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魔女編
5:後宮の洗礼(3)
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講じた対策の結果は、まだ今日を含めて三日間しか観察できていないが、少なくとも現状では思い通りになっている。侍女たちは、メルセデスの部屋へ運び込まれる物品に害意が潜んでいないか、注意深く確認を続けたが、今のところ食事だけだ。
メルセデスの幸運は、女官が職務に忠実で、公正にメルセデスの担当の侍女を選任してくれて、侍女たちも随分親切な人柄であったことだろう。彼女たちもメルセデスを嫌っていれば、衣食住のどれも満足にいくことはなかったはずだ。
「みなさんのご協力のおかげです。危険も顧みず、ありがとうございます」
メルセデスは深々と頭を下げ、感謝を述べる。
この方法は、実のところ彼女たちにも危険がある。なぜなら、彼女たちには形式的に言えば、職務怠慢をさせているからだ。
本来ならば、この件を女官から王城全体の人事をつかさどる部門へ報告して、犯人を見つけて処罰させるのが正しい役目だ。しかしメルセデスの言う通り、それは嫌がらせの発生と対策のいたちごっこになる。だからといって、それを防ぐために食事の細工をわざと看過し続けるなど、何かあって事態が露見した時、女官と侍女は、なぜ報告をしなかったのかと責任を問われる可能性がある。
それも踏まえて、メルセデスは彼女たちに深く感謝していた。
「いえ、この方法が、最もレディに快適にお過ごしいただける方法であればこそです。……ですが、本当によろしいのですか。皇帝陛下は公平な方です。レディの訴えを無視なさったりはしません。時間はかかるかもしれませんが、根気強く解決へ向けて尽力してくださるはずです」
女官は不安げだ。
メルセデスは、彼女たちはメルセデスが後宮へ入れられた目的を知らないのだろうと考えた。
彼女たちの言う通り、まだ見ぬ皇帝は正しく対処してくれる人物なのかもしれない。だが、対処の結果メルセデスが憎悪の的として使えなくなってしまったら、将軍は次にどうするだろうか。皇帝には劣るだろうが、帝国軍の最高位にあり、前代未聞の手枷の愛妾を押し通した人物だ。訴える間もなく、メルセデスを処刑するおそれがある。
「おっしゃることはわかりました。しかし、今はこの方法を続けさせてくれませんか。みなさんに被害が出そうになったら、すぐにやめます」
謁見の間の前で取り囲まれた時のことを思い出し、身震いしてしまう。
女官と侍女たちは顔を見合わせ、まだ不安げではあるが、頷いてくれた。
「レディのお心のままにいたします」
女官は、皇帝の信任を受けて、現在の後宮の運営に関する采配を長らく振るっている。侍女たちも後宮にきて長い者ばかりだ。女官の頭を悩ませてくれる、全員とは言わないが、帝国出身のわがままな貴族の令嬢たちに比べれば、将軍が敗戦国から連れてくる女性たちは、元の身分が高い女性も含め、女官や侍女たちを不当に扱わないし、人間として面白い人物ばかりだった。
そんな多様な女性たちと接してきた女官の目にさえも、メルセデスは異質に映っていた。
メルセデスは下働きの身でありながら、おそらく何らかの対価と引きかえに、マリエルヴィ王国の王太子の影武者として戦った。抗戦そのものも、彼女が唆したと言われている。その魔力はすさまじく、先遣隊はわずかな人数を残して壊滅してしまい、かの将軍とも渡り合ったという。
帝国民が思うメルセデスは、それだけのことをしておきながら愛妾となって生き延びた、稀代の悪女だ。『マリエルヴィの魔女』という呼称が、一層話題を彩った。
ところが、女官の出会ったメルセデスは、にこりともしないが礼儀正しく気を使い、意外と思慮深く、常に何かを恐れている気弱そうな娘だった。もちろん、彼女の拠り所である魔力を封じられてしまったからかもしれない。もしくは、ただの演技かもしれない。
だが、愛妾は帝国で屈指の高貴な女性である。周りからの非難が平気なら、演技などせず、法に触れない範囲で身勝手に振る舞っても問題はないのだ。
侍女たちも、女官とおおむね同じ印象を抱いている様子で、メルセデスを迎えた翌朝からすでに態度を軟化させていた。
