66 / 180
人間編
29:調査開始
しおりを挟む
「先日は、取り乱してしまい申し訳ございませんでした」
秘密の通路を開いたシヒスムンドを出迎えたのは、深々と頭を下げるメルセデスであった。
三日前、シヒスムンドは錯乱するメルセデスを昏倒させた。それにより、次の来訪の約束ができなかったため、仕方がないので前回と同様三日空けて深夜に足を運んでみた。すると、メルセデスもそれを待っていたのか、彼女は扉が開いたときにはそこにいた。
ダビドに諭されて少し頭が冷え、どうやって機嫌を取るべきかと悩みつつの来訪だった。まさか出合い頭に謝罪を受けるとは思っておらず、落ち着いた彼女の反応に逆に面食らってしまう。
「いや……。顔を上げろ」
姿勢を正したメルセデスはどこかやつれて見えた。ベッドを見ると寝ていた痕跡がある。先ほどまで横になっていたのだろう。
丁度今晩、後宮の内通者からの報告書が来ていた。その中にメルセデスに関する記述が含まれており、彼女が前回の訪問の翌日から熱を出して臥せっていることは知っていた。
「具合が悪いと聞いた。快復した後に話しに来るつもりだったが、前回は次の訪問の日時を決められなかった」
日中は侍女に見つかるおそれがあるので、必然的に来訪は深夜に限られる。明確に約束をしていなければ、メルセデスは普通に寝ている時間だろうし、初回のように眠っているところを起こすのは寝覚めが悪いはず。だから、メルセデスの具合は悪いかもしれないが、来訪を想定していると信じてまた三日後の深夜に訪れた。
「もう日中で熱は下がりました」
メルセデスは話しながら、以前扉の押さえに使っていた椅子を抱えてきた。
次回の約束をして今日はすぐ帰るつもりだったが、メルセデスが構わないようなので、話をして帰ることに決める。シヒスムンドは椅子を受け取って扉の前に置いた。
シヒスムンドがソファへ腰かけると、メルセデスも続いて正面のソファへ腰を下ろした。
「寝たままでも構わんが」
ベッドを指してそう言うと、メルセデスは首を横に振る。
「このままで結構です。もう十分休みました」
確かに、やつれては見えるが座った姿勢に無理をしている様子はない。
「皇帝陛下にお伝えください。侍女殺害の調査の件、お引き受けいたします」
望んでいた言葉にシヒスムンドは内心ほっとしたが、それはおくびにも出さないようにした。
「そうか。伝えよう。陛下は約束を守るお方だ。お前が新たな犠牲の出る前に事件を解決してみせれば、必ず過ごしやすい新天地を用意してくださるだろう」
「はい。ただ、私だけで調べるには限界がありますし、以前申し上げたように私は頭がよいわけではありません。私は不審な情報をできるだけ持ち帰りますが、どうかご助力をお願いいたします」
「無論だ」
ダビドとシヒスムンドが調査においての障害と考えているのは、男子禁制である後宮内へ情報を取りに行けないことだ。
内通者はその主観で出来事の報告をしてくれているが、彼女は多くの情報を集めやすい一方で、密かに調査をするには向かない目立つ人物だ。そのため、刺客に気づかれ殺害される可能性が高く、任せられない。それに、信頼できる人物ではあるが、事件当時後宮にいた女である以上、容疑者の一人でもある。
メルセデスに期待しているのは、確実に犯人ではないという信頼と、誰にも気取られないよう事件に関する情報を集めることに尽きる。それさえやってくれれば、推測はシヒスムンドたちでもできる。
「いくつか注意事項を伝える。犯人は侍女殺害の手腕からして手練れ。お前が嗅ぎまわっていると分かれば、危険だ。誰が犯人かもわからない以上、何人たりとも調査を気取られないようにしろ。愛妾、女官、侍女全員だ」
殺害されたシュザンヌの侍女は、抵抗した様子もなく一撃で仕留められていた。敵が素人なら侍女の方に防御の痕跡が残る。
「俺と陛下は、後宮の中を密かに調べることはできんが、外のことであれば十分に手が回る。何か調べたければ相談しろ。中のことでも、答えられる場合もある」
メルセデスはうなずく。
「気づいたことや、気がかりなことは、全て俺に報告しろ。確信がなくても構わん。三日毎に報告を受けに来る」
「かしこまりました。時間はもう少し早くても問題ありません。侍女の皆さんには、食事と入浴が済めば、翌朝まで帰っていただいておりますので」
「わかった。それから期限は次の犠牲者が出るまでだが、標的として最もその可能性が高いのは陛下だ。次の愛妾を迎え入れた時の顔合わせを、一旦目途にしろ。もしその時に犯人が見つかっていなければ、細心の注意を払って陛下の後宮入りを護衛するが、俺にも絶対はない」
犯人の真の標的がダビドで、万が一、彼を守り切れなければ、二人の大陸統一の野望はそこで終わりだ。
「心して臨みます」
メルセデスは真剣な様子で頷いた。
秘密の通路を開いたシヒスムンドを出迎えたのは、深々と頭を下げるメルセデスであった。
三日前、シヒスムンドは錯乱するメルセデスを昏倒させた。それにより、次の来訪の約束ができなかったため、仕方がないので前回と同様三日空けて深夜に足を運んでみた。すると、メルセデスもそれを待っていたのか、彼女は扉が開いたときにはそこにいた。
ダビドに諭されて少し頭が冷え、どうやって機嫌を取るべきかと悩みつつの来訪だった。まさか出合い頭に謝罪を受けるとは思っておらず、落ち着いた彼女の反応に逆に面食らってしまう。
「いや……。顔を上げろ」
姿勢を正したメルセデスはどこかやつれて見えた。ベッドを見ると寝ていた痕跡がある。先ほどまで横になっていたのだろう。
丁度今晩、後宮の内通者からの報告書が来ていた。その中にメルセデスに関する記述が含まれており、彼女が前回の訪問の翌日から熱を出して臥せっていることは知っていた。
「具合が悪いと聞いた。快復した後に話しに来るつもりだったが、前回は次の訪問の日時を決められなかった」
日中は侍女に見つかるおそれがあるので、必然的に来訪は深夜に限られる。明確に約束をしていなければ、メルセデスは普通に寝ている時間だろうし、初回のように眠っているところを起こすのは寝覚めが悪いはず。だから、メルセデスの具合は悪いかもしれないが、来訪を想定していると信じてまた三日後の深夜に訪れた。
「もう日中で熱は下がりました」
メルセデスは話しながら、以前扉の押さえに使っていた椅子を抱えてきた。
次回の約束をして今日はすぐ帰るつもりだったが、メルセデスが構わないようなので、話をして帰ることに決める。シヒスムンドは椅子を受け取って扉の前に置いた。
シヒスムンドがソファへ腰かけると、メルセデスも続いて正面のソファへ腰を下ろした。
「寝たままでも構わんが」
ベッドを指してそう言うと、メルセデスは首を横に振る。
「このままで結構です。もう十分休みました」
確かに、やつれては見えるが座った姿勢に無理をしている様子はない。
「皇帝陛下にお伝えください。侍女殺害の調査の件、お引き受けいたします」
望んでいた言葉にシヒスムンドは内心ほっとしたが、それはおくびにも出さないようにした。
「そうか。伝えよう。陛下は約束を守るお方だ。お前が新たな犠牲の出る前に事件を解決してみせれば、必ず過ごしやすい新天地を用意してくださるだろう」
「はい。ただ、私だけで調べるには限界がありますし、以前申し上げたように私は頭がよいわけではありません。私は不審な情報をできるだけ持ち帰りますが、どうかご助力をお願いいたします」
「無論だ」
ダビドとシヒスムンドが調査においての障害と考えているのは、男子禁制である後宮内へ情報を取りに行けないことだ。
内通者はその主観で出来事の報告をしてくれているが、彼女は多くの情報を集めやすい一方で、密かに調査をするには向かない目立つ人物だ。そのため、刺客に気づかれ殺害される可能性が高く、任せられない。それに、信頼できる人物ではあるが、事件当時後宮にいた女である以上、容疑者の一人でもある。
メルセデスに期待しているのは、確実に犯人ではないという信頼と、誰にも気取られないよう事件に関する情報を集めることに尽きる。それさえやってくれれば、推測はシヒスムンドたちでもできる。
「いくつか注意事項を伝える。犯人は侍女殺害の手腕からして手練れ。お前が嗅ぎまわっていると分かれば、危険だ。誰が犯人かもわからない以上、何人たりとも調査を気取られないようにしろ。愛妾、女官、侍女全員だ」
殺害されたシュザンヌの侍女は、抵抗した様子もなく一撃で仕留められていた。敵が素人なら侍女の方に防御の痕跡が残る。
「俺と陛下は、後宮の中を密かに調べることはできんが、外のことであれば十分に手が回る。何か調べたければ相談しろ。中のことでも、答えられる場合もある」
メルセデスはうなずく。
「気づいたことや、気がかりなことは、全て俺に報告しろ。確信がなくても構わん。三日毎に報告を受けに来る」
「かしこまりました。時間はもう少し早くても問題ありません。侍女の皆さんには、食事と入浴が済めば、翌朝まで帰っていただいておりますので」
「わかった。それから期限は次の犠牲者が出るまでだが、標的として最もその可能性が高いのは陛下だ。次の愛妾を迎え入れた時の顔合わせを、一旦目途にしろ。もしその時に犯人が見つかっていなければ、細心の注意を払って陛下の後宮入りを護衛するが、俺にも絶対はない」
犯人の真の標的がダビドで、万が一、彼を守り切れなければ、二人の大陸統一の野望はそこで終わりだ。
「心して臨みます」
メルセデスは真剣な様子で頷いた。
1
お気に入りに追加
150
あなたにおすすめの小説
男装騎士はエリート騎士団長から離れられません!
Canaan
恋愛
女性騎士で伯爵令嬢のテレサは配置換えで騎士団長となった陰険エリート魔術師・エリオットに反発心を抱いていた。剣で戦わない団長なんてありえない! そんなテレサだったが、ある日、魔法薬の事故でエリオットから一定以上の距離をとろうとすると、淫らな気分に襲われる体質になってしまい!? 目の前で発情する彼女を見たエリオットは仕方なく『治療』をはじめるが、男だと思い込んでいたテレサが女性だと気が付き……。インテリ騎士の硬い指先が、火照った肌を滑る。誰にも触れられたことのない場所を優しくほぐされると、身体はとろとろに蕩けてしまって――。二十四時間離れられない二人の恋の行く末は?

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
黒の神官と夜のお世話役
苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる