57 / 180
魔女編
25:大陸統一の野望(2)
しおりを挟む
「この後宮は象徴だ。お前も知っての通り、大陸には様々な人種、文化、歴史を持つ国が存在する」
シヒスムンドは真剣な目で説明を始める。
人種や習慣が異なる民族たちは、大陸の中で国を作り、国同士で争ってきた。一旦戦争が終わっても、勝った負けたの歴史や遺恨は残り、またいつか再燃する。大陸に覇者がいないがために、国々は長い不毛な争いを積み上げてきた。
三十数年前、まだ帝国が大陸の中でもそう目立たない規模の国であった頃、隣国へ侵略し勝利した。先帝は敗戦国となった隣国から様々なものを奪い荒らし尽くす。その中には、隣国の王家の姫も含まれ、彼女は後宮へ連れ去られた。
当時先帝の後宮は、当代と異なり帝国出身貴族の女性しか存在しなかった。その中で異国の、それも敗戦国出身である彼女は、相当な差別に苦しめられる。今の帝国は、敗戦国を併合した後等しく帝国民として扱うが、敗戦国の人間は全て奴隷という考えが、かつての帝国をはじめとした大陸の一般的な認識だったのだ。
だが彼女は、類い稀な美貌で先帝の寵愛を受け、先帝の最初で最後の子供、それも男児を産むこととなる。
「先帝の側妃であったテレーザ妃……、陛下の御母堂の話だ」
男児は皇太子として認められ、彼女は次期皇帝の母となった。
その事実が後宮にもたらしたのは、他の側妃や愛妾たちの怒りであった。見下しきっていた女が寵愛を得て国母となるなど、身の程知らずで許しがたいことだと、後宮の女たちは怒り狂う。
嫉妬と狂気はやがて凶刃となり、テレーザ妃は誰にも守られず暗殺されてしまった。
「もし彼女が、例え身分が低くとも、帝国出身であればそうはならなかっただろう。他に市井から召し上げられた側妃もいたのだから。少なくとも、近衛兵が手を抜くなど……」
初めてシヒスムンドの瞳が揺れた。万人を見据え、威嚇するような強い目が、皇帝の母を悼んで伏せられる。
「陛下はその時決意された。この大陸を真に一つにすると。俺も妃殿下には目をかけていただいた恩がある。これは俺たち二人の決意だ」
ただただ敗戦国への蔑視をやめるよう諭しても意味はない。これまで積み上げてきた恨みの歴史がどの国にもあるのだから。
そのため皇帝は、国という単位をなくし、歴史を破壊し、全ての民族を混ぜてしまうことにしたのだ。
「そのように単純なことでしょうか」
思わずメルセデスがこぼすが、シヒスムンドは気分を害した様子もない。
「上手くいく保証などない。だが和平や啓蒙が失敗した実績はあれど、大陸統一の実績はまだない。統一せねば、全ての帝国民の心が等しくなるか、試すこともできん」
皇帝の野望は、大陸統一ではなく、そのあとに築く平和にある。彼が帝位を継いで十年ほど、急速に領土の拡大を進めているのは、大陸統一が終着点ではなく、その先の改革にも十分な時間を確保するためである。
メルセデスは後宮の役割に気づき始めていた。
シヒスムンドは真剣な目で説明を始める。
人種や習慣が異なる民族たちは、大陸の中で国を作り、国同士で争ってきた。一旦戦争が終わっても、勝った負けたの歴史や遺恨は残り、またいつか再燃する。大陸に覇者がいないがために、国々は長い不毛な争いを積み上げてきた。
三十数年前、まだ帝国が大陸の中でもそう目立たない規模の国であった頃、隣国へ侵略し勝利した。先帝は敗戦国となった隣国から様々なものを奪い荒らし尽くす。その中には、隣国の王家の姫も含まれ、彼女は後宮へ連れ去られた。
当時先帝の後宮は、当代と異なり帝国出身貴族の女性しか存在しなかった。その中で異国の、それも敗戦国出身である彼女は、相当な差別に苦しめられる。今の帝国は、敗戦国を併合した後等しく帝国民として扱うが、敗戦国の人間は全て奴隷という考えが、かつての帝国をはじめとした大陸の一般的な認識だったのだ。
だが彼女は、類い稀な美貌で先帝の寵愛を受け、先帝の最初で最後の子供、それも男児を産むこととなる。
「先帝の側妃であったテレーザ妃……、陛下の御母堂の話だ」
男児は皇太子として認められ、彼女は次期皇帝の母となった。
その事実が後宮にもたらしたのは、他の側妃や愛妾たちの怒りであった。見下しきっていた女が寵愛を得て国母となるなど、身の程知らずで許しがたいことだと、後宮の女たちは怒り狂う。
嫉妬と狂気はやがて凶刃となり、テレーザ妃は誰にも守られず暗殺されてしまった。
「もし彼女が、例え身分が低くとも、帝国出身であればそうはならなかっただろう。他に市井から召し上げられた側妃もいたのだから。少なくとも、近衛兵が手を抜くなど……」
