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魔女編
26:魔女という生き物(1)
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シヒスムンドは、メルセデスと普通に目が合ったような気がして、すぐに視線を逸らし、話を続けた。
「大陸の全ての場所が同じ文化水準まで向上すれば、無理解からの差別も払拭される。たとえば、お前の祖国での呼び方も変わるのではないか? 魔女などという蔑称は封建的で男尊女卑が強いから生まれたのだろう」
シヒスムンドがそう示しても、メルセデスの反応は思っていたものと違った。怪訝な、とまではいかないが、不思議そうに首をかしげている。
「愛妾の皆さまもそうでしたが……。なぜ魔女という呼び方にこだわるのですか?」
「なに?」
何かがかみ合っていないと気づいたのは、シヒスムンドが先だった。
「どういうことだ。魔女であることにこだわっているのはお前ではないか」
「こだわる、といいますか、私はただ魔女なだけですから、こだわっているわけではありません。皆さまが、帝国に魔女という言葉がないからか、呼び方に困られているのだと思います。おそらく魔術師に言い換えられるのだと思われますが」
魔女という蔑称への固執について、そういえばダビドも何か引っ掛かりを覚えていた。
「魔術師は、魔力を持ち、それを扱う人間のことだ。名称であって、蔑称ではない」
「蔑称……?」
メルセデスにとっては、魔女はいったいなんなのか。
「メルセデス。魔女とは、なんだ?」
「魔女というのは、人間の天敵にあたる、魔力を持つ、女性形の『生き物』です」
「……」
メルセデスに冗談を言っている様子はない。シヒスムンドはようやく理解してしまった。これが、王国での常識なのだ。
あの謁見の間での違和感にも合点がいった。王太子は迫害の対象である魔女に責任を擦り付けた。そして国王をはじめとした王国側の全員が、即座にメルセデスを悪と認識した。道理など関係ない、純然たる敵だからだ。
面通しの時にも、メルセデスは自らが魔女であるから憎まれるのなら理解できると言った。自分が、人間とは天敵に当たる生き物だと思っていたためだ。
メルセデスにとって、魔女とは人間と異なる生き物で、蔑視だとか、そういった同じ人間としての土台の上での話は、まったく関係がないのだ。
こんなことから説明してやらなくてはならないのか。シヒスムンドのうんざりした深いため息が、腹の底からあふれ出る。
「よく聞け。お前が魔女と思っている生き物も、人間と同じ生き物だ」
「そんなはずはありません。姿形は人の女性と似ていますが、違う生き物です」
メルセデスはきっぱりと言い切った。心からそう思っているという声音だ。
だが淡々と否定を続ける。
「帝国では、魔力のない両親から、魔力を持つ子供が生まれる事例も観測されている。逆も多くある。魔力を持つ者自体そこまで多くはないが、十分に検証できる件数だ。男女の偏りもない」
はた、とメルセデスの動きが止まった。瞬きも忘れてシヒスムンドを見つめている。
「そんな……、そんなこと……。王国では、魔女の子供は、魔女だけです」
血の気を失い、どうにか言葉を絞り出す彼女の握り合わせた両手が震えている。
だが、シヒスムンドは構わない。
「お前は他の魔女に何人会ったことがある。どれぐらいの期間だ」
「……母一人です。十二歳まで」
「なら俺の仮説にすぎないが、お前以外の魔女は、生まれる子が必ずしも、魔力を持つ女ではないと知っていたのではないか。魔女の子は魔女だというのは通説のはず。ならば、魔力を持たない女児や、そもそも魔女と疑われない男児を産んだ魔女たちは、子供を捨てていたのだろう」
どれほど過酷な迫害を受けるか理解していたから、魔女と呼ばれずに済む子供たちを、より生存の可能性が高くなるよう、親心で手放してやっていた。それが、魔女の子は魔女、という事実の裏にある、真実だろう。
ダビドによれば、マリエルヴィは山間の厳しい土地で豊かとはいえない国のためか、孤児院等立場の弱い者の置かれる環境は劣悪だそうだ。それでも、魔女として生きるよりは、よほど子供のためになる。母親たちは、そう信じて子供を捨ててきたのだ。
「ですが、それなら魔力を持つ男性が一人も見つからないことなど、ありえません」
「そのような生き物が存在しないと思われている環境で、名乗り出る馬鹿はおらん。もしいたとしても……、殺されて、なかったことにされただろうな」
シヒスムンドは、メルセデスと慎重に話すべきであった。価値観とは人の土台で、それを破壊するとき、信じ積み上げてきたものも崩れていくことを、認識しておかなくてはならなかった。
シヒスムンドが問答無用で説明を続けてしまったのは、メルセデスのその勘違いが、強い魔力を持つ者、すなわち魔女は人より優れた生き物だという驕りからくるものと思っていたからだ。
蒼白な顔で黙り込むメルセデスに、シヒスムンドの言葉は止まらない。
