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魔女編
6:後宮とは
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後宮へ来て五日目の朝、女官はメルセデスに今日の予定を変更する提案をした。事前に休息日として設定されていたのは、昨日までだ。
「お迎えした初日よりお顔の色は良くなられました。とはいえ、まだ食が細いままで、ふらつかれることがあると聞き及んでおります。まだ本調子ではないのでしょう。ご予定を調整いたします」
女官は侍女たちほど愛想がよいわけではないが、メルセデスの具合を読み取り、配慮をしてくれているようだ。
「その、予定といいますと……」
「はい。後宮へいらしたレディの皆様方には、後宮の仕組みをはじめとした、帝国のことを学んでいただきます。そのための時間のことにございます」
メルセデスに、後宮で暮らす実感はまだなかった。
愛妾が一般的にどういう存在なのかは想像がつく。だが、自分にその役目が課されることはないと、確信と言っていいほどの自信があった。期待されているのは、憎悪の的としての役目だけ。これが上手くいかなければ、今度こそ殺されるかもしれない。
真剣に準備をする必要があると判断したメルセデスは、女官の提案を断ることにした。
「当初の予定通りに過ごさせてください。食事は、祖国にいた頃よりたくさんいただいております。足が覚束なく見えるのは、手枷の重さに慣れないだけです。ずっと部屋にこもって休んでばかりなので、何かさせてください」
女官は逡巡したが、メルセデスの言う通りにと礼をする。
「かしこまりました。では、これからわたくしから後宮についてご説明差し上げます」
「まず、後宮の掟は、慣習ではなく、帝国の法により定められたものです。後宮は帝国の国政のための一機関として存在し、その在り方について罰則規定を伴う法律が制定されております」
後継者を確保することも国政の重要な課題だ。皇帝の血を確実に残せるように、後宮には法に基づいた掟が存在する。
一つ、後宮の外で適用される法は、後宮内にも適用される。
一つ、原則として皇帝以外の男は立ち入れない。
一つ、姦通は双方死罪。
一つ、皇后並びに側妃は、後宮に居室を構える。等々。
「皇后と側妃というのは……?」
「はい。レディの祖国は等しく一夫一妻制とのことですが、わが国の場合、皇帝陛下のみが一夫多妻を認められております」
女官は説明を続ける。
正式な妻が皇后、それ以外の妻は側妃という役職になる。必ずしも一番目の妻が皇后ではなく、一番目の妻を側妃として迎える場合もある。皇后とするのは子供の有無に関係なく、国外からの賓客の応対をさせる場合もあるため、帝国内に強力な基盤のある貴族出身の娘が据えられることが多い。側妃に役職としての序列はない。妃以外で、かつ侍女や女官ではない、皇帝の後継者を産むために後宮へ加えられた女性たちには、役職としての呼称はない。妻でもなく、与えられた役目もないためである。一般的には愛妾と呼ばれるが、正式ではない。
「いわば、皇帝陛下に認められて後宮へ招かれた高貴なお客様ですので、私ども女官や侍女がお世話をさせていただくのです」
「今、お妃さまは何名いらっしゃるのですか」
「一人もいらっしゃいません。後宮に現在おられるのは、全員があなた様と同じお立場のレディです」
どうやら、女官と侍女の使うレディという呼称は、愛妾たちには『皇后陛下』や『妃殿下』といった正式な呼称が存在しないため、便宜上使用している敬称のようだ。実家の爵位や貴族であるか否かにはかかわらず、そうなっているのだという。後宮に入る前の地位から分離されるということなのかもしれない。
女官によると、先帝の代の後宮には、皇后はもちろん、側妃も大勢いたそうだが、合計の人数でいえば今と変わらないらしい。法的に妻であるか否かの違いだけのようだ。
「お世話のために十分な予算も組まれております。何か必要なものや欲しいものがあればお申し付けください。装飾品でも問題ございません」
着飾って皇帝の目を引けば、後継者確保に繋がる、ということだろう。
そのほか女官からは、後宮内にある施設等の説明を受けて、午前中が終わった。
「午後からは、帝国式の所作などの授業がございます。外部の講師ではなく、レディと同じく後宮の方がその役目を買って出てくださっています」
「お迎えした初日よりお顔の色は良くなられました。とはいえ、まだ食が細いままで、ふらつかれることがあると聞き及んでおります。まだ本調子ではないのでしょう。ご予定を調整いたします」
女官は侍女たちほど愛想がよいわけではないが、メルセデスの具合を読み取り、配慮をしてくれているようだ。
「その、予定といいますと……」
「はい。後宮へいらしたレディの皆様方には、後宮の仕組みをはじめとした、帝国のことを学んでいただきます。そのための時間のことにございます」
メルセデスに、後宮で暮らす実感はまだなかった。
愛妾が一般的にどういう存在なのかは想像がつく。だが、自分にその役目が課されることはないと、確信と言っていいほどの自信があった。期待されているのは、憎悪の的としての役目だけ。これが上手くいかなければ、今度こそ殺されるかもしれない。
真剣に準備をする必要があると判断したメルセデスは、女官の提案を断ることにした。
「当初の予定通りに過ごさせてください。食事は、祖国にいた頃よりたくさんいただいております。足が覚束なく見えるのは、手枷の重さに慣れないだけです。ずっと部屋にこもって休んでばかりなので、何かさせてください」
女官は逡巡したが、メルセデスの言う通りにと礼をする。
「かしこまりました。では、これからわたくしから後宮についてご説明差し上げます」
「まず、後宮の掟は、慣習ではなく、帝国の法により定められたものです。後宮は帝国の国政のための一機関として存在し、その在り方について罰則規定を伴う法律が制定されております」
後継者を確保することも国政の重要な課題だ。皇帝の血を確実に残せるように、後宮には法に基づいた掟が存在する。
一つ、後宮の外で適用される法は、後宮内にも適用される。
一つ、原則として皇帝以外の男は立ち入れない。
一つ、姦通は双方死罪。
一つ、皇后並びに側妃は、後宮に居室を構える。等々。
「皇后と側妃というのは……?」
「はい。レディの祖国は等しく一夫一妻制とのことですが、わが国の場合、皇帝陛下のみが一夫多妻を認められております」
女官は説明を続ける。
正式な妻が皇后、それ以外の妻は側妃という役職になる。必ずしも一番目の妻が皇后ではなく、一番目の妻を側妃として迎える場合もある。皇后とするのは子供の有無に関係なく、国外からの賓客の応対をさせる場合もあるため、帝国内に強力な基盤のある貴族出身の娘が据えられることが多い。側