【R-18】【完結】魔女は将軍の手で人間になる

雲走もそそ

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人間編

30:和解(2)

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 なぜこれほどの怪物になってしまったのか。なぜ同じ人間であると、あそこまで受け入れがたかったのか。生まれ持ってのはずはないのだ。

「お前はなぜ人でなくなった。魔女に、いや、お前に王国は何をした」

 シヒスムンドにとって、三日前に大陸統一の野望を語った時から、メルセデスを理解することは危険なことになってしまっていた。だから頭の中の理性的な部分は、それ以上深追いするなと強く止める。
 それでも尋ねずにはいられなかった。

 メルセデスは、遠くを見つめながら、眉をひそめて答えた。

「母を、焼かれました。……村人の歓声を、今も覚えています」

 以前メルセデスに他の魔女とどれぐらいの期間接していたか尋ねた。それに対し、母親のみと十二歳まで一緒にいたと答えた。まだ子供の時に、目の前で母親を火あぶりにして処刑されたのだ。

 あれが同じ生き物の所業ならば、正気でいられなかった。そう叫んだメルセデスの声が頭にこびりついている。
 魔女であった彼女の母を処刑し、歓喜の声をあげる王国の民を目にして、幼い娘はその理不尽な惨劇をそのまま受け入れられなかった。だから、人間という生き物が、天敵たる魔女という生き物を狩ったのだと、自然の摂理と受け入れることにした。
 それが、メルセデスの、怪物としての生き方の始まりだったのだ。

 メルセデスがその記憶と理論に基づいて人命を軽んじることを、魔女としての処刑を恐れることを、いったい誰が責められるというのか。

「だから火を恐れていたのか」
「そうですね……。母のことがあってからです。大きな火を前にすると、身動きできなくなるのです」

 火事で助けた時に見せた異常な様子も、演技ではなかった。母を殺された心的外傷と残酷な処刑への恐怖心が炎により一瞬で想起され、そしてそれで心が壊れないように防衛本能が働き、意識はあっても記憶のない抜け殻のような状態になっていたのだ。シヒスムンドに助けられたことも、翌日には覚えていないようだった。

 ダビドは、メルセデスから見えるのは、戸惑いと恐怖だけだと言っていた。
 迫害と処刑に怯え、ひたすら素性を隠して生きてきたところを、王太子に魔女だと暴かれてしまった。まさか王国の外に魔女などという言葉は無いとも知らないから、帝国でも同じように魔女であることを理由に憎まれ、殺されるかもしれないと恐れていた。しかし誰も、王国の民が魔女を扱うようには接してこない。むしろ、想定していない理由で憎しみを向けてくる。だから戸惑っていた。

「王太子は何と言ってお前を従わせた」
「……従えないなら、公開処刑を行うと言っていました」

 そうすれば民衆の結束力が強くなるのだという。
 王太子が、元々メルセデスは先遣隊に返り討ちにあう想定でいたことなども聞き、シヒスムンドは胸が悪くなった。唆されたなどとんでもない。王太子は彼女をまるで虫けらのように扱い、偶々生きて帰ってきたから、今度は自らの罪を着せようとした。

「俺も謝罪の必要があるな……。お前の事情も知らずに、強大な魔術師という一点のみで王太子と共謀したと決めつけた。脅されているとは露程も思わずにな。火事の件も、手枷があれどお前ほどなら恐れるものなどないはずと、演技と疑っていた。すまなかった」
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