にいた女性は全て容疑者であるため、信頼はしているが、その協力者も例外ではないとのことである。
協力者は、メルセデスが事件の調査の命を受けていることも知らないそうだ。
「彼女からの報告で、以前に比べて帝国出身者に落ち着きが出てきたと知った」
イルダのお茶会で、帝国貴族出身の愛妾たちは、皇帝の寵愛を得て血を繋げる役目を負ったのに、その役目を果たせない現状に焦り、苛立っており、それを敗戦国出身の愛妾へぶつけて憂さ晴らしをしていると聞いた。
「帝国貴族出身者の筆頭がロレンサだ。公爵家だからな。彼女が文通に気を取られて大人しくしていれば、彼女の取り巻きどもも追従する相手がおらず、合わせて大人しくなったのだろう」
「ではまた元に戻ってしまいますね……」
非正規の手段で文通をしていると分かった以上、もうその穴は塞がれてしまうだろう。文通ができなくなれば、ロレンサはまた敗戦国出身者で憂さ晴らしをし、他の帝国貴族出身者の愛妾もそれに倣うと思われた。
彼はロレンサと詩人の文通について、三日で調べ上げていた。
「どうやら、事件とは関係がなさそうだ」
噂通り、ロレンサと詩人は、城を介さない非正規の手段で文通をしていた。
本来であれば、後宮の中で生活する愛妾や侍女が差出人または宛先となる手紙は、一旦内容を検閲する城内の部署へ集められ、確認の上届けられる。しかし詩人とロレンサの手紙はその流れには乗っていない。
後宮の外に隣接している、厨房などの集まる棟へ出入りしている商人に手紙を託していた。この棟は、料理や生活物資を取りに行くため、侍女たちなら普通に後宮と行き来できる。詩人は手紙を商人へ託し、商人は手紙をロレンサの侍女へ渡すというわけだ。返事も同じ流れになる。
ロレンサたちがわざわざ非正規の手段で文通をしているのは、検閲と同時に、ロレンサの場合は父であるマルティネス公爵へ、誰とどのような手紙をやり取りしたかの報告がなされるため、それを嫌ったのではないかと、シヒスムンドは推測を述べた。
娘が身分の低い貧しい詩人と親しくしていると知れば、公爵はそれを禁じるかもしれない。
「商人はなぜ引き受けたのでしょうか」
明らかに非正規の手段の文通の手伝いをするなど、普通はためらいそうなものである。
「ロレンサから小金を握らされているというのもあるが、中身を商人が読める状態にしてあるからだそうだ」
商人からすれば、金を渡され、ただ預かった手紙を侍女と詩人へ届けるだけ。毎回中を見てもおかしなことは書いていない。万が一とがめられても、大した罪にはならない。金銭欲を、文通の橋渡しという善意で正当化しているだけのことである。
「詩人の方を当たって、ロレンサからの手紙と、これから送る予定だった返事を確認させた」
内容は考えた詩の交換や、感想と少しばかりの雑談のみ。専門の学者へ見せても、暗号等が含まれている様子はないとのことだった。
「では、本当に普通の文通だったのですね……」
「そのようだ」
「実は、つい先日、その手紙を待つロレンサ様をお見かけしたのです」
彼女の手紙を待ちわびる様子をシヒスムンドに話して聞かせる。
「なるほどな。最近帝国貴族出身の愛妾たちが落ち着いているのはそういうことか」
納得したようにつぶやくシヒスムンドに、メルセデスは引っ掛かりを覚えた。
「閣下はなぜ後宮の中の様子にもお詳しいのですか」
「ああ……」
シヒスムンドはメルセデスに、後宮内に協力者が一人いると説明してくれた。後宮で起きた出来事や不審な情報を、定期的に手紙で報告するそうだ。メルセデスには、変に意識させても良くないと思い教えていなかったという。
シヒスムンドの言う通り、誰が協力者か教われば無意識に目で追ってしまうかもしれない。メルセデスは名前までは聞かないことにした。
その協力者に事件の調査をしてもらえばいいのではないかと投げかけたが、その女性は、自然と多くの情報が集まる立場にあるが、一方で密かに調査をするには目立つ人物らしい。また、火事の夜後宮にいた女性は全て容疑者であるため、信頼はしているが、その協力者も例外ではないとのことである。
協力者は、メルセデスが事件の調査の命を受けていることも知らないそうだ。
「彼女からの報告で、以前に比べて帝国出身者に落ち着きが出てきたと知った」
イルダのお茶会で、帝国貴族出身の愛妾たちは、皇帝の寵愛を得て血を繋げる役目を負ったのに、その役目を果たせない現状に焦り、苛立っており、それを敗戦国出身の愛妾へぶつけて憂さ晴らしをしていると聞いた。
「帝国貴族出身者の筆頭がロレンサだ。公爵家だからな。彼女が文通に気を取られて大人しくしていれば、彼女の取り巻きどもも追従する相手がおらず、合わせて大人しくなったのだろう」
「ではまた元に戻ってしまいますね……」
非正規の手段で文通をしていると分かった以上、もうその穴は塞がれてしまうだろう。文通ができなくなれば、ロレンサはまた敗戦国出身者で憂さ晴らしをし、他の帝国貴族出身者の愛妾もそれに倣うと思われた。
1
お気に入りに追加
150
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない
ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。
既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。
未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。
後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。
欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。
* 作り話です
* そんなに長くしない予定です

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

チート無しっ!?黒髪の少女の異世界冒険記
ノン・タロー
ファンタジー
ごく普通の女子高生である「武久 佳奈」は、通学途中に突然異世界へと飛ばされてしまう。これは何の特殊な能力もチートなスキルも持たない、ただごく普通の女子高生が、自力で会得した魔法やスキルを駆使し、元の世界へと帰る方法を探すべく見ず知らずの異世界で様々な人々や、様々な仲間たちとの出会いと別れを繰り返し、成長していく記録である……。
設定
この世界は人間、エルフ、妖怪、獣人、ドワーフ、魔物等が共存する世界となっています。
その為か男性だけでなく、女性も性に対する抵抗がわりと低くなっております。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる