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人間編
34:謝礼(1)
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「他に報告しておくことはないか」
懐中時計を見て、夜も更けてきたことに気づいたシヒスムンドは、正面に座るメルセデスへ、他に話しておきたいことがないか尋ねた。
「事件の話でなくてもいい。後宮で気づいた、陛下や俺では知りえないことなど、なんでも構わん」
何か小さな異変が、解決の糸口になるかもしれない。
「その、大変申し上げにくいのですが」
メルセデスはこれまで、シヒスムンドが脅かしたとしても、言葉をためらったことはない。気弱そうに見えて、案外気が強いのか、口が過ぎる性質なのだろう。そのメルセデスが濁しているのなら、何か重要なことなのかもしれない。
「言ってみろ」
語調が強くなりすぎないよう、意識して穏やかに促した。
なにやら少し頬を染めて言いづらそうにするメルセデスに、シヒスムンドはこれまでにない、むずがゆいような不思議な感情が湧き出てくるのを感じた。
「後宮は、皇帝陛下のために存在するものです。しかし……」
言葉を切ったメルセデスは、意を決したように続きを口にした。
「ロレンサ様の文通に対しての、愛妾の皆様の反応からすると、彼女たちの心は自由です」
つまり、彼女たちは自由恋愛をしている、もしくはしてもよいと考えている。
シヒスムンドからすればこの程度のことを、恥ずかしげに話す初心さに、おかしくなってしまった。
「クッ……、フハ、フハハハハ」
こらえきれずに声を上げて笑うシヒスムンドを、メルセデスは意外に思っている様子だった。どちらかといえば、由々しき事態と捉えると予想していたようだ。
「それはそうだな。この場所は、帝国の後継者を儲けるための場所だ。皇帝へ愛を捧げる必要はない。だいたい、後宮へ来てから皇帝と対面するというのに、必ずしも愛情を持つとは限らんだろう。後宮へ来る前も、それ以降も、彼女たちの愛は自由だ」
「そういうものですか」
「まあ、愛妾と呼ぶのだから、そう勘違いしても仕方のないことかもしれんな」
後宮に入る際、純潔は求められていない。先帝の頃に未亡人を後宮へ迎えたことがあるらしく、その際には、妊娠の兆しがわかる程度の期間をおいてから、皇帝が手を付けるようにしたという話だ。
「愛妾たちが誰を愛しても、身ごもりさえしなければどうでもいい」
後宮の掟として、皇帝以外との交わりは双方死罪となっている。皇帝の来訪がない今妊娠すれば、掟を破ったことは明白だ。そこまでのことになれば、さすがに看過できないだろう。
「そもそも、男のいない後宮では、身ごもりようもないがな」
監視の行き届いた愛妾たちのできる自由恋愛は、せいぜい文通程度であり、心配する必要もないわけである。
「申し訳ございません。私にとっては、驚くことでしたので」
「いや、こういった話でもいい。また何かあれば報告しろ」
懐中時計を見て、夜も更けてきたことに気づいたシヒスムンドは、正面に座るメルセデスへ、他に話しておきたいことがないか尋ねた。
「事件の話でなくてもいい。後宮で気づいた、陛下や俺では知りえないことなど、なんでも構わん」
何か小さな異変が、解決の糸口になるかもしれない。
「その、大変申し上げにくいのですが」
メルセデスはこれまで、シヒスムンドが脅かしたとしても、言葉をためらったことはない。気弱そうに見えて、案外気が強いのか、口が過ぎる性質なのだろう。そのメルセデスが濁しているのなら、何か重要なことなのかもしれない。
「言ってみろ」
語調が強くなりすぎないよう、意識して穏やかに促した。
なにやら少し頬を染めて言いづらそうにするメルセデスに、シヒスムンドはこれまでにない、むずがゆいような不思議な感情が湧き出てくるのを感じた。
「後宮は、皇帝陛下のために存在するものです。しかし……」
言葉を切ったメルセデスは、意を決したように続きを口にした。
「ロレンサ様の文通に対しての、愛妾の皆様の反応からすると、彼女たちの心は自由です」
つまり、彼女たちは自由恋愛をしている、もしくはしてもよいと考えている。
シヒスムンドからすればこの程度のことを、恥ずかしげに話す初心さに、おかしくなってしまった。
「クッ……、フハ、フハハハハ」
こらえきれずに声を上げて笑うシヒスムンドを、メルセデスは意外に思っている様子だった。どちらかといえば、由々しき事態と捉えると予想していたようだ。
「それはそうだな。この場所は、帝国の後継者を儲けるための場所だ。皇帝へ愛を捧げる必要はない。だいたい、後宮へ来てから皇帝と対面するというのに、必ずしも愛情を持つとは限らんだろう。後宮へ来る前も、それ以降も、彼女たちの愛は自由だ」
「そういうものですか」
「まあ、愛妾と呼ぶのだから、そう勘違いしても仕方のないことかもしれんな」
後宮に入る際、純潔は求められていない。先帝の頃に未亡人を後宮へ迎えたことがあるらしく、その際には、妊娠の兆しがわかる程度の期間をおいてから、皇帝が手を付けるようにしたという話だ。
「愛妾たちが誰を愛しても、身ごもりさえしなければどうでもいい」
後宮の掟として、皇帝以外との交わりは双方死罪となっている。皇帝の来訪がない今妊娠すれば、掟を破ったことは明白だ。そこまでのことになれば、さすがに看過できないだろう。
「そもそも、男のいない後宮では、身ごもりようもないがな」
監視の行き届いた愛妾たちのできる自由恋愛は、せいぜい文通程度であり、心配する必要もないわけである。
「申し訳ございません。私にとっては、驚くことでしたので」
「いや、こういった話でもいい。また何かあれば報告しろ」
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