38 / 180
魔女編
18:秘密の通路(2)
しおりを挟む
「自分はベッドで、俺を立たせたまま話をさせるのか? カーテンを閉めろ。明かりをつける」
それはつまり、話が長くなるということ。
メルセデスはしぶしぶベッドから下り、部屋の明かりが外へ漏れないようカーテンを閉めて回った。その間にシヒスムンドは持ち込んだランプに火をつける。おそらく秘密の通路の中で使っていて、この部屋への扉を開ける直前に消しておいたのだろう。
ランプの明かりに照らされて、メルセデスはシヒスムンドの黒い外套がところどころ埃や汚れで白くなっていることに気づいた。これでは埃が落ちたり、汚れが部屋にあるものへ付いたりする可能性がある。
「外套は通路の傍へ置いた方が良いかもしれません」
シヒスムンドは自分の存在を隠したがっている。だから痕跡も残さない方がいい。
「一理あるな」
メルセデスが手を差し出せば、シヒスムンドは納得したようで外套を脱いで渡してきた。
受け取った外套を、外側が中に来るように簡単に畳み、秘密の通路の扉を押さえる椅子に置いてくる。
戻ればシヒスムンドは、長い足を組み、ソファに我が物顔で座っていた。
「お前も座れ」
ここはメルセデスの居室のはずだが、まるで自分が後宮の主とでも言いたげな尊大さだ。皇帝に次ぐ権力者ともなるとこんなものなのか。メルセデスからすれば、顔合わせで短時間かつ一度しか会ったことのない皇帝のほうが、まだ節度があったように思える。
大人しくテーブルを挟んで正面のソファに座ると、シヒスムンドはおもむろに口を開いた。
「俺は陛下のご指示でここへ来た。陛下は、お前に特命をお与えになる」
皇帝のみ知る秘密の通路を彼が使えたのは、皇帝本人から教わったようだ。
「陛下は、お前がこの役目を果たせば、報酬として新天地へ送り出すと仰せだ」
「新天地?」
「後宮から解放し、手枷も外し、誰もお前が誰かを知らん遠く離れた地で、一般市民として生活させてやるということだ」
それだけ聞けば、確かに報酬と呼ぶに値する待遇だ。誰も知らない土地へ解放してもらえるのなら、魔女と知られる前のように戻って、また息を潜めて暮らしていける。
「そんなことが可能なのですか」
「無論公に解放すれば反対が起きる。お前は法的に罪はないが、多くの国民が咎人だと思っているからな。病死したことにするだけだ」
事もなげに告げるシヒスムンドに、メルセデスは身震いしないよう体を押さえた。病死したことにしてメルセデスをここから秘密裏に解放できるということは、殺害したうえで病死したことにも容易にできるのだろう。やはり、メルセデスの命はこの男の手の上にある。
「それで、皇帝陛下の特命とはいったいなんなのでしょうか」
するとシヒスムンドは、元から厳めしい相貌を一層険しくした。
「この後宮は、魔術により守られた王城の城壁の内側にあり、さらに塀で囲って出入りは厳しく管理されている。女官も侍女も身元の確かな人間だけだ。俺はこの後宮が、皇帝の居室に次いで、安全な場所だと思っていた」
食事にネズミの死骸を混ぜられる状況は、安全の範疇だろうかとメルセデスは考えたが、口は挟まない。
「だが、三日前、侍女が一名殺害された」
それはつまり、話が長くなるということ。
メルセデスはしぶしぶベッドから下り、部屋の明かりが外へ漏れないようカーテンを閉めて回った。その間にシヒスムンドは持ち込んだランプに火をつける。おそらく秘密の通路の中で使っていて、この部屋への扉を開ける直前に消しておいたのだろう。
ランプの明かりに照らされて、メルセデスはシヒスムンドの黒い外套がところどころ埃や汚れで白くなっていることに気づいた。これでは埃が落ちたり、汚れが部屋にあるものへ付いたりする可能性がある。
「外套は通路の傍へ置いた方が良いかもしれません」
シヒスムンドは自分の存在を隠したがっている。だから痕跡も残さない方がいい。
「一理あるな」
メルセデスが手を差し出せば、シヒスムンドは納得したようで外套を脱いで渡してきた。
受け取った外套を、外側が中に来るように簡単に畳み、秘密の通路の扉を押さえる椅子に置いてくる。
