【R-18】【完結】魔女は将軍の手で人間になる

雲走もそそ

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魔女編

26:魔女という生き物(2)

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「魔女という生き物は存在しない。お前含め、ただの魔力を持つ人間だ。人間より優れているなど、驕りを捨てろ」

 これまでのメルセデスは、怯えたり、虚勢を張ったりするぐらいで、強い意志をぶつけてくることはなかった。だから今回も、やり込められるだろうとシヒスムンドは思っていた。

「驕り……? 私が、人間より優れていると?」

 だから、その反応は予想外だった。

「私が優れているから、人ではない別の生き物と認識しているとでも、そうおっしゃりたいのですか!」

 怒りに肩を震わせ、眦に涙をためて叫ぶように訴えるメルセデスに、シヒスムンドは目を剥いた。このような反応を示すなど思ってもみなかった。

「野山の獣たちが種族の優劣など考えて狩りをするとお思いですか? あれは種として残るために食らいあっているのです。そういう生き物だから、殺し合っているだけです!」
「声を落とせ……!」

 いくら控えの間を挟むとはいえ、その先の廊下は共用だ。大声を上げれば、内容は聞こえなくても人を引き寄せるかもしれない。
 だがメルセデスにシヒスムンドの制止は聞こえていない。

「あれが……、あれが種として生きるための行いでなかったというのなら……! あれが同じ生き物の所業というのなら! 私は正気でいられなかった!」
「くっ……」

 とっさにシヒスムンドの手がメルセデスの口をふさいだ。
 錯乱したメルセデスは爪を立てて、シヒスムンドの腕をどけようと抵抗する。

「俺の目を見ろ!」

 シヒスムンドの瞳の金色が、水面に一石投じた波紋のように揺らめき、黄昏の色へ染まっていく。
 色が完全に移り変わる。その瞬間、暴れていたメルセデスはふっと意識を手放した。

 意図が切れたように崩れ落ちる体を支えて、シヒスムンドはようやく一息ついた。
 いったい何が彼女を激高させたのか見当もつかなかったが、のんびり考えている暇はない。すみやかに立ち去らなければ、先ほどの口論が僅かにでも廊下へ漏れ出て、誰か駆けつけてくる可能性がある。

 気絶したメルセデスを抱え上げ、ベッドへ横たえると、足早に後宮を去った。




『魔女という生き物は存在しない。お前含め、ただの魔力を持つ人間だ』
(そんなはずない。そんなはずない)

 頭の中で繰り返し否定しても、シヒスムンドの言葉が上から重ねられる。

(閣下が、勘違いをしておられるだけ)

 彼の話や推測が正しい証拠は、いったいどこにあるというのか。
 確かにメルセデスは、他の魔女は母しか知らない。だから知っていることは、母から幼い彼女への教えと、王国の民衆の畏怖と侮蔑に満ちた風評だけだ。母は、魔女がどういう生き物かは話さず、ただ魔女は魔女から生まれるとしか説明しなかった。民衆もその言い伝えを受け入れていた。だからメルセデスは、魔女は魔女という生き物だと思っていた。帝国より人口は少ないが、王国の全員がそう認識している。

 一方で帝国に来てから魔力を持つ人間に出会ったことなどない。この国で魔力を持つ者がどう扱われるかも見ていない。将軍はああ言ったが、魔女という呼び名ではなくとも、メルセデスのように手枷をはめられたり、それを恐れて隠れて暮らしているのではないか。

(もし、本当に同じ人間なのだとしたら)

 魔女は災いをもたらす生き物だから、人間に殺されても仕方ない。大半の魔女は人間に危害を加えるから、自分たち母子は教えがあり少なくとも何もしていないが、ともに迫害を受ける。魔女という生き物だから仕方がない。
 そのはずだったのに。

 もし同じ人間なら。全ては違う生き物だから、仕方のないことではなかったのか。あの狂った村人たちは、何もしていない、同じ人間である母を焼いたというのか。

(誰か、教えてください)
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