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魔女編
17:暴君(3)
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「はい。それが、後宮のシュザンヌ様付きの侍女の一人が、三日前から行方知れずになっているのです」
シヒスムンドとダビドは顔を見合わせた。一大事、というよりは、またか、と言いたげだ。
後宮は出入りが厳しい。愛妾ほどではないが、後宮勤めの侍女たちにもその制限はかけられており、城を出られるのは年に数えるほどだ。後宮以外の城勤めの侍女たちでも帰省できるのはわずかだが、休日には城下までは足を伸ばせる彼女らに比べれば、後宮勤めは窮屈なことこの上ない。
加えて、幾人か他人で憂さ晴らしをする愛妾がいるからか、時折後宮から逃げ出す侍女がいるのだ。ある者は極めてまれな外出時にそのまま実家へ逃げ帰り、ある者は詐病で城の医務室へ運ばれる隙に逃げようとした。
基本的に侍女たちは身元の確かな者たちであるので、冷静なら多少職務経歴に傷がつこうと普通の手順で辞職する。そうしなくては紹介状を書いてもらえないので次の就職に差し障る。ところが、普通でない精神状態にまで追い込まれていると、なんでもいいから今すぐここから出たいと思うようで、まさに逃げ出すと表現できる方法で出て行こうとする例があるのだ。
「三日前というと火事のあった日か」
「左様でございます。祝勝会で主に付き従い先に後宮へ戻ったらしく、火事の騒動には巻き込まれなかったようですが、それ以降後宮を出た記録がございません。まだ中にいるのは間違いないかと存じます」
「結界はどうだ?」
「現在まで反応はございません」
王城には結界と呼ばれる魔道具による術が施されている。城をぐるりと囲む城壁の、門扉等の出入り口以外から無理に出入りすると検知される。たとえば城門を避けて壁越えなどしても、見つかってしまう。
そして正規の出入り口には当然衛兵が置かれており、何人たりとも、誰にも知られず城内へ侵入することはできないのだ。だから城門の衛兵が通しておらず、結界にも反応がないなら、少なくとも侍女は、城壁の中にいる。
また、後宮は城の敷地内にあり、独自に高くそびえる塀を持っている。それは城壁ではないので結界の効力は及ばないが、後宮自体の出入りの監視も厳しいのと、相当な訓練を積んだ兵士でもないと塀を越えられる見込みはないことから、侍女は後宮にいる可能性が高い。
「騒ぎにならないよう、限られたもので捜索しておりましたが、これ以上日が経つと本人も衰弱して出て来られなくなるやもしれません」
「陛下。男性兵士も加えての捜索をご提案いたします」
シヒスムンドは、大方、逃げ出したいが後宮の外へ逃げる方法を見つけられなかったから、どこかへ隠れているのだろうと考えた。しかし放置はまずい。飢え死にされても困る。そのため捜索に浮動人員の兵士を利用し、かつ女性兵士はごく少数のため、男性も投入し数を揃えて一気に決着させること進言した。
「許可する。そなたは先に後宮へ触れをだせ。愛妾たちは捜索の邪魔になる。居室へ戻るようにと」
「かしこまりました」
「将軍は使える人手を組織せよ」
「御意」
後宮は、通常は護衛等の皇帝の同伴でなければ、男子禁制だ。しかし緊急事態にはダビドの命令で特別に男性を入れることも可能となる。
シヒスムンドと文官は、それぞれのすべきことのために執務室を後にする。
この時は誰もが、探せば侍女はすんなり出てくるものと思っていた。
だが同日の夜、シヒスムンドとダビドが捜索に当たった兵士から受けたのは、最悪の報告であった。
「見つかりました。……茂みの中に、隠されていました」
隠れていたのではなく、隠されていた、と。
シヒスムンドとダビドは顔を見合わせた。一大事、というよりは、またか、と言いたげだ。
後宮は出入りが厳しい。愛妾ほどではないが、後宮勤めの侍女たちにもその制限はかけられており、城を出られるのは年に数えるほどだ。後宮以外の城勤めの侍女たちでも帰省できるのはわずかだが、休日には城下までは足を伸ばせる彼女らに比べれば、後宮勤めは窮屈なことこの上ない。
加えて、幾人か他人で憂さ晴らしをする愛妾がいるからか、時折後宮から逃げ出す侍女がいるのだ。ある者は極めてまれな外出時にそのまま実家へ逃げ帰り、ある者は詐病で城の医務室へ運ばれる隙に逃げようとした。
基本的に侍女たちは身元の確かな者たちであるので、冷静なら多少職務経歴に傷がつこうと普通の手順で辞職する。そうしなくては紹介状を書いてもらえないので次の就職に差し障る。ところが、普通でない精神状態にまで追い込まれていると、なんでもいいから今すぐここから出たいと思うようで、まさに逃げ出すと表現できる方法で出て行こうとする例があるのだ。
「三日前というと火事のあった日か」
「左様でございます。祝勝会で主に付き従い先に後宮へ戻ったらしく、火事の騒動には巻き込まれなかったようですが、それ以降後宮を出た記録がございません。まだ中にいるのは間違いないかと存じます」
「結界はどうだ?」
「現在まで反応はございません」
王城には結界と呼ばれる魔道具による術が施されている。城をぐるりと囲む城壁の、門扉等の出入り口以外から無理に出入りすると検知される。たとえば城門を避けて壁越えなどしても、見つかってしまう。
そして正規の出入り口には当然衛兵が置かれており、何人たりとも、誰にも知られず城内へ侵入することはできないのだ。だから城門の衛兵が通しておらず、結界にも反応がないなら、少なくとも侍女は、城壁の中にいる。
また、後宮は城の敷地内にあり、独自に高くそびえる塀を持っている。それは城壁ではないので結界の効力は及ばないが、後宮自体の出入りの監視も厳しいのと、相当な訓練を積んだ兵士でもないと塀を越えられる見込みはないことから、侍女は後宮にいる可能性が高い。
「騒ぎにならないよう、限られたもので捜索しておりましたが、これ以上日が経つと本人も衰弱して出て来られなくなるやもしれません」
「陛下。男性兵士も加えての捜索をご提案いたします」
シヒスムンドは、大方、逃げ出したいが後宮の外へ逃げる方法を見つけられなかったから、どこかへ隠れているのだろうと考えた。しかし放置はまずい。飢え死にされても困る。そのため捜索に浮動人員の兵士を利用し、かつ女性兵士はごく少数のため、男性も投入し数を揃えて一気に決着させること進言した。
「許可する。そなたは先に後宮へ触れをだせ。愛妾たちは捜索の邪魔になる。居室へ戻るようにと」
「かしこまりました」
「将軍は使える人手を組織せよ」
「御意」
後宮は、通常は護衛等の皇帝の同伴でなければ、男子禁制だ。しかし緊急事態にはダビドの命令で特別に男性を入れることも可能となる。
シヒスムンドと文官は、それぞれのすべきことのために執務室を後にする。
この時は誰もが、探せば侍女はすんなり出てくるものと思っていた。
だが同日の夜、シヒスムンドとダビドが捜索に当たった兵士から受けたのは、最悪の報告であった。
「見つかりました。……茂みの中に、隠されていました」
隠れていたのではなく、隠されていた、と。
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