「魔女という生き物は存在しない。お前含め、ただの魔力を持つ人間だ。人間より優れているなど、驕りを捨てろ」
「大陸の全ての場所が同じ文化水準まで向上すれば、無理解からの差別も払拭される。たとえば、お前の祖国での呼び方も変わるのではないか? 魔女などという蔑称は封建的で男尊女卑が強いから生まれたのだろう」
シヒスムンドがそう示しても、メルセデスの反応は思っていたものと違った。怪訝な、とまではいかないが、不思議そうに首をかしげている。
「愛妾の皆さまもそうでしたが……。なぜ魔女という呼び方にこだわるのですか?」
「なに?」
何かがかみ合っていないと気づいたのは、シヒスムンドが先だった。
「どういうことだ。魔女であることにこだわっているのはお前ではないか」
「こだわる、といいますか、私はただ魔女なだけですから、こだわっているわけではありません。皆さまが、帝国に魔女という言葉がないからか、呼び方に困られているのだと思います。おそらく魔術師に言い換えられるのだと思われますが」
魔女という蔑称への固執について、そういえばダビドも何か引っ掛かりを覚えていた。
「魔術師は、魔力を持ち、それを扱う人間のことだ。名称であって、蔑称ではない」
「蔑称……?」
メルセデスにとっては、魔女はいったいなんなのか。
「メルセデス。魔女とは、なんだ?」
「魔女というのは、人間の天敵にあたる、魔力を持つ、女性形の『生き物』です」
「……」
メルセデスに冗談を言っている様子はない。シヒスムンドはようやく理解してしまった。これが、王国での常識なのだ。
あの謁見の間での違和感にも合点がいった。王太子は迫害の対象である魔女に責任を擦り付けた。そして国王をはじめとした王国側の全員が、即座にメルセデスを悪と認識した。道理など関係ない、純然たる敵だからだ。
面通しの時にも、メルセデスは自らが魔女であるから憎まれるのなら理解できると言った。自分が、人間とは天敵に当たる生き物だと思っていたためだ。
メルセデスにとって、魔女とは人間と異なる生き物で、蔑視だとか、そういった同じ人間としての土台の上での話は、まったく関係がないのだ。
こんなことから説明してやらなくてはならないのか。シヒスムンドのうんざりした深いため息が、腹の底からあふれ出る。
「よく聞け。お前が魔女と思っている生き物も、人間と同じ生き物だ」
「そんなはずはありません。姿形は人の女性と似ていますが、違う生き物です」
メルセデスはきっぱりと言い切った。心からそう思っているという声音だ。
だが淡々と否定を続ける。
「帝国では、魔力のない両親から、魔力を持つ子供が生まれる事例も観測されている。逆も多くある。魔力を持つ者自体そこまで多くはないが、十分に検証できる件数だ。男女の偏りもない」
はた、とメルセデスの動きが止まった。瞬きも忘れてシヒスムンドを見つめている。
「そんな……、そんなこと……。王国では、魔女の子供は、魔女だけです」
血の気を失い、どうにか言葉を絞り出す彼女の握り合わせた両手が震えている。
だが、シヒスムンドは構わない。
「お前は他の魔女に何人会ったことがある。どれぐらいの期間だ」
「……母一人です。十二歳まで」
「なら俺の仮説にすぎないが、お前以外の魔女は、生まれる子が必ずしも、魔力を持つ女ではないと知っていたのではないか。魔女の子は魔女だというのは通説のはず。ならば、魔力を持たない女児や、そもそも魔女と疑われない男児を産んだ魔女たちは、子供を捨てていたのだろう」
どれほど過酷な迫害を受けるか理解していたから、魔女と呼ばれずに済む子供たちを、より生存の可能性が高くなるよう、親心で手放してやっていた。それが、魔女の子は魔女、という事実の裏にある、真実だろう。
ダビドによれば、マリエルヴィは山間の厳しい土地で豊かとはいえない国のためか、孤児院等立場の弱い者の置かれる環境は劣悪だそうだ。それでも、魔女として生きるよりは、よほど子供のためになる。母親たちは、そう信じて子供を捨ててきたのだ。
「ですが、それなら魔力を持つ男性が一人も見つからないことなど、ありえません」
「そのような生き物が存在しないと思われている環境で、名乗り出る馬鹿はおらん。もしいたとしても……、殺されて、なかったことにされただろうな」
シヒスムンドは、メルセデスと慎重に話すべきであった。価値観とは人の土台で、それを破壊するとき、信じ積み上げてきたものも崩れていくことを、認識しておかなくてはならなかった。
シヒスムンドが問答無用で説明を続けてしまったのは、メルセデスのその勘違いが、強い魔力を持つ者、すなわち魔女は人より優れた生き物だという驕りからくるものと思っていたからだ。
蒼白な顔で黙り込むメルセデスに、シヒスムンドの言葉は止まらない。
「魔女という生き物は存在しない。お前含め、ただの魔力を持つ人間だ。人間より優れているなど、驕りを捨てろ」
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