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魔女編
25:大陸統一の野望(2)
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「この後宮は象徴だ。お前も知っての通り、大陸には様々な人種、文化、歴史を持つ国が存在する」
シヒスムンドは真剣な目で説明を始める。
人種や習慣が異なる民族たちは、大陸の中で国を作り、国同士で争ってきた。一旦戦争が終わっても、勝った負けたの歴史や遺恨は残り、またいつか再燃する。大陸に覇者がいないがために、国々は長い不毛な争いを積み上げてきた。
三十数年前、まだ帝国が大陸の中でもそう目立たない規模の国であった頃、隣国へ侵略し勝利した。先帝は敗戦国となった隣国から様々なものを奪い荒らし尽くす。その中には、隣国の王家の姫も含まれ、彼女は後宮へ連れ去られた。
当時先帝の後宮は、当代と異なり帝国出身貴族の女性しか存在しなかった。その中で異国の、それも敗戦国出身である彼女は、相当な差別に苦しめられる。今の帝国は、敗戦国を併合した後等しく帝国民として扱うが、敗戦国の人間は全て奴隷という考えが、かつての帝国をはじめとした大陸の一般的な認識だったのだ。
だが彼女は、類い稀な美貌で先帝の寵愛を受け、先帝の最初で最後の子供、それも男児を産むこととなる。
「先帝の側妃であったテレーザ妃……、陛下の御母堂の話だ」
男児は皇太子として認められ、彼女は次期皇帝の母となった。
その事実が後宮にもたらしたのは、他の側妃や愛妾たちの怒りであった。見下しきっていた女が寵愛を得て国母となるなど、身の程知らずで許しがたいことだと、後宮の女たちは怒り狂う。
嫉妬と狂気はやがて凶刃となり、テレーザ妃は誰にも守られず暗殺されてしまった。
「もし彼女が、例え身分が低くとも、帝国出身であればそうはならなかっただろう。他に市井から召し上げられた側妃もいたのだから。少なくとも、近衛兵が手を抜くなど……」
初めてシヒスムンドの瞳が揺れた。万人を見据え、威嚇するような強い目が、皇帝の母を悼んで伏せられる。
「陛下はその時決意された。この大陸を真に一つにすると。俺も妃殿下には目をかけていただいた恩がある。これは俺たち二人の決意だ」
ただただ敗戦国への蔑視をやめるよう諭しても意味はない。これまで積み上げてきた恨みの歴史がどの国にもあるのだから。
そのため皇帝は、国という単位をなくし、歴史を破壊し、全ての民族を混ぜてしまうことにしたのだ。
「そのように単純なことでしょうか」
思わずメルセデスがこぼすが、シヒスムンドは気分を害した様子もない。
「上手くいく保証などない。だが和平や啓蒙が失敗した実績はあれど、大陸統一の実績はまだない。統一せねば、全ての帝国民の心が等しくなるか、試すこともできん」
皇帝の野望は、大陸統一ではなく、そのあとに築く平和にある。彼が帝位を継いで十年ほど、急速に領土の拡大を進めているのは、大陸統一が終着点ではなく、その先の改革にも十分な時間を確保するためである。
メルセデスは後宮の役割に気づき始めていた。
シヒスムンドは真剣な目で説明を始める。
人種や習慣が異なる民族たちは、大陸の中で国を作り、国同士で争ってきた。一旦戦争が終わっても、勝った負けたの歴史や遺恨は残り、またいつか再燃する。大陸に覇者がいないがために、国々は長い不毛な争いを積み上げてきた。
三十数年前、まだ帝国が大陸の中でもそう目立たない規模の国であった頃、隣国へ侵略し勝利した。先帝は敗戦国となった隣国から様々なものを奪い荒らし尽くす。その中には、隣国の王家の姫も含まれ、彼女は後宮へ連れ去られた。
当時先帝の後宮は、当代と異なり帝国出身貴族の女性しか存在しなかった。その中で異国の、それも敗戦国出身である彼女は、相当な差別に苦しめられる。今の帝国は、敗戦国を併合した後等しく帝国民として扱うが、敗戦国の人間は全て奴隷という考えが、かつての帝国をはじめとした大陸の一般的な認識だったのだ。
だが彼女は、類い稀な美貌で先帝の寵愛を受け、先帝の最初で最後の子供、それも男児を産むこととなる。
「先帝の側妃であったテレーザ妃……、陛下の御母堂の話だ」
男児は皇太子として認められ、彼女は次期皇帝の母となった。
その事実が後宮にもたらしたのは、他の側妃や愛妾たちの怒りであった。見下しきっていた女が寵愛を得て国母となるなど、身の程知らずで許しがたいことだと、後宮の女たちは怒り狂う。
嫉妬と狂気はやがて凶刃となり、テレーザ妃は誰にも守られず暗殺されてしまった。
「もし彼女が、例え身分が低くとも、帝国出身であればそうはならなかっただろう。他に市井から召し上げられた側妃もいたのだから。少なくとも、近衛兵が手を抜くなど……」
初めてシヒスムンドの瞳が揺れた。万人を見据え、威嚇するような強い目が、皇帝の母を悼んで伏せられる。
「陛下はその時決意された。この大陸を真に一つにすると。俺も妃殿下には目をかけていただいた恩がある。これは俺たち二人の決意だ」
ただただ敗戦国への蔑視をやめるよう諭しても意味はない。これまで積み上げてきた恨みの歴史がどの国にもあるのだから。
そのため皇帝は、国という単位をなくし、歴史を破壊し、全ての民族を混ぜてしまうことにしたのだ。
「そのように単純なことでしょうか」
思わずメルセデスがこぼすが、シヒスムンドは気分を害した様子もない。
「上手くいく保証などない。だが和平や啓蒙が失敗した実績はあれど、大陸統一の実績はまだない。統一せねば、全ての帝国民の心が等しくなるか、試すこともできん」
皇帝の野望は、大陸統一ではなく、そのあとに築く平和にある。彼が帝位を継いで十年ほど、急速に領土の拡大を進めているのは、大陸統一が終着点ではなく、その先の改革にも十分な時間を確保するためである。
メルセデスは後宮の役割に気づき始めていた。
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