【R-18】【完結】魔女は将軍の手で人間になる

雲走もそそ

文字の大きさ
上 下
70 / 180
人間編

30:和解(4)

しおりを挟む
「再考……、ですか。他に陛下と閣下で、秘密裏に調査する方法が見つかったのですか?」
「それはまだだ」
「でしたら、初めに申し上げた通り、お引き受けいたします」

 正直なところ、メルセデスは承諾を取り下げると考えていた。
 彼女は死にたくないと言っていた。憎悪の的というおかしな発想も、この国で生き抜くためのに彼女なりに考えたことだった。

 引き受けなくても、ダビドとシヒスムンドが、方法があるかは別として勝手に調査を進める。それが失敗してダビドが死なない限りは、メルセデスは安全だ。
 一方、引き受ければ、失敗する以前に、暗殺者に気取られて殺される可能性があるため、積極的に危険を取ることになる。

 まさか調査が容易に済むとは考えていないだろうか。シヒスムンドはメルセデスへ疑いの目を向ける。

「本気か?」
「はい」

 よく観察すると、メルセデスの青灰色の目には、しっかりした言葉と裏腹に、不安の色があった。
 何の手がかりもない調査が難航することも、自らに命の危険があることも、正しく理解しているのだ。それでも、報酬のためにやり遂げると決意している。
 彼女に決意があるのなら、シヒスムンドに否やはない。

「お前の覚悟はわかった。――頼むぞ」

 シヒスムンドがこれからすべきは、彼女に同情して案じることではなく、最大限支援して、ともに後宮に潜む殺人犯を見つけ出すことだ。

 身を乗り出して右手を差し出すと、メルセデスは首をかしげる。
 マリエルヴィ王国には握手がなかったのかもしれない。正式な作法でもないからシュザンヌの授業には登場しなかっただろう。

「帝国での作法――というより習慣か。友好や取引の成立の証に手を握り合う」

 説明してやれば、メルセデスは納得したようにシヒスムンドの手の指先あたりを掴んだ。手枷で腕をあまり広げられないからか、両手でだ。

(知らないとこうなるのか)

 少し面白く思いながら、逆の手でメルセデスの手の位置を直してやり、軽く握る。

「片手でいい。こうするんだ」

 か細く頼りない、まるで子供の手を握っているようだった。

「これでお前も、大陸統一の野望の協力者だ。俺はお前を信頼する。だからお前も、俺と陛下を信じろ。いいな?」
「はい」

 目を見て言い聞かせるように伝えると、メルセデスは素直に返事をする。
 緊張のない柔らかい手。敵意や恐怖があれば必ず筋肉は多少緊張する。それが全くない。

 紆余曲折あったが、どうにかメルセデスとは協力関係を築けそうだ。一つ山を乗り越えたと、シヒスムンドは安堵するのだった。
しおりを挟む
script?guid=on
感想 12

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

チート無しっ!?黒髪の少女の異世界冒険記

ノン・タロー
ファンタジー
ごく普通の女子高生である「武久 佳奈」は、通学途中に突然異世界へと飛ばされてしまう。これは何の特殊な能力もチートなスキルも持たない、ただごく普通の女子高生が、自力で会得した魔法やスキルを駆使し、元の世界へと帰る方法を探すべく見ず知らずの異世界で様々な人々や、様々な仲間たちとの出会いと別れを繰り返し、成長していく記録である……。 設定 この世界は人間、エルフ、妖怪、獣人、ドワーフ、魔物等が共存する世界となっています。 その為か男性だけでなく、女性も性に対する抵抗がわりと低くなっております。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない

ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。 既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。 未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。 後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。 欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。 * 作り話です * そんなに長くしない予定です

処理中です...