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魔女編
20:説得(2)
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ダビドはなぜかシヒスムンドを揶揄するように、にやりと笑った。
「彼女は引き受ける危険も理解したから渋ったんだ。どうせ説明しなかったんだろう?」
「説明して余計な躊躇をされても困る。与える情報を統制しただけだ」
「自分の方が賢いと見下すものではない。彼女も彼女なりによく考えている」
メルセデスには説明しなかったが、引き受けなければ降嫁して間接的に殺すと脅した一方で、引き受けても命の危険がある。
メルセデスが調査を引き受け、その動きを暗殺者に察知された場合、それを邪魔に思われて侍女と同じく殺される可能性は十分にある。意図は不明だが、すでに暗殺者は侍女を殺している。一人も二人も変わらないと考えるかもしれない。
「後宮の中に俺たちの目は届きづらい。犯人ではないと確信できている、俺たちの目になってくれる存在が必要だ。もっとそのあたりを説明して、誠意をもって頼むべきじゃないか? それで無理なら別の方法を考えよう」
シヒスムンドにとって、ダビドはいくつもの言葉で表現される存在だ。幼馴染、親友、被害者、共犯者、そして天秤。野望のために強引な手段を取りがちなシヒスムンドに、ダビドは時折善悪をはかる天秤となる。
だが、この件においては、ダビドの勧めは綺麗ごとだ。
必ず引き受けさせる。そして犯人を突き止めさせる。そうでなくては、ダビドを暗殺者の潜む後宮へ足を踏み入れさせることになる。後宮を平和に見せることは、二人の野望のためにもかかわらず、ダビドだけに危険を冒させてしまう。
「それは正しいことかもしれん。だが交渉で下手に出て、断る余地を与えるのは承服しかねる。俺はあの魔女に礼儀を尽くすよりも、お前の安全を優先する義務がある」
「お前、あの部屋に割り当てられ、火事の夜に外にいた愛妾がメルセデスでなかったら、彼女に調査をさせようなどと言い出さなかっただろう」
「……そうだ」
二人が知っている秘密の通路の順路の中で、後宮へ続くのはメルセデスの居室に繋がる道だけだ。偶然その居室を割り当てられたのがメルセデスで、侍女が殺された夜に後宮の外にいたのもメルセデスだ。
もし、他の愛妾がこの偶然に当てはまっていたとしても、シヒスムンドは調査を頼まなかった。命の危険がある仕事を、帝国貴族の娘や、敗戦国から招聘した愛妾たちにはさせられない。
王国で先遣隊を殺し、火事のきっかけを作った女だから、死んでも構わないという思いがあった。
「シグ……。この件に関しては、彼女を罪人として扱うのはやめよう。お前はまだ彼女を裁くための情報を得ていない。その段階でメルセデスに罰として任務を強要してはならない。十分な説明を尽くし、誠意をもって頼む。いいな?」
シヒスムンドはまったく納得できないが、この諭すような話し方になったダビドはてこでも動かない。だが二人の野望は、シヒスムンドの独断で成功するものではない。ダビドの意向を汲むのも理想にたどり着く道に繋がるはずだ。
「わかった。引き受けるかどうかについてだけだぞ」
降参というように両手を挙げて見せれば、ダビドは安心したように笑う。結局この男に従ってしまうのは、ダビドが他人を気遣うようで、その実それがすべてシヒスムンドのためになると思っているからだ。メルセデスを公平に裁くことも、それがシヒスムンドにとって良いことだと信じている。
「まぁ、いざとなれば、後宮へ渡るのに、数名だけでも護衛を増やすさ」
「それで事足りればいいんだがな……」
「彼女は引き受ける危険も理解したから渋ったんだ。どうせ説明しなかったんだろう?」
「説明して余計な躊躇をされても困る。与える情報を統制しただけだ」
「自分の方が賢いと見下すものではない。彼女も彼女なりによく考えている」
メルセデスには説明しなかったが、引き受けなければ降嫁して間接的に殺すと脅した一方で、引き受けても命の危険がある。
メルセデスが調査を引き受け、その動きを暗殺者に察知された場合、それを邪魔に思われて侍女と同じく殺される可能性は十分にある。意図は不明だが、すでに暗殺者は侍女を殺している。一人も二人も変わらないと考えるかもしれない。
「後宮の中に俺たちの目は届きづらい。犯人ではないと確信できている、俺たちの目になってくれる存在が必要だ。もっとそのあたりを説明して、誠意をもって頼むべきじゃないか? それで無理なら別の方法を考えよう」
シヒスムンドにとって、ダビドはいくつもの言葉で表現される存在だ。幼馴染、親友、被害者、共犯者、そして天秤。野望のために強引な手段を取りがちなシヒスムンドに、ダビドは時折善悪をはかる天秤となる。
だが、この件においては、ダビドの勧めは綺麗ごとだ。
必ず引き受けさせる。そして犯人を突き止めさせる。そうでなくては、ダビドを暗殺者の潜む後宮へ足を踏み入れさせることになる。後宮を平和に見せることは、二人の野望のためにもかかわらず、ダビドだけに危険を冒させてしまう。
「それは正しいことかもしれん。だが交渉で下手に出て、断る余地を与えるのは承服しかねる。俺はあの魔女に礼儀を尽くすよりも、お前の安全を優先する義務がある」
「お前、あの部屋に割り当てられ、火事の夜に外にいた愛妾がメルセデスでなかったら、彼女に調査をさせようなどと言い出さなかっただろう」
「……そうだ」
二人が知っている秘密の通路の順路の中で、後宮へ続くのはメルセデスの居室に繋がる道だけだ。偶然その居室を割り当てられたのがメルセデスで、侍女が殺された夜に後宮の外にいたのもメルセデスだ。
もし、他の愛妾がこの偶然に当てはまっていたとしても、シヒスムンドは調査を頼まなかった。命の危険がある仕事を、帝国貴族の娘や、敗戦国から招聘した愛妾たちにはさせられない。
王国で先遣隊を殺し、火事のきっかけを作った女だから、死んでも構わないという思いがあった。
「シグ……。この件に関しては、彼女を罪人として扱うのはやめよう。お前はまだ彼女を裁くための情報を得ていない。その段階でメルセデスに罰として任務を強要してはならない。十分な説明を尽くし、誠意をもって頼む。いいな?」
シヒスムンドはまったく納得できないが、この諭すような話し方になったダビドはてこでも動かない。だが二人の野望は、シヒスムンドの独断で成功するものではない。ダビドの意向を汲むのも理想にたどり着く道に繋がるはずだ。
「わかった。引き受けるかどうかについてだけだぞ」
降参というように両手を挙げて見せれば、ダビドは安心したように笑う。結局この男に従ってしまうのは、ダビドが他人を気遣うようで、その実それがすべてシヒスムンドのためになると思っているからだ。メルセデスを公平に裁くことも、それがシヒスムンドにとって良いことだと信じている。
「まぁ、いざとなれば、後宮へ渡るのに、数名だけでも護衛を増やすさ」
「それで事足りればいいんだがな……」
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