【R-18】【完結】魔女は将軍の手で人間になる

雲走もそそ

文字の大きさ
上 下
76 / 180
人間編

32:金色の瞳(4)

しおりを挟む





「彼女は引き受けると言った」

 動揺した様子のシヒスムンドが秘密の通路から戻り、ダビドへ開口一番伝えてきたのはそれだった。

「それは良かったな」

 しかしシヒスムンドの表情は曇ったままだ。
 ソファに対面で座り、黙って酒を飲んでいる。なにやら考え込んでいるようで、ダビドも付き合ってグラスに酒を手酌で注いだ。

「何かあったか」

 シヒスムンドは普段よりも早くグラスを空にすることを繰り返していたが、しばらくして手を止めた。

「メルセデスは、俺の目を見られる」

 ついに。
 ついに現れたのだ。シヒスムンドと普通の人間関係を築ける相手が。
 ダビドは言葉を詰まらせる。血が熱くなっているように感じるのは酒精のためだけではない。

「そうか……っ」

 ダビドとシヒスムンドは、皇太子とその影武者兼傍付きという関係で、物心つく前から一緒にいた。
 シヒスムンドは昔から可愛げのない生意気な子供だったが、衝突を繰り返すうちに親友と呼べる存在になった。皇帝の母であるテレーザ妃の暗殺事件も経て、同じ野望を抱く盟友になり、二人でこの大陸を変革するのだと決意した。
 しかしシヒスムンドには、予想だにしなかった出来事が起きる。

 十代前半の頃、シヒスムンドの魔力が顕在化したのだ。それは威圧の魔力で、すでに魔力を発現していた十年来の友であるダビドでも、その力に抗えなかった。
 ダビドの中には、友を尊敬し、頼り、案じる気持ちと、魔力により植え付けられた恐怖が常にせめぎ合っている。

 シヒスムンドの魔力自体は、目を見ている間だけのものだ。一度見るだけで消えない恐怖を植え付けられる。また、彼が意識的に魔力を強めたり、怒りの感情が高まったりしたときに、目を合わせた相手を昏倒させる。先日衛兵が気絶したのも、彼の機嫌が悪かったからだ。
 再度目を見ていない時の恐怖は、一度目を忘れられない自分の心の問題だ。そう理解していても、シヒスムンドと対峙する間は、過去に見てしまった瞳の恐怖が絶えず苛み、改めて目を見れば、また恐怖が上書きされる。

 誰にも等しく訪れる金色の目の恐怖は、シヒスムンドを傷つけ、孤独にした。自分に向けられるのが、全て怯えた目なのだから当然だ。ダビドを最後に、シヒスムンドは長らく誰とも心を通わせていない。

 だからダビドは、シヒスムンドが居る場では、絶対に目元の薄布を取らない。
 これはシヒスムンドの目の魔力を遮っているのではない。見る側がシヒスムンドの目を視認できる限り、遮ることに意味はない。
 これは、会話中ダビドがシヒスムンドの目を全く見ていないということを、彼に悟らせないように身に着けているのだ。隠しても、普通に会話ができている時点でシヒスムンドは気づいているだろうが、それでも目に見えて恐怖されているよりは気が安らぐだろうと、以来二十年近くこうしている。

「話は十分にできたか」
「ああ……。俺がすぐにでもメルセデスを罰して、遠ざけたがったのは……。まだすべきことが山積しているのに、それを忘れてあの目を欲してしまうことが、恐ろしいからだ」
「シグ……」

 シヒスムンドは、テレーザ妃の暗殺とダビドの境遇に強い負い目を持っている。彼の責任ではなかったのに、シヒスムンドはその償いのため、持ちうるすべてを、その孤独の根源である強大な魔力をも利用し、大陸統一を果たそうとしているのだ。
 これまではわき目も振らずに突き進んできた。周りを見渡しても、誰もが彼の唯一無二の金色の瞳から目を逸らすのだから、シヒスムンドは孤独でも前を向き続けた。

 ダビドはそれが不憫でならず、かといって自分では力が足りず、いつかお前の目を見られる存在が現れるなどと無責任な奇跡も説けず、ただ隣で見守るしかなかった。

「恐れる必要はない。他人を求めることは普通のことだ」

 シヒスムンドはまたグラスを空けている。

「俺はもう……、生まれた時から普通の人生を許されていない」
「飲みすぎだ。だから弱気になっている。今日はもう休め」

 追い立てると、シヒスムンドは大人しく退室していった。足取りはしっかりしていたので、心配せずとも自分の居室まで問題なく戻るだろう。

「まったく、難儀な奴だ……」

 メルセデスの出現は正しく奇跡だ。大陸の方々へ版図を広げ、ようやく現れた一人。
 彼女へ希望を見出しているのは、シヒスムンドも同じだろう。ダビドよりも強いはずだ。だからこそ、自分がそれに振り回されて、大陸統一に支障をきたし、ひいてはテレーザ妃とダビドへの不義理となることを恐れている。

 彼女には、愛してほしいとまでは言わない。ただ、シヒスムンドと目を合わせて話の出来る、友人になってほしい。そうして、シヒスムンドにとってのこの世界を、彼が子供の頃に失った『他人』の存在する世界へ戻してやってほしい。
 そうでなくては、シヒスムンドが哀れでならない。
しおりを挟む
script?guid=on
感想 12

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

不器用騎士様は記憶喪失の婚約者を逃がさない

かべうち右近
恋愛
「あなたみたいな人と、婚約したくなかった……!」 婚約者ヴィルヘルミーナにそう言われたルドガー。しかし、ツンツンなヴィルヘルミーナはそれからすぐに事故で記憶を失い、それまでとは打って変わって素直な可愛らしい令嬢に生まれ変わっていたーー。 もともとルドガーとヴィルヘルミーナは、顔を合わせればたびたび口喧嘩をする幼馴染同士だった。 ずっと好きな女などいないと思い込んでいたルドガーは、女性に人気で付き合いも広い。そんな彼は、悪友に指摘されて、ヴィルヘルミーナが好きなのだとやっと気付いた。 想いに気づいたとたんに、何の幸運か、親の意向によりとんとん拍子にヴィルヘルミーナとルドガーの婚約がまとまったものの、女たらしのルドガーに対してヴィルヘルミーナはツンツンだったのだ。 記憶を失ったヴィルヘルミーナには悪いが、今度こそ彼女を口説き落して円満結婚を目指し、ルドガーは彼女にアプローチを始める。しかし、元女誑しの不器用騎士は息を吸うようにステップをすっ飛ばしたアプローチばかりしてしまい…? 不器用騎士×元ツンデレ・今素直令嬢のラブコメです。 12/11追記 書籍版の配信に伴い、WEB連載版は取り下げております。 たくさんお読みいただきありがとうございました!

処理中です...