初めてシヒスムンドの瞳が揺れた。万人を見据え、威嚇するような強い目が、皇帝の母を悼んで伏せられる。
「陛下はその時決意された。この大陸を真に一つにすると。俺も妃殿下には目をかけていただいた恩がある。これは俺たち二人の決意だ」
ただただ敗戦国への蔑視をやめるよう諭しても意味はない。これまで積み上げてきた恨みの歴史がどの国にもあるのだから。
そのため皇帝は、国という単位をなくし、歴史を破壊し、全ての民族を混ぜてしまうことにしたのだ。
「そのように単純なことでしょうか」
思わずメルセデスがこぼすが、シヒスムンドは気分を害した様子もない。
「上手くいく保証などない。だが和平や啓蒙が失敗した実績はあれど、大陸統一の実績はまだない。統一せねば、全ての帝国民の心が等しくなるか、試すこともできん」
皇帝の野望は、大陸統一ではなく、そのあとに築く平和にある。彼が帝位を継いで十年ほど、急速に領土の拡大を進めているのは、大陸統一が終着点ではなく、その先の改革にも十分な時間を確保するためである。
メルセデスは後宮の役割に気づき始めていた。
1
お気に入りに追加
150
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
黒の神官と夜のお世話役
苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました
王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?
いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、
たまたま付き人と、
「婚約者のことが好きなわけじゃないー
王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」
と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。
私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、
「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」
なんで執着するんてすか??
策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー
基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

燻らせた想いは口付けで蕩かして~睦言は蜜毒のように甘く~
二階堂まや
恋愛
北西の国オルデランタの王妃アリーズは、国王ローデンヴェイクに愛されたいがために、本心を隠して日々を過ごしていた。 しかしある晩、情事の最中「猫かぶりはいい加減にしろ」と彼に言われてしまう。
夫に嫌われたくないが、自分に自信が持てないため涙するアリーズ。だがローデンヴェイクもまた、言いたいことを上手く伝えられないもどかしさを密かに抱えていた。
気持ちを伝え合った二人は、本音しか口にしない、隠し立てをしないという約束を交わし、身体を重ねるが……?
「こんな本性どこに隠してたんだか」
「構って欲しい人だったなんて、思いませんでしたわ」
さてさて、互いの本性を知った夫婦の行く末やいかに。
+ムーンライトノベルズにも掲載しております。
贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる
マチバリ
恋愛
貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。
数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。
書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。

密室に二人閉じ込められたら?
水瀬かずか
恋愛
気がつけば会社の倉庫に閉じ込められていました。明日会社に人 が来るまで凍える倉庫で一晩過ごすしかない。一緒にいるのは営業 のエースといわれている強面の先輩。怯える私に「こっちへ来い」 と先輩が声をかけてきて……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる