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人間編
29:調査開始
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「先日は、取り乱してしまい申し訳ございませんでした」
秘密の通路を開いたシヒスムンドを出迎えたのは、深々と頭を下げるメルセデスであった。
三日前、シヒスムンドは錯乱するメルセデスを昏倒させた。それにより、次の来訪の約束ができなかったため、仕方がないので前回と同様三日空けて深夜に足を運んでみた。すると、メルセデスもそれを待っていたのか、彼女は扉が開いたときにはそこにいた。
ダビドに諭されて少し頭が冷え、どうやって機嫌を取るべきかと悩みつつの来訪だった。まさか出合い頭に謝罪を受けるとは思っておらず、落ち着いた彼女の反応に逆に面食らってしまう。
「いや……。顔を上げろ」
姿勢を正したメルセデスはどこかやつれて見えた。ベッドを見ると寝ていた痕跡がある。先ほどまで横になっていたのだろう。
丁度今晩、後宮の内通者からの報告書が来ていた。その中にメルセデスに関する記述が含まれており、彼女が前回の訪問の翌日から熱を出して臥せっていることは知っていた。
「具合が悪いと聞いた。快復した後に話しに来るつもりだったが、前回は次の訪問の日時を決められなかった」
日中は侍女に見つかるおそれがあるので、必然的に来訪は深夜に限られる。明確に約束をしていなければ、メルセデスは普通に寝ている時間だろうし、初回のように眠っているところを起こすのは寝覚めが悪いはず。だから、メルセデスの具合は悪いかもしれないが、来訪を想定していると信じてまた三日後の深夜に訪れた。
「もう日中で熱は下がりました」
メルセデスは話しながら、以前扉の押さえに使っていた椅子を抱えてきた。
次回の約束をして今日はすぐ帰るつもりだったが、メルセデスが構わないようなので、話をして帰ることに決める。シヒスムンドは椅子を受け取って扉の前に置いた。
シヒスムンドがソファへ腰かけると、メルセデスも続いて正面のソファへ腰を下ろした。
「寝たままでも構わんが」
ベッドを指してそう言うと、メルセデスは首を横に振る。
「このままで結構です。もう十分休みました」
確かに、やつれては見えるが座った姿勢に無理をしている様子はない。
「皇帝陛下にお伝えください。侍女殺害の調査の件、お引き受けいたします」
望んでいた言葉にシヒスムンドは内心ほっとしたが、それはおくびにも出さないようにした。
「そうか。伝えよう。陛下は約束を守るお方だ。お前が新たな犠牲の出る前に事件を解決してみせれば、必ず過ごしやすい新天地を用意してくださるだろう」
「はい。ただ、私だけで調べるには限界がありますし、以前申し上げたように私は頭がよいわけではありません。私は不審な情報をできるだけ持ち帰りますが、どうかご助力をお願いいたします」
「無論だ」
ダビドとシヒスムンドが調査においての障害と考えているのは、男子禁制である後宮内へ情報を取りに行けないことだ。
内通者はその主観で出来事の報告をしてくれているが、彼女は多くの情報を集めやすい一方で、密かに調査をするには向かない目立つ人物だ。そのため、刺客に気づかれ殺害される可能性が高く、任せられない。それに、信頼できる人物ではあるが、事件当時後宮にいた女である以上、容疑者の一人でもある。
メルセデスに期待しているのは、確実に犯人ではないという信頼と、誰にも気取られないよう事件に関する情報を集めることに尽きる。それさえやってくれれば、推測はシヒスムンドたちでもできる。
「いくつか注意事項を伝える。犯人は侍女殺害の手腕からして手練れ。お前が嗅ぎまわっていると分かれば、危険だ。誰が犯人かもわからない以上、何人たりとも調査を気取られないようにしろ。愛妾、女官、侍女全員だ」
殺害されたシュザンヌの侍女は、抵抗した様子もなく一撃で仕留められていた。敵が素人なら侍女の方に防御の痕跡が残る。
「俺と陛下は、後宮の中を密かに調べることはできんが、外のことであれば十分に手が回る。何か調べたければ相談しろ。中のことでも、答えられる場合もある」
メルセデスはうなずく。
「気づいたことや、気がかりなことは、全て俺に報告しろ。確信がなくても構わん。三日毎に報告を受けに来る」
「かしこまりました。時間はもう少し早くても問題ありません。侍女の皆さんには、食事と入浴が済めば、翌朝まで帰っていただいておりますので」
「わかった。それから期限は次の犠牲者が出るまでだが、標的として最もその可能性が高いのは陛下だ。次の愛妾を迎え入れた時の顔合わせを、一旦目途にしろ。もしその時に犯人が見つかっていなければ、細心の注意を払って陛下の後宮入りを護衛するが、俺にも絶対はない」
犯人の真の標的がダビドで、万が一、彼を守り切れなければ、二人の大陸統一の野望はそこで終わりだ。