だから女官は、王国でのことは何か事情があったのではないかと思い、一旦彼女が後宮へ来る以前のことは忘れ、目の前にいるメルセデスを信じてしばらく協力してみることにした。
メルセデスの幸運は、女官が職務に忠実で、公正にメルセデスの担当の侍女を選任してくれて、侍女たちも随分親切な人柄であったことだろう。彼女たちもメルセデスを嫌っていれば、衣食住のどれも満足にいくことはなかったはずだ。
「みなさんのご協力のおかげです。危険も顧みず、ありがとうございます」
メルセデスは深々と頭を下げ、感謝を述べる。
この方法は、実のところ彼女たちにも危険がある。なぜなら、彼女たちには形式的に言えば、職務怠慢をさせているからだ。
本来ならば、この件を女官から王城全体の人事をつかさどる部門へ報告して、犯人を見つけて処罰させるのが正しい役目だ。しかしメルセデスの言う通り、それは嫌がらせの発生と対策のいたちごっこになる。だからといって、それを防ぐために食事の細工をわざと看過し続けるなど、何かあって事態が露見した時、女官と侍女は、なぜ報告をしなかったのかと責任を問われる可能性がある。
それも踏まえて、メルセデスは彼女たちに深く感謝していた。
「いえ、この方法が、最もレディに快適にお過ごしいただける方法であればこそです。……ですが、本当によろしいのですか。皇帝陛下は公平な方です。レディの訴えを無視なさったりはしません。時間はかかるかもしれませんが、根気強く解決へ向けて尽力してくださるはずです」
女官は不安げだ。
メルセデスは、彼女たちはメルセデスが後宮へ入れられた目的を知らないのだろうと考えた。
彼女たちの言う通り、まだ見ぬ皇帝は正しく対処してくれる人物なのかもしれない。だが、対処の結果メルセデスが憎悪の的として使えなくなってしまったら、将軍は次にどうするだろうか。皇帝には劣るだろうが、帝国軍の最高位にあり、前代未聞の手枷の愛妾を押し通した人物だ。訴える間もなく、メルセデスを処刑するおそれがある。
「おっしゃることはわかりました。しかし、今はこの方法を続けさせてくれませんか。みなさんに被害が出そうになったら、すぐにやめます」
謁見の間の前で取り囲まれた時のことを思い出し、身震いしてしまう。
女官と侍女たちは顔を見合わせ、まだ不安げではあるが、頷いてくれた。
「レディのお心のままにいたします」
女官は、皇帝の信任を受けて、現在の後宮の運営に関する采配を長らく振るっている。侍女たちも後宮にきて長い者ばかりだ。女官の頭を悩ませてくれる、全員とは言わないが、帝国出身のわがままな貴族の令嬢たちに比べれば、将軍が敗戦国から連れてくる女性たちは、元の身分が高い女性も含め、女官や侍女たちを不当に扱わないし、人間として面白い人物ばかりだった。
そんな多様な女性たちと接してきた女官の目にさえも、メルセデスは異質に映っていた。
メルセデスは下働きの身でありながら、おそらく何らかの対価と引きかえに、マリエルヴィ王国の王太子の影武者として戦った。抗戦そのものも、彼女が唆したと言われている。その魔力はすさまじく、先遣隊はわずかな人数を残して壊滅してしまい、かの将軍とも渡り合ったという。
帝国民が思うメルセデスは、それだけのことをしておきながら愛妾となって生き延びた、稀代の悪女だ。『マリエルヴィの魔女』という呼称が、一層話題を彩った。
ところが、女官の出会ったメルセデスは、にこりともしないが礼儀正しく気を使い、意外と思慮深く、常に何かを恐れている気弱そうな娘だった。もちろん、彼女の拠り所である魔力を封じられてしまったからかもしれない。もしくは、ただの演技かもしれない。
だが、愛妾は帝国で屈指の高貴な女性である。周りからの非難が平気なら、演技などせず、法に触れない範囲で身勝手に振る舞っても問題はないのだ。
侍女たちも、女官とおおむね同じ印象を抱いている様子で、メルセデスを迎えた翌朝からすでに態度を軟化させていた。
だから女官は、王国でのことは何か事情があったのではないかと思い、一旦彼女が後宮へ来る以前のことは忘れ、目の前にいるメルセデスを信じてしばらく協力してみることにした。
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