【R-18】【完結】魔女は将軍の手で人間になる

雲走もそそ

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魔女編

8:皇帝の訪れ(2)

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 従来の後宮は基本的に帝国の貴族から、皇帝の皇后もしくは側妃候補として様々な思惑を持って差し出された美しい愛妾により構成されていた。当代の後宮も当初はそのようになっていたが、皇帝が大陸統一を果たすまでは妻を迎えないという誓いを立てたため、途端におかしなことになってしまった。

 後宮の愛妾を自由にできる権利を持つ皇帝だが、一度でも夜をともにすれば、宗教的な理由から妻として、皇后か側妃へ迎える義務があるそうだ。
 妻を迎えないとはすなわち、後宮の女性と夜を明かさないということ。皇帝の血縁となれる見込みのない後宮へ娘を置いていても意味はないと、当初大勢いた貴族出身の娘たちは徐々に家へ呼び戻されていき、今では十名ほどが残るのみとなった。

 若い皇帝には子供がいない。それは国として常に存続の危機にさらされているということである。家臣たちは絶え間なく皇帝を説得し続けたが、皇帝の決心は変わらなかった。
 そこで将軍による、国を一つ落とす都度、その国から女性を一人戦利品として連れ帰り、帝国の後宮へ愛妾として迎える習慣が関係してくる。

 ある時、シヒスムンドが国を一つ攻め落とした。その国は戦うことと勝利に価値のある国であった。予定はしていなかったのだが、国に勝利した者には最高の栄誉をということで、その国の王から愛娘を贈られた。姫君もその国の精神を持っているため、勝者に仕えることを望んだ。
 指導者が帰順してくれるならその国の統治に貢献すると考え、シヒスムンドは姫君を連れ帰り、後宮へ加えた。家臣たちは最初は驚いたが、その姫君がこれまでの後宮の女性とは異なる美しさを持っていたため、皇帝も興味を示すのではないかと、最終的に受け入れた。結局皇帝はそれまで同様、顔を見ただけで帰っていったが、これが件の習慣の始まりだった。

 以降シヒスムンドは、国を一つ落とすごとに、身分にかかわらず様々な女性を一人ずつ戦利品として連れて帰った。
 それが積りに積もって、後宮にはメルセデスも加わって三十九名の愛妾がいる。
 いずれも皇帝と夜を共にしていない。この後宮に皇后も側妃もおらず愛妾だけしかいないのは、そういうわけだった。




 皇帝ダビドは、あの人のいい女官がうっかり説明を忘れたことを、新顔の愛妾メルセデスへ説明してやった。
 後で女官に説明させてもよかったが、自分と寝なくてはならないと思っていた様子の十以上年の離れた娘が、その必要はないと知って安堵の息をついたのを見て、気の毒に思えたのだ。

「メルセデス。そなたはこの後宮で何を望む? 法を犯さぬのであれば、叶うこともある」

 説明を終えてから、メルセデスにそう尋ねた。どの愛妾にも同じことを質問している。
 後宮というのは不便な場所で、後宮内では自由だが、後宮の外も関係すると途端にひどく不自由になる。外へ出られる機会はかなり限定されるし、家族であっても容易には会えない。愛妾を気軽に辞めることもできない。その慰めにと、望みを節度をもってできる範囲で叶えようと考えている。

 メルセデスは質問の意図を探るように、青灰色の目でダビドの顔をうかがった。

「この国で、魔女であることは法に触れますか?」

 やがてためらいがちに質問が返される。

 マリエルヴィ王国の王太子に、彼女は魔女とまで呼ばれたそうだ。王国のような閉鎖的な国ほど、統治者は厳格な傾向にあると思っていたが、王太子はあっさりと彼女へ責任をなすりつけようとしたという。メルセデスの強大な魔力により、力の上下は逆だったかもしれない。だが、彼女が脅していた様子もなかったそうなので、主従の関係は機能していたはず。それを抗戦を唆されたと責任転嫁しようとは、呆れてものが言えない。
 とはいえメルセデスは、確かに剣を取って先遣隊の兵士たちを大勢殺害した。また、城に潜入した間諜を見つけ出し、酷い怪我を負わせている。

 そのことについての罰を受けないかを知りたいのだろう。女官から後宮の外の法律も、後宮内へ適用されると聞いたからこその疑問と思われる。

「先の戦いでも、今も、そなたは法を犯してはおらぬ。兵士たちは感情的にもなったであろうが、私は感情で罪と罰を決めることは、正しいとは思わぬ」

 メルセデスの不安げな目が少し和らいだ。

 帝国の法では、戦争における殺人の責任を、敗戦国へ一律に負わせない。それでは敵だった兵士全員が罪を犯したことになってしまう。
 帝国は大陸統一を掲げているが、可能な限り流血のない併合を目指している。かつての敵であっても、併合すれば彼らも帝国市民だ。流れる血が少なければ少ないほど、平民層の融和がはかどる。
 そのために、領土拡大を始める前に戦争法を整備した。この法律では、基本的に処罰の対象は指揮官以上である。メルセデスは一兵士扱いだから、帝国兵を殺したことは罪にはならない。

「そうですか……。ならば、私は、生きることだけ望みます」




 女官が言った通り、皇帝は公正な人物のように感じた。法さえ犯していなければ、メルセデスが王国でどのような存在であったかは問わないでいてくれそうだ。
 だから、多くは望まないと、生きていたいと訴えかけた。将軍がメルセデスを用済みと処分しようとしたときに、少しでも助けてくれることを期待して。

「後宮は、この城の中で最も安全な場所だと思ってよい。……そろそろ時間だ」

 皇帝は懐中時計で時間を確認し、薄布を付け直して足早に退出していった。

 メルセデスは結局口をつけるのを忘れていた自分のカップからお茶を飲んだ。
 お茶もぬるくならないような、短い間の出来事であった。
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