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魔女編
16:面通し(1)
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火事の夜から三日後。
メルセデスは後宮から連れ出されて、王城の建物同士を結ぶ渡り廊下にいた。先日の放火犯を捕まえるためだ。
建物の二階同士を繋ぐこの廊下は、窓から練兵場の出入り口を見下ろせる位置にある。ここから練兵場を出入りする兵士たちの顔を密かに確認し、見覚えのある者がいれば別途呼び出して尋問することになっている。
「今日は四、五人ずつ出てくるよう、訓練内容を調整させている」
小窓から外を眺めるメルセデスの後ろで、シヒスムンドが段取りを説明している。
この場にはメルセデスと彼の二人きりだ。廊下は誰も通らないよう人払いされている。時間になれば女官が迎えに来る。
公式には、メルセデスは火事の犯人の顔を覚えておらず、また、軍人であるとも気づいていないことになっている。
火事の翌日、医務室でシヒスムンドに、男たちの顔を記憶しており、服装から軍人の可能性が高い旨を話したが、口止めされた。公表しても、その段階では顔はわかっても誰かはわからない。探しているうちに逃げられてしまうためだ。
だからこうして、事情を知り、帝国軍の頂上にいるため顔が分かってからの話の早いシヒスムンドが、メルセデスに付き合って密かに面通しをさせている。
メルセデスは後ろを振り返らずに声をかける。
「私が見つけて証言しても、しらをきられるのではありませんか?」
「お前の公的な場での証言はあてにしていない。俺が尋問で吐かせて証拠にする。とはいえ兵士全員を尋問するわけにもいかんので、対象者に当たりをつけるために顔を検めさせている。余計なことを考えずに外へ集中していろ」
顔を見ずとも、不機嫌なのが伝わってくる。
先日シヒスムンドは、メルセデスを憎悪の的にするために王国から連れてきたのではないと語った。珍しい女だったからだそうだが、愛妾に選んだ理由は今一つ理解できなかった。
ここでメルセデスが肝に銘じておかなければならないのは、シヒスムンドはメルセデスを嫌っていて、気に食わなければ密かに始末できるほどの権力者であるということ。そして、彼がメルセデスを生かしているのは、憎悪の的として役に立っているからだと思っていたが、それは見当違いだったということ。
つまり、このわかりやすくメルセデスを嫌っている男に、メルセデスは自分を生かしておいてもらうべく、役に立つ正解の方法を探さねばならない。
とりあえず目下は、火事の犯人探しに全力を尽くすべきだ。
「来ました」
まず最初の一組が練兵場から出てくる。
「……違いますね」
「まだ一組目だ。残り五十組ほどいる」
まさかそこまでいるのかと、メルセデスの気が遠のいた。
「それで城の兵士は全部ですか」
「今回の確認対象がそれだけということだ。まだ大勢いる。特に今日は、後宮の大庭園で芸術家たちの交流会がある。陛下も出席なさるから衛兵がそちらに割かれているはずだ」
メルセデスが思い返せば、その準備のためか昨日から後宮が慌ただしかった。部屋から出ないのであまり関係はなかったが。
全員を見つけるにはあと何度か繰り返す必要がありそうだ。すでにうんざりしながら、二組目の顔を眺める。
「違います」
「将官も漏らさず確認しろ」
「もちろんです」
事前に、あの男たちの儀礼用の軍服の装飾が、人によって違っていたと説明したところ、将官用だろうと返事が返ってきた。従って兵卒だけでなく将官も顔を確認しておかなければならない。
そうして淡々と、数名ずつの顔を確認していく。
やがて、一人で出てきた将官に目を止める。一番顔を近くで見た、メルセデスに詰め寄った男だ。
「いました」
メルセデスは後宮から連れ出されて、王城の建物同士を結ぶ渡り廊下にいた。先日の放火犯を捕まえるためだ。
建物の二階同士を繋ぐこの廊下は、窓から練兵場の出入り口を見下ろせる位置にある。ここから練兵場を出入りする兵士たちの顔を密かに確認し、見覚えのある者がいれば別途呼び出して尋問することになっている。
「今日は四、五人ずつ出てくるよう、訓練内容を調整させている」
小窓から外を眺めるメルセデスの後ろで、シヒスムンドが段取りを説明している。
この場にはメルセデスと彼の二人きりだ。廊下は誰も通らないよう人払いされている。時間になれば女官が迎えに来る。
公式には、メルセデスは火事の犯人の顔を覚えておらず、また、軍人であるとも気づいていないことになっている。
火事の翌日、医務室でシヒスムンドに、男たちの顔を記憶しており、服装から軍人の可能性が高い旨を話したが、口止めされた。公表しても、その段階では顔はわかっても誰かはわからない。探しているうちに逃げられてしまうためだ。
だからこうして、事情を知り、帝国軍の頂上にいるため顔が分かってからの話の早いシヒスムンドが、メルセデスに付き合って密かに面通しをさせている。
メルセデスは後ろを振り返らずに声をかける。
「私が見つけて証言しても、しらをきられるのではありませんか?」
「お前の公的な場での証言はあてにしていない。俺が尋問で吐かせて証拠にする。とはいえ兵士全員を尋問するわけにもいかんので、対象者に当たりをつけるために顔を検めさせている。余計なことを考えずに外へ集中していろ」
顔を見ずとも、不機嫌なのが伝わってくる。
先日シヒスムンドは、メルセデスを憎悪の的にするために王国から連れてきたのではないと語った。珍しい女だったからだそうだが、愛妾に選んだ理由は今一つ理解できなかった。
ここでメルセデスが肝に銘じておかなければならないのは、シヒスムンドはメルセデスを嫌っていて、気に食わなければ密かに始末できるほどの権力者であるということ。そして、彼がメルセデスを生かしているのは、憎悪の的として役に立っているからだと思っていたが、それは見当違いだったということ。
つまり、このわかりやすくメルセデスを嫌っている男に、メルセデスは自分を生かしておいてもらうべく、役に立つ正解の方法を探さねばならない。
とりあえず目下は、火事の犯人探しに全力を尽くすべきだ。
「来ました」
まず最初の一組が練兵場から出てくる。
「……違いますね」
「まだ一組目だ。残り五十組ほどいる」
まさかそこまでいるのかと、メルセデスの気が遠のいた。
「それで城の兵士は全部ですか」
「今回の確認対象がそれだけということだ。まだ大勢いる。特に今日は、後宮の大庭園で芸術家たちの交流会がある。陛下も出席なさるから衛兵がそちらに割かれているはずだ」
メルセデスが思い返せば、その準備のためか昨日から後宮が慌ただしかった。部屋から出ないのであまり関係はなかったが。
全員を見つけるにはあと何度か繰り返す必要がありそうだ。すでにうんざりしながら、二組目の顔を眺める。
「違います」
「将官も漏らさず確認しろ」
「もちろんです」
事前に、あの男たちの儀礼用の軍服の装飾が、人によって違っていたと説明したところ、将官用だろうと返事が返ってきた。従って兵卒だけでなく将官も顔を確認しておかなければならない。
そうして淡々と、数名ずつの顔を確認していく。
やがて、一人で出てきた将官に目を止める。一番顔を近くで見た、メルセデスに詰め寄った男だ。
「いました」
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