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魔女編

19:殺人事件(2)

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「無論この事件を放置するつもりはない。陛下も俺も、下手人を暴いて捕える予定だ。皇帝の庭でしでかしたことの罪を償わせる。だが男では密かな調査ができん。そこでお前の出番だ」

 つまり、メルセデスにこの殺人事件の犯人を突き止めろ、と言いたいようだ。

「それが特命ですか。……どうして私なのですか。私は頭がいいわけではありません」

 シヒスムンドは蔑んだ視線をメルセデスにくれる。

「お前を進んで選んだわけではない。他におらんだけだ」

 彼の想像通り後宮内部の人間の犯行ならば、何の情報もない現在では、既存の侍女や女官、愛妾たちは全て容疑者である。もし息のかかった女を、侍女や女官として今から連れてきても、潜む犯人は新入りを警戒するはずだ。

「火事のあった夜、後宮の女でありながら不在にしていたのは、城の医務室にいたお前だけだ」

 メルセデスは、火事の翌朝まで城の医務室にいた。意図せず、この事件の容疑者から外れていたのだ。
 従って、確実に犯人ではないと分かっており、かつ後宮に事件前から所属していたのは、メルセデスだけである。そのためメルセデスしか候補がいないということだ。

「当然だが、調査も、侍女が殺されていることも、他人に知られるな。誰が犯人かわからんのだからな」

 シヒスムンドが秘密の通路を使ってメルセデスを訪ねてきたのは、死体が発見された今、手紙や城への召喚など普通の方法で接触を図れば、後宮の誰かもわからない犯人に、そのことが伝わるおそれがあるからだ。将軍の命を受けたと見抜くかもしれない。そうなれば調査も上手くいかなくなる。

「もう逃げた可能性はありませんか」
「言っただろう。魔術によって城が守られていると。城壁を無理に越えると結界の見張りにわかる。通常の出入り口には兵士の厳しい監視がある。さらに後宮以外で隠れられる場所は虱潰しに捜索済みだ。もう、後宮しか犯人の潜める場所は残っていない」

 後宮の外の捜査後は、後宮の出入りを通常以上に厳しくすることに決まったそうだ。侍女や女官の新規採用や異動をやめ、解雇や一時帰宅も何かと理由をつけてさせない予定らしい。
 以前は愛妾たちを後宮から出して、城の夜会へ参加させる等していた。それも、皇帝の皇太子時代の恩師である学者が丁度十日ほど前に死亡したことにかこつけ、喪に服すと称してしばらく中止し、後宮の女性たちと外部のかかわりを制限するという。
 これで、誰が犯人であっても後宮から逃がすことはない。

「先ほど言ったように、陛下はこの後宮で自らの目的を達成するため、外部の目に注意を払っている。だから、ここで何が起きようと、それを警戒していると振る舞うことができない。つまり、後宮に下手人がいると分かっていても、新しい愛妾の顔を一度は見に来る慣習を止めるわけにはいかない。そして我らが帝国は、引き続き国土の拡大を予定している。何が言いたいかわかるか?」
「閣下は、犯人が皇帝陛下を暗殺するために送り込まれた暗殺者とお考えで、次に国を落として新しい愛妾を受け入れるまでに解決しなければ、陛下の御身が危険ということでしょうか」

 シヒスムンドは満足げに口元を歪めて笑った。

「侍女一人を殺すために、手練れの暗殺者をわざわざ警備の厳しい後宮へ送り込む必要などない。何か理由があって侍女を殺したが、本来の狙いは陛下で間違いないだろう」
「では、陛下は本日の午前に、運よく生きながらえたということですね」

 午前にメルセデスとシヒスムンドの二人で面通しをしている間、皇帝は後宮での催しに出席していた。護衛を連れていたとはいえ、暗殺者がどこかに潜んでいる後宮へ、足を踏み入れてしまった。
 冷たい笑みを消したシヒスムンドは、悩ましげに眉間にしわを寄せる。

「その通りだ」

 彼はそれを失態だと思っている様子だ。
 メルセデスにはあまりわからないが、城の警備が帝国軍の管轄だとすれば、彼はその長だ。もし今日皇帝が暗殺されていたら、シヒスムンドの首は飛んだかもしれないし、後継者のいないこの国はどうなっていたことか。

「では連絡の手段についてだが――」
「まだお引き受けすると決めたわけではありませんが」

 予想通り、シヒスムンドは途端に不機嫌そうな顔で、メルセデスを睨みつける。
 メルセデスも、いたずらに彼を怒らせて、自らの死へ近づこうとしているわけではない。しかし、ここで引き受けることも命の危険があるので、すぐに決めかねるのだ。
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