【R-18】【完結】魔女は将軍の手で人間になる

雲走もそそ

文字の大きさ
上 下
30 / 180
魔女編

16:面通し(1)

しおりを挟む
 火事の夜から三日後。

 メルセデスは後宮から連れ出されて、王城の建物同士を結ぶ渡り廊下にいた。先日の放火犯を捕まえるためだ。
 建物の二階同士を繋ぐこの廊下は、窓から練兵場の出入り口を見下ろせる位置にある。ここから練兵場を出入りする兵士たちの顔を密かに確認し、見覚えのある者がいれば別途呼び出して尋問することになっている。

「今日は四、五人ずつ出てくるよう、訓練内容を調整させている」

 小窓から外を眺めるメルセデスの後ろで、シヒスムンドが段取りを説明している。
 この場にはメルセデスと彼の二人きりだ。廊下は誰も通らないよう人払いされている。時間になれば女官が迎えに来る。

 公式には、メルセデスは火事の犯人の顔を覚えておらず、また、軍人であるとも気づいていないことになっている。
 火事の翌日、医務室でシヒスムンドに、男たちの顔を記憶しており、服装から軍人の可能性が高い旨を話したが、口止めされた。公表しても、その段階では顔はわかっても誰かはわからない。探しているうちに逃げられてしまうためだ。
 だからこうして、事情を知り、帝国軍の頂上にいるため顔が分かってからの話の早いシヒスムンドが、メルセデスに付き合って密かに面通しをさせている。

 メルセデスは後ろを振り返らずに声をかける。

「私が見つけて証言しても、しらをきられるのではありませんか?」
「お前の公的な場での証言はあてにしていない。俺が尋問で吐かせて証拠にする。とはいえ兵士全員を尋問するわけにもいかんので、対象者に当たりをつけるために顔を検めさせている。余計なことを考えずに外へ集中していろ」

 顔を見ずとも、不機嫌なのが伝わってくる。

 先日シヒスムンドは、メルセデスを憎悪の的にするために王国から連れてきたのではないと語った。珍しい女だったからだそうだが、愛妾に選んだ理由は今一つ理解できなかった。
 ここでメルセデスが肝に銘じておかなければならないのは、シヒスムンドはメルセデスを嫌っていて、気に食わなければ密かに始末できるほどの権力者であるということ。そして、彼がメルセデスを生かしているのは、憎悪の的として役に立っているからだと思っていたが、それは見当違いだったということ。

 つまり、このわかりやすくメルセデスを嫌っている男に、メルセデスは自分を生かしておいてもらうべく、役に立つ正解の方法を探さねばならない。
 とりあえず目下は、火事の犯人探しに全力を尽くすべきだ。

「来ました」

 まず最初の一組が練兵場から出てくる。

「……違いますね」
「まだ一組目だ。残り五十組ほどいる」

 まさかそこまでいるのかと、メルセデスの気が遠のいた。

「それで城の兵士は全部ですか」
「今回の確認対象がそれだけということだ。まだ大勢いる。特に今日は、後宮の大庭園で芸術家たちの交流会がある。陛下も出席なさるから衛兵がそちらに割かれているはずだ」

 メルセデスが思い返せば、その準備のためか昨日から後宮が慌ただしかった。部屋から出ないのであまり関係はなかったが。
 全員を見つけるにはあと何度か繰り返す必要がありそうだ。すでにうんざりしながら、二組目の顔を眺める。

「違います」
「将官も漏らさず確認しろ」
「もちろんです」

 事前に、あの男たちの儀礼用の軍服の装飾が、人によって違っていたと説明したところ、将官用だろうと返事が返ってきた。従って兵卒だけでなく将官も顔を確認しておかなければならない。

 そうして淡々と、数名ずつの顔を確認していく。
 やがて、一人で出てきた将官に目を止める。一番顔を近くで見た、メルセデスに詰め寄った男だ。

「いました」
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

密室に二人閉じ込められたら?

水瀬かずか
恋愛
気がつけば会社の倉庫に閉じ込められていました。明日会社に人 が来るまで凍える倉庫で一晩過ごすしかない。一緒にいるのは営業 のエースといわれている強面の先輩。怯える私に「こっちへ来い」 と先輩が声をかけてきて……?

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

処理中です...