「心して臨みます」
メルセデスは真剣な様子で頷いた。
秘密の通路を開いたシヒスムンドを出迎えたのは、深々と頭を下げるメルセデスであった。
三日前、シヒスムンドは錯乱するメルセデスを昏倒させた。それにより、次の来訪の約束ができなかったため、仕方がないので前回と同様三日空けて深夜に足を運んでみた。すると、メルセデスもそれを待っていたのか、彼女は扉が開いたときにはそこにいた。
ダビドに諭されて少し頭が冷え、どうやって機嫌を取るべきかと悩みつつの来訪だった。まさか出合い頭に謝罪を受けるとは思っておらず、落ち着いた彼女の反応に逆に面食らってしまう。
「いや……。顔を上げろ」
姿勢を正したメルセデスはどこかやつれて見えた。ベッドを見ると寝ていた痕跡がある。先ほどまで横になっていたのだろう。
丁度今晩、後宮の内通者からの報告書が来ていた。その中にメルセデスに関する記述が含まれており、彼女が前回の訪問の翌日から熱を出して臥せっていることは知っていた。
「具合が悪いと聞いた。快復した後に話しに来るつもりだったが、前回は次の訪問の日時を決められなかった」
日中は侍女に見つかるおそれがあるので、必然的に来訪は深夜に限られる。明確に約束をしていなければ、メルセデスは普通に寝ている時間だろうし、初回のように眠っているところを起こすのは寝覚めが悪いはず。だから、メルセデスの具合は悪いかもしれないが、来訪を想定していると信じてまた三日後の深夜に訪れた。
「もう日中で熱は下がりました」
メルセデスは話しながら、以前扉の押さえに使っていた椅子を抱えてきた。
次回の約束をして今日はすぐ帰るつもりだったが、メルセデスが構わないようなので、話をして帰ることに決める。シヒスムンドは椅子を受け取って扉の前に置いた。
シヒスムンドがソファへ腰かけると、メルセデスも続いて正面のソファへ腰を下ろした。
「寝たままでも構わんが」
ベッドを指してそう言うと、メルセデスは首を横に振る。
「このままで結構です。もう十分休みました」
確かに、やつれては見えるが座った姿勢に無理をしている様子はない。
「皇帝陛下にお伝えください。侍女殺害の調査の件、お引き受けいたします」
望んでいた言葉にシヒスムンドは内心ほっとしたが、それはおくびにも出さないようにした。
「そうか。伝えよう。陛下は約束を守るお方だ。お前が新たな犠牲の出る前に事件を解決してみせれば、必ず過ごしやすい新天地を用意してくださるだろう」
「はい。ただ、私だけで調べるには限界がありますし、以前申し上げたように私は頭がよいわけではありません。私は不審な情報をできるだけ持ち帰りますが、どうかご助力をお願いいたします」
「無論だ」
ダビドとシヒスムンドが調査においての障害と考えているのは、男子禁制である後宮内へ情報を取りに行けないことだ。
内通者はその主観で出来事の報告をしてくれているが、彼女は多くの情報を集めやすい一方で、密かに調査をするには向かない目立つ人物だ。そのため、刺客に気づかれ殺害される可能性が高く、任せられない。それに、信頼できる人物ではあるが、事件当時後宮にいた女である以上、容疑者の一人でもある。
メルセデスに期待しているのは、確実に犯人ではないという信頼と、誰にも気取られないよう事件に関する情報を集めることに尽きる。それさえやってくれれば、推測はシヒスムンドたちでもできる。
「いくつか注意事項を伝える。犯人は侍女殺害の手腕からして手練れ。お前が嗅ぎまわっていると分かれば、危険だ。誰が犯人かもわからない以上、何人たりとも調査を気取られないようにしろ。愛妾、女官、侍女全員だ」
殺害されたシュザンヌの侍女は、抵抗した様子もなく一撃で仕留められていた。敵が素人なら侍女の方に防御の痕跡が残る。
「俺と陛下は、後宮の中を密かに調べることはできんが、外のことであれば十分に手が回る。何か調べたければ相談しろ。中のことでも、答えられる場合もある」
メルセデスはうなずく。
「気づいたことや、気がかりなことは、全て俺に報告しろ。確信がなくても構わん。三日毎に報告を受けに来る」
「かしこまりました。時間はもう少し早くても問題ありません。侍女の皆さんには、食事と入浴が済めば、翌朝まで帰っていただいておりますので」
「わかった。それから期限は次の犠牲者が出るまでだが、標的として最もその可能性が高いのは陛下だ。次の愛妾を迎え入れた時の顔合わせを、一旦目途にしろ。もしその時に犯人が見つかっていなければ、細心の注意を払って陛下の後宮入りを護衛するが、俺にも絶対はない」
犯人の真の標的がダビドで、万が一、彼を守り切れなければ、二人の大陸統一の野望はそこで終わりだ。
「心して臨みます」
メルセデスは真剣な様子で頷いた。
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