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魔女編
27:象と反省(2)
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「それで、悪意がなければ許せとでも言いだすのか? お前は社会的弱者の犯罪すべてに恩赦を与えるつもりか。それは根本的な解決にならん。俺たちがすべきは、あの国の悪しき因習の破壊だ。犯した罪はそこにあり続ける。その時々の憐憫の情に流されて、罰を与えないなど平等ではない」
「シグ、気づいているのか」
シヒスムンドが言い募るのを聞き終えてから、ダビドはぽつりとつぶやくように問いかける。
「お前はこれまで、他人の罪を裁くときがあれば、すべて公平に扱ってきた。事実として何があったのか調べ、当人と、いれば相手との双方の事情を聴取し、それを汲んだ上で罪を断じ、あるべき罰を与えてきた。これがお前の公平さだった。火事の件も、兵士たちの心情を察して、罪が重くなりすぎないように配慮しただろう。俺はそれでいいと思っている。だが――」
もう何年も目にしていない友の目が、薄布の奥からシヒスムンドを見据えている。シヒスムンドさえ、自覚しないように、見て見ぬふりしているものを引きずり出そうとしている。
「メルセデスにだけそうしていない自覚はあるか? いや、この間話したときまでは、相応の事情があれば何かしら配慮するつもりだった。それが今は、どんな事情があろうとも殺人の罪を裁こうとしているように見える。お前は自分の部下でも特別扱いはしないだろう。だがメルセデスだけは、頑なに厳しく扱っている。昨日、何があったんだ?」
「それは……」
ダビドが見ることができるのは感情の色だけだが、シヒスムンドの心は本人以上に読めている。
彼の言う通りだった。自分の部下であろうとなかろうと、これまでは事実とそれぞれにとっての真実の両方が揃ってから物事を決めてきた。メルセデスにも、ダビドに諭されてからではあるが、一応そうするつもりはあった。
しかし、昨日彼女に大陸統一の野望を説明してからは、もうこれ以上歩み寄ってはならないと、自らの本能に近い部分が壁を造れと警鐘を鳴らした。
それは、もう少しであのことに気づいてしまいそうだったからで――、
「――黙れ」
喉の奥から漏れ出た唸るような声に、ダビドの口元が強張る。
「俺のやり方に口を挟むな」
この苛立ちは、正当性がない。メルセデスの錯乱と同じ、自己防衛のためのものだ。このまま話していては、見たくないものを暴かれてしまいそうだから。
それを自覚していても、シヒスムンドはダビドへの威圧を止められない。これが彼を苦しめていると知りつつ、自分を抑えられない。
「――陛下、お休み中失礼いたします」
そこに割って入ったのは、扉を叩く音と部屋の前に常駐する近衛兵の声だった。
ダビドが許可すると、書簡を持った一名が入室してくる。
「取り急ぎお二方にご承認いただきたい事案があるそうで、預かって参りました」
提出した本人が持ってこいとも思ったが、シヒスムンドは自分に会いたい人間などいないと知っている。
「確認する。さっさと寄越せ」
先ほどまでの苛立ちをそのままに近衛兵に接すると、彼は目を見開き、体を硬直させた。
「将軍!」
ダビドの制する声が飛ぶが、それより先に近衛兵は白目をむいて後ろに倒れた。
「くそ……」
やってしまった。近衛兵の目を見てしまった。
最早すべてに対して癇癪を起している状態のシヒスムンドは、部屋の外へ向けて声を張り上げる。
「おい! 誰かこいつを介抱してやれ!」
部屋の前のもう一人の衛兵が扉から中を覗き込み、事情を察して倒れた同僚を担いで出ていく。
今のがシヒスムンドの魔力であり、誰もが彼を恐れている理由だった。
「それを決裁したら、俺ももう休ませてもらう」
首元を脂汗で濡らしたダビドにシヒスムンドは謝罪もできず、自分の署名を加えた書簡を渡し、無言で部屋を出て行った。
「シグ、気づいているのか」
シヒスムンドが言い募るのを聞き終えてから、ダビドはぽつりとつぶやくように問いかける。
「お前はこれまで、他人の罪を裁くときがあれば、すべて公平に扱ってきた。事実として何があったのか調べ、当人と、いれば相手との双方の事情を聴取し、それを汲んだ上で罪を断じ、あるべき罰を与えてきた。これがお前の公平さだった。火事の件も、兵士たちの心情を察して、罪が重くなりすぎないように配慮しただろう。俺はそれでいいと思っている。だが――」
もう何年も目にしていない友の目が、薄布の奥からシヒスムンドを見据えている。シヒスムンドさえ、自覚しないように、見て見ぬふりしているものを引きずり出そうとしている。
「メルセデスにだけそうしていない自覚はあるか? いや、この間話したときまでは、相応の事情があれば何かしら配慮するつもりだった。それが今は、どんな事情があろうとも殺人の罪を裁こうとしているように見える。お前は自分の部下でも特別扱いはしないだろう。だがメルセデスだけは、頑なに厳しく扱っている。昨日、何があったんだ?」
「それは……」
ダビドが見ることができるのは感情の色だけだが、シヒスムンドの心は本人以上に読めている。
彼の言う通りだった。自分の部下であろうとなかろうと、これまでは事実とそれぞれにとっての真実の両方が揃ってから物事を決めてきた。メルセデスにも、ダビドに諭されてからではあるが、一応そうするつもりはあった。
しかし、昨日彼女に大陸統一の野望を説明してからは、もうこれ以上歩み寄ってはならないと、自らの本能に近い部分が壁を造れと警鐘を鳴らした。
それは、もう少しであのことに気づいてしまいそうだったからで――、
「――黙れ」
喉の奥から漏れ出た唸るような声に、ダビドの口元が強張る。
「俺のやり方に口を挟むな」
この苛立ちは、正当性がない。メルセデスの錯乱と同じ、自己防衛のためのものだ。このまま話していては、見たくないものを暴かれてしまいそうだから。
それを自覚していても、シヒスムンドはダビドへの威圧を止められない。これが彼を苦しめていると知りつつ、自分を抑えられない。
「――陛下、お休み中失礼いたします」
そこに割って入ったのは、扉を叩く音と部屋の前に常駐する近衛兵の声だった。
ダビドが許可すると、書簡を持った一名が入室してくる。
「取り急ぎお二方にご承認いただきたい事案があるそうで、預かって参りました」
提出した本人が持ってこいとも思ったが、シヒスムンドは自分に会いたい人間などいないと知っている。
「確認する。さっさと寄越せ」
先ほどまでの苛立ちをそのままに近衛兵に接すると、彼は目を見開き、体を硬直させた。
「将軍!」
ダビドの制する声が飛ぶが、それより先に近衛兵は白目をむいて後ろに倒れた。
「くそ……」
やってしまった。近衛兵の目を見てしまった。
最早すべてに対して癇癪を起している状態のシヒスムンドは、部屋の外へ向けて声を張り上げる。
「おい! 誰かこいつを介抱してやれ!」
部屋の前のもう一人の衛兵が扉から中を覗き込み、事情を察して倒れた同僚を担いで出ていく。
今のがシヒスムンドの魔力であり、誰もが彼を恐れている理由だった。
「それを決裁したら、俺ももう休ませてもらう」
首元を脂汗で濡らしたダビドにシヒスムンドは謝罪もできず、自分の署名を加えた書簡を渡し、無言で部屋を出て行った。
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