戻ればシヒスムンドは、長い足を組み、ソファに我が物顔で座っていた。
「お前も座れ」
ここはメルセデスの居室のはずだが、まるで自分が後宮の主とでも言いたげな尊大さだ。皇帝に次ぐ権力者ともなるとこんなものなのか。メルセデスからすれば、顔合わせで短時間かつ一度しか会ったことのない皇帝のほうが、まだ節度があったように思える。
大人しくテーブルを挟んで正面のソファに座ると、シヒスムンドはおもむろに口を開いた。
「俺は陛下のご指示でここへ来た。陛下は、お前に特命をお与えになる」
皇帝のみ知る秘密の通路を彼が使えたのは、皇帝本人から教わったようだ。
「陛下は、お前がこの役目を果たせば、報酬として新天地へ送り出すと仰せだ」
「新天地?」
「後宮から解放し、手枷も外し、誰もお前が誰かを知らん遠く離れた地で、一般市民として生活させてやるということだ」
それだけ聞けば、確かに報酬と呼ぶに値する待遇だ。誰も知らない土地へ解放してもらえるのなら、魔女と知られる前のように戻って、また息を潜めて暮らしていける。
「そんなことが可能なのですか」
「無論公に解放すれば反対が起きる。お前は法的に罪はないが、多くの国民が咎人だと思っているからな。病死したことにするだけだ」
事もなげに告げるシヒスムンドに、メルセデスは身震いしないよう体を押さえた。病死したことにしてメルセデスをここから秘密裏に解放できるということは、殺害したうえで病死したことにも容易にできるのだろう。やはり、メルセデスの命はこの男の手の上にある。
「それで、皇帝陛下の特命とはいったいなんなのでしょうか」
するとシヒスムンドは、元から厳めしい相貌を一層険しくした。
「この後宮は、魔術により守られた王城の城壁の内側にあり、さらに塀で囲って出入りは厳しく管理されている。女官も侍女も身元の確かな人間だけだ。俺はこの後宮が、皇帝の居室に次いで、安全な場所だと思っていた」
食事にネズミの死骸を混ぜられる状況は、安全の範疇だろうかとメルセデスは考えたが、口は挟まない。
「だが、三日前、侍女が一名殺害された」
1
お気に入りに追加
151
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
捨てた騎士と拾った魔術師
吉野屋
恋愛
貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。

【完結】呪いを解いて欲しいとお願いしただけなのに、なぜか超絶美形の魔術師に溺愛されました!
藤原ライラ
恋愛
ルイーゼ=アーベントロートはとある国の末の王女。複雑な呪いにかかっており、訳あって離宮で暮らしている。
ある日、彼女は不思議な夢を見る。それは、とても美しい男が女を抱いている夢だった。その夜、夢で見た通りの男はルイーゼの目の前に現れ、自分は魔術師のハーディだと名乗る。咄嗟に呪いを解いてと頼むルイーゼだったが、魔術師はタダでは願いを叶えてはくれない。当然のようにハーディは対価を要求してくるのだった。
解呪の過程でハーディに恋心を抱くルイーゼだったが、呪いが解けてしまえばもう彼に会うことはできないかもしれないと思い悩み……。
「君は、おれに、一体何をくれる?」
呪いを解く代わりにハーディが求める対価とは?
強情な王女とちょっと性悪な魔術師のお話。
※ほぼ同じ内容で別タイトルのものをムーンライトノベルズにも掲載しています※
身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】
妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~
吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。
結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。
何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる