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人間編
30:和解(4)
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「再考……、ですか。他に陛下と閣下で、秘密裏に調査する方法が見つかったのですか?」
「それはまだだ」
「でしたら、初めに申し上げた通り、お引き受けいたします」
正直なところ、メルセデスは承諾を取り下げると考えていた。
彼女は死にたくないと言っていた。憎悪の的というおかしな発想も、この国で生き抜くためのに彼女なりに考えたことだった。
引き受けなくても、ダビドとシヒスムンドが、方法があるかは別として勝手に調査を進める。それが失敗してダビドが死なない限りは、メルセデスは安全だ。
一方、引き受ければ、失敗する以前に、暗殺者に気取られて殺される可能性があるため、積極的に危険を取ることになる。
まさか調査が容易に済むとは考えていないだろうか。シヒスムンドはメルセデスへ疑いの目を向ける。
「本気か?」
「はい」
よく観察すると、メルセデスの青灰色の目には、しっかりした言葉と裏腹に、不安の色があった。
何の手がかりもない調査が難航することも、自らに命の危険があることも、正しく理解しているのだ。それでも、報酬のためにやり遂げると決意している。
彼女に決意があるのなら、シヒスムンドに否やはない。
「お前の覚悟はわかった。――頼むぞ」
シヒスムンドがこれからすべきは、彼女に同情して案じることではなく、最大限支援して、ともに後宮に潜む殺人犯を見つけ出すことだ。
身を乗り出して右手を差し出すと、メルセデスは首をかしげる。
マリエルヴィ王国には握手がなかったのかもしれない。正式な作法でもないからシュザンヌの授業には登場しなかっただろう。
「帝国での作法――というより習慣か。友好や取引の成立の証に手を握り合う」
説明してやれば、メルセデスは納得したようにシヒスムンドの手の指先あたりを掴んだ。手枷で腕をあまり広げられないからか、両手でだ。
(知らないとこうなるのか)
少し面白く思いながら、逆の手でメルセデスの手の位置を直してやり、軽く握る。
「片手でいい。こうするんだ」
か細く頼りない、まるで子供の手を握っているようだった。
「これでお前も、大陸統一の野望の協力者だ。俺はお前を信頼する。だからお前も、俺と陛下を信じろ。いいな?」
「はい」
目を見て言い聞かせるように伝えると、メルセデスは素直に返事をする。
緊張のない柔らかい手。敵意や恐怖があれば必ず筋肉は多少緊張する。それが全くない。
紆余曲折あったが、どうにかメルセデスとは協力関係を築けそうだ。一つ山を乗り越えたと、シヒスムンドは安堵するのだった。
「それはまだだ」
「でしたら、初めに申し上げた通り、お引き受けいたします」
正直なところ、メルセデスは承諾を取り下げると考えていた。
彼女は死にたくないと言っていた。憎悪の的というおかしな発想も、この国で生き抜くためのに彼女なりに考えたことだった。
引き受けなくても、ダビドとシヒスムンドが、方法があるかは別として勝手に調査を進める。それが失敗してダビドが死なない限りは、メルセデスは安全だ。
一方、引き受ければ、失敗する以前に、暗殺者に気取られて殺される可能性があるため、積極的に危険を取ることになる。
まさか調査が容易に済むとは考えていないだろうか。シヒスムンドはメルセデスへ疑いの目を向ける。
「本気か?」
「はい」
よく観察すると、メルセデスの青灰色の目には、しっかりした言葉と裏腹に、不安の色があった。
何の手がかりもない調査が難航することも、自らに命の危険があることも、正しく理解しているのだ。それでも、報酬のためにやり遂げると決意している。
彼女に決意があるのなら、シヒスムンドに否やはない。
「お前の覚悟はわかった。――頼むぞ」
シヒスムンドがこれからすべきは、彼女に同情して案じることではなく、最大限支援して、ともに後宮に潜む殺人犯を見つけ出すことだ。
身を乗り出して右手を差し出すと、メルセデスは首をかしげる。
マリエルヴィ王国には握手がなかったのかもしれない。正式な作法でもないからシュザンヌの授業には登場しなかっただろう。
「帝国での作法――というより習慣か。友好や取引の成立の証に手を握り合う」
説明してやれば、メルセデスは納得したようにシヒスムンドの手の指先あたりを掴んだ。手枷で腕をあまり広げられないからか、両手でだ。
(知らないとこうなるのか)
少し面白く思いながら、逆の手でメルセデスの手の位置を直してやり、軽く握る。
「片手でいい。こうするんだ」
か細く頼りない、まるで子供の手を握っているようだった。
「これでお前も、大陸統一の野望の協力者だ。俺はお前を信頼する。だからお前も、俺と陛下を信じろ。いいな?」
「はい」
目を見て言い聞かせるように伝えると、メルセデスは素直に返事をする。
緊張のない柔らかい手。敵意や恐怖があれば必ず筋肉は多少緊張する。それが全くない。
紆余曲折あったが、どうにかメルセデスとは協力関係を築けそうだ。一つ山を乗り越えたと、シヒスムンドは安堵するのだった。
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