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魔女編
16:面通し(3)
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「そういえば……」
次の兵士たちが出てくるまでのつなぎとしての世間話のように、メルセデスは切り出した。
「彼らから憎まれているのは同朋を殺したからだとは知っているのですが、それでなぜ憎まれるのかが、理解できないのです」
「は……?」
「私が魔女だからというなら理解できるのですが、それより先遣隊を討ったことに過敏になっているようでした。戦場は命を取り合う場なのですから、お互いに殺される可能性があるのは当然のことです。特に兵士であればそれをよく理解しているはずなのに、仲間を殺されたと被害者意識を持っているようでした。なぜ当たり前のことを、あそこまで恨むのか……」
言い訳をしている様子もなく、メルセデスは心底不思議そうだ。
シヒスムンドは、放火の犯人たちに少し同情した。メルセデスから口論になり逆上して掴みかかられ、ランプを手枷にひっかけてしまい火事になったと説明を受けていた。だが口論の内容は聞いていなかった。火をそのままにしたことは許されないが、このような神経を逆なでするような反応だったのなら、火事の責任はメルセデスにも少しあるのではないか。
それにもかかわらず、メルセデスは火事に負い目がある様子は全くない。前途ある兵士たちに罪を犯させるきっかけを作っておきながら、まるで他人事だ。
シヒスムンドは、マリエルヴィの王太子の言っていたことが、少しわかった気がした。本心か、演技か、それは判別できないが、メルセデスは会話するうちに他人に罪を犯させる何かを持っているのだろう。
「ふ……、ククク」
(これは、確かに魔女だ)
思わず笑いをこぼすと、メルセデスは驚いた様子で振り返る。流石に笑い話でなかったことは認識しているらしい。
だが、自分の悪事もわからないと言い張るのであれば、よく理解させておかなくてはならない。
シヒスムンドは、窓から離れようとするメルセデスの手枷の鎖を掴み上げた。
「あっ!」
そのまま掴んだ鎖を自らの肩口へ引けば、メルセデスは両手を差し出した体勢になり、シヒスムンドの前から逃げられない。
「なぜ恨むかとは面白いことを言う。皆がお前に敵意を向けるのは、あの愚かな王太子と結託して、卑怯にも先遣隊を襲撃した危険な魔術師だと考えているからだ。王国への宣戦布告の際には、まず降伏を呼びかけるため、日付を決めて先遣隊を送ると宣言していた。そして先遣隊へ降伏の意思はないと伝えれば、彼らは本隊へ戻り、十日の猶予ののちに開戦するとも。これは判断のためと、弱者を戦場から遠ざけるための十分な時間を与えての猶予だ。それを知りながら王太子は、武装はしていても戦闘を行うつもりのなかった先遣隊への奇襲を許したのだ。お前がどれほど卑劣な行いに加担したか、理解できたか?」
「私の知ったことではありません……!」
否定的な反応が返ってくるとは思っていなかったのか、メルセデスはシヒスムンドの剣幕に驚き、怯えている。それでも強気に言い返すとは大したものだ。
「知ったことではないとは、随分と傲慢だな。お前にとって戦争の中にもある規律はどうでもよく、人命がどれほど失われようと興味はないのだろう」
関心があるのは自分の命と王太子と約束した報酬だけ。だからこそ、後々王国側にも被害の出る先遣隊への奇襲から始まる抗戦を提案できた。
「知っていれば、覚悟して、殺しました……」
知っていれば。
一瞬、その言葉に引っかかった。メルセデスが初めて見せた、苛立ちか何か、攻撃的な表情。
「それに、命がどうでもよいのは、そちらも同じでしょう!」
次の兵士たちが出てくるまでのつなぎとしての世間話のように、メルセデスは切り出した。
「彼らから憎まれているのは同朋を殺したからだとは知っているのですが、それでなぜ憎まれるのかが、理解できないのです」
「は……?」
「私が魔女だからというなら理解できるのですが、それより先遣隊を討ったことに過敏になっているようでした。戦場は命を取り合う場なのですから、お互いに殺される可能性があるのは当然のことです。特に兵士であればそれをよく理解しているはずなのに、仲間を殺されたと被害者意識を持っているようでした。なぜ当たり前のことを、あそこまで恨むのか……」
言い訳をしている様子もなく、メルセデスは心底不思議そうだ。
シヒスムンドは、放火の犯人たちに少し同情した。メルセデスから口論になり逆上して掴みかかられ、ランプを手枷にひっかけてしまい火事になったと説明を受けていた。だが口論の内容は聞いていなかった。火をそのままにしたことは許されないが、このような神経を逆なでするような反応だったのなら、火事の責任はメルセデスにも少しあるのではないか。
それにもかかわらず、メルセデスは火事に負い目がある様子は全くない。前途ある兵士たちに罪を犯させるきっかけを作っておきながら、まるで他人事だ。
シヒスムンドは、マリエルヴィの王太子の言っていたことが、少しわかった気がした。本心か、演技か、それは判別できないが、メルセデスは会話するうちに他人に罪を犯させる何かを持っているのだろう。
「ふ……、ククク」
(これは、確かに魔女だ)
思わず笑いをこぼすと、メルセデスは驚いた様子で振り返る。流石に笑い話でなかったことは認識しているらしい。
だが、自分の悪事もわからないと言い張るのであれば、よく理解させておかなくてはならない。
シヒスムンドは、窓から離れようとするメルセデスの手枷の鎖を掴み上げた。
「あっ!」
そのまま掴んだ鎖を自らの肩口へ引けば、メルセデスは両手を差し出した体勢になり、シヒスムンドの前から逃げられない。
「なぜ恨むかとは面白いことを言う。皆がお前に敵意を向けるのは、あの愚かな王太子と結託して、卑怯にも先遣隊を襲撃した危険な魔術師だと考えているからだ。王国への宣戦布告の際には、まず降伏を呼びかけるため、日付を決めて先遣隊を送ると宣言していた。そして先遣隊へ降伏の意思はないと伝えれば、彼らは本隊へ戻り、十日の猶予ののちに開戦するとも。これは判断のためと、弱者を戦場から遠ざけるための十分な時間を与えての猶予だ。それを知りながら王太子は、武装はしていても戦闘を行うつもりのなかった先遣隊への奇襲を許したのだ。お前がどれほど卑劣な行いに加担したか、理解できたか?」
「私の知ったことではありません……!」
否定的な反応が返ってくるとは思っていなかったのか、メルセデスはシヒスムンドの剣幕に驚き、怯えている。それでも強気に言い返すとは大したものだ。
「知ったことではないとは、随分と傲慢だな。お前にとって戦争の中にもある規律はどうでもよく、人命がどれほど失われようと興味はないのだろう」
関心があるのは自分の命と王太子と約束した報酬だけ。だからこそ、後々王国側にも被害の出る先遣隊への奇襲から始まる抗戦を提案できた。
「知っていれば、覚悟して、殺しました……」
知っていれば。
一瞬、その言葉に引っかかった。メルセデスが初めて見せた、苛立ちか何か、攻撃的な表情。
「それに、命がどうでもよいのは、そちらも同じでしょう!」
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