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魔女編
5:後宮の洗礼(2)
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片付けと食事が終わった頃、昨日の女官が訪ねてきた。
「おはようございます。お食事の件、侍女より聞き及んでおります。私どもの監督不行き届きにございます。誠に申し訳ございません」
女官は深々と頭を下げる。
「問題はないです。それに謝罪を受ける立場でもありません」
メルセデスの全くこたえていない様子に、女官は少し驚いている。常に落ち着きを求められる侍女たちも動揺を隠せなかった。対して、ただの下働きの娘だったメルセデスの表情に変わりはない。あの程度なんでもないと物語っている。
貧しかったとはいえ人の食べるものを一応口にしていたメルセデスも、さすがにねずみの死体を皿に置かれることに嫌悪感はあった。だが、帝国よりも衛生環境の劣る王国において、城で最底辺の仕事をしていたため、ねずみの死体を目にすること自体は平気だ。
「今後はこのようなことがないように、調理場の――」
「必要ありません」
女官の対策案をメルセデスは遮った。
「は……」
「対策は必要ありません。引き続き、食事に細工をできるままにしてください」
目を見張る女官。侍女たちも顔を見合わせた。
「それは、いかなる理由にございましょう。私どもには、レディに快適にお過ごしいただけるようお仕えする義務がございます」
「もちろんです。そのために必要なことなのです」
落ち着き払ったメルセデスは彼女たちに説明を始めた。
二日後の夜。女官は再度メルセデスの居室を訪れた。
「お考えの通り、レディへの危害は、お食事のみにとどまっております」
メルセデスの予想通り、食事には引き続き異物の混入がされていた。そして期待した通り、食事にしか細工はされていない。たとえばリネン等の、食事以外の物品には何事もない。
二日前の朝、ねずみの死体に遭遇したメルセデスは、納得がいった気分だった。
それまで将軍が、魔女と呼ばれるメルセデスをあえて生かした理由がよくわかっていなかった。珍しい女という条件なら他にもいたはずなのだ。彼がメルセデスを選んだのは、後宮の女性たちを始め、メルセデスの様子を目にする者たちの憎悪を発散させる的として、後宮へ放り込むためだったのだ。
王国との戦争で帝国側にも犠牲が出たことは、もう覆らない事実だ。家族を失った国民をいくら宥めても元には戻らず、領土拡大へ旗を振る帝国へ不満を向けるかもしれない。王太子とメルセデスを帝国へ引き出して処刑すれば少しは胸がすいただろうが、王太子が王国で処刑されたように、戦争での処罰は抵抗への見せしめのため、攻め落とした国で行う必要があり、帝国ではできないのだろう。彼らは遠い国で仇が死んだと噂で知るのみだ。それでは心が慰められない。
なら、せっかく二人いるのだから片方を生かしておいて、様子がすぐに伝わる帝国で、窮状へ落として見せればいい。これなら王国への見せしめもできて、帝国民の憤りもぶつけられる。メルセデスが後宮で不遇にあり続けるほど、帝国の民衆は溜飲が下がるはずだ。
であれば、食事の件は、メルセデスが後宮へ入れられた狙いの通りの出来事だ。誰かの憎悪を、適切にメルセデスで発散させている。もう驚くことでもない。
メルセデスは、憎悪の的としての役割を受け入れた。将軍は、処刑か後宮へ来るかの選択肢を用意した。狙い通りの役目を引き続きこなさなければ、処刑へ切り替えるかもしれない。
しかしメルセデスとて、四六時中どこに敵意が隠されているか、不安な生活を送ることは望まない。だから、悪意の経路を絞った。
『私が望まれていないことは理解しています。ですから、今後もこういったことは続くでしょう。ここで食事に細工できないようにしてしまうと、こうしたい方々は、別の新しい方法を試みると思います。それは、いつ、どのようにやってくるのか予想がつきませんし、食事の細工よりもっと……、もしかすると危険な方法かもしれません。ですから、食事への細工が今後も継続可能で、私に十分効果があると思ってもらった方がよいのです。この方法に満足してもらえれば、食事にだけ気を払えばよいのですから』
対策を講じようとした女官と侍女たちは難色を示したが、やがてしぶしぶメルセデスの提案を受け入れた。
女官は、メルセデスの意見はもっともだと考えたのだ。
メルセデスのために配置した侍女たち以外は、何か戦争による怨恨があるかの調査がされていない。そのため、敗戦国出身であったとしても警戒すべき対象だ。そうなると、女官自身とこの侍女たち以外は、後宮の女全員が、メルセデスに対し害意を持っている可能性がある。今回の犯人を見つけたとしても、他の人間が同じようなことをするだろう。
この数名ではメルセデスを守り切れない。ならば、彼女の言う通り、悪意のもたらされる道を一つにした方が効果的かもしれない。
そのあと全員で方針を話し合った。
愛妾の食事は一括して調理場で用意される。他の愛妾に被害がでるため調理中の細工はされない。細工されたのは、メルセデスの侍女たちが配膳のためのワゴンへ料理を乗せて、彼女の分の食事であると確定してからだろう。
食事の全てが食べられないようになってしまっては困るので、侍女たちには、数回に一回、わざとワゴンへ料理を乗せてから隙を作ってもらうことにした。
そして、侍女たちには、メルセデスがこれにより相当参っていると触れ回り、かつ、自らの職務にそこまで熱心ではなく、完全な対策をする気もないように振る舞ってもらうことになった。
「おはようございます。お食事の件、侍女より聞き及んでおります。私どもの監督不行き届きにございます。誠に申し訳ございません」
女官は深々と頭を下げる。
「問題はないです。それに謝罪を受ける立場でもありません」
メルセデスの全くこたえていない様子に、女官は少し驚いている。常に落ち着きを求められる侍女たちも動揺を隠せなかった。対して、ただの下働きの娘だったメルセデスの表情に変わりはない。あの程度なんでもないと物語っている。
貧しかったとはいえ人の食べるものを一応口にしていたメルセデスも、さすがにねずみの死体を皿に置かれることに嫌悪感はあった。だが、帝国よりも衛生環境の劣る王国において、城で最底辺の仕事をしていたため、ねずみの死体を目にすること自体は平気だ。
「今後はこのようなことがないように、調理場の――」
「必要ありません」
女官の対策案をメルセデスは遮った。
「は……」
「対策は必要ありません。引き続き、食事に細工をできるままにしてください」
目を見張る女官。侍女たちも顔を見合わせた。
「それは、いかなる理由にございましょう。私どもには、レディに快適にお過ごしいただけるようお仕えする義務がございます」
「もちろんです。そのために必要なことなのです」
落ち着き払ったメルセデスは彼女たちに説明を始めた。
二日後の夜。女官は再度メルセデスの居室を訪れた。
「お考えの通り、レディへの危害は、お食事のみにとどまっております」
メルセデスの予想通り、食事には引き続き異物の混入がされていた。そして期待した通り、食事にしか細工はされていない。たとえばリネン等の、食事以外の物品には何事もない。
二日前の朝、ねずみの死体に遭遇したメルセデスは、納得がいった気分だった。
それまで将軍が、魔女と呼ばれるメルセデスをあえて生かした理由がよくわかっていなかった。珍しい女という条件なら他にもいたはずなのだ。彼がメルセデスを選んだのは、後宮の女性たちを始め、メルセデスの様子を目にする者たちの憎悪を発散させる的として、後宮へ放り込むためだったのだ。
王国との戦争で帝国側にも犠牲が出たことは、もう覆らない事実だ。家族を失った国民をいくら宥めても元には戻らず、領土拡大へ旗を振る帝国へ不満を向けるかもしれない。王太子とメルセデスを帝国へ引き出して処刑すれば少しは胸がすいただろうが、王太子が王国で処刑されたように、戦争での処罰は抵抗への見せしめのため、攻め落とした国で行う必要があり、帝国ではできないのだろう。彼らは遠い国で仇が死んだと噂で知るのみだ。それでは心が慰められない。
なら、せっかく二人いるのだから片方を生かしておいて、様子がすぐに伝わる帝国で、窮状へ落として見せればいい。これなら王国への見せしめもできて、帝国民の憤りもぶつけられる。メルセデスが後宮で不遇にあり続けるほど、帝国の民衆は溜飲が下がるはずだ。
であれば、食事の件は、メルセデスが後宮へ入れられた狙いの通りの出来事だ。誰かの憎悪を、適切にメルセデスで発散させている。もう驚くことでもない。
メルセデスは、憎悪の的としての役割を受け入れた。将軍は、処刑か後宮へ来るかの選択肢を用意した。狙い通りの役目を引き続きこなさなければ、処刑へ切り替えるかもしれない。
しかしメルセデスとて、四六時中どこに敵意が隠されているか、不安な生活を送ることは望まない。だから、悪意の経路を絞った。
『私が望まれていないことは理解しています。ですから、今後もこういったことは続くでしょう。ここで食事に細工できないようにしてしまうと、こうしたい方々は、別の新しい方法を試みると思います。それは、いつ、どのようにやってくるのか予想がつきませんし、食事の細工よりもっと……、もしかすると危険な方法かもしれません。ですから、食事への細工が今後も継続可能で、私に十分効果があると思ってもらった方がよいのです。この方法に満足してもらえれば、食事にだけ気を払えばよいのですから』
対策を講じようとした女官と侍女たちは難色を示したが、やがてしぶしぶメルセデスの提案を受け入れた。
女官は、メルセデスの意見はもっともだと考えたのだ。
メルセデスのために配置した侍女たち以外は、何か戦争による怨恨があるかの調査がされていない。そのため、敗戦国出身であったとしても警戒すべき対象だ。そうなると、女官自身とこの侍女たち以外は、後宮の女全員が、メルセデスに対し害意を持っている可能性がある。今回の犯人を見つけたとしても、他の人間が同じようなことをするだろう。
この数名ではメルセデスを守り切れない。ならば、彼女の言う通り、悪意のもたらされる道を一つにした方が効果的かもしれない。
そのあと全員で方針を話し合った。
愛妾の食事は一括して調理場で用意される。他の愛妾に被害がでるため調理中の細工はされない。細工されたのは、メルセデスの侍女たちが配膳のためのワゴンへ料理を乗せて、彼女の分の食事であると確定してからだろう。
食事の全てが食べられないようになってしまっては困るので、侍女たちには、数回に一回、わざとワゴンへ料理を乗せてから隙を作ってもらうことにした。
そして、侍女たちには、メルセデスがこれにより相当参っていると触れ回り、かつ、自らの職務にそこまで熱心ではなく、完全な対策をする気もないように振る舞ってもらうことになった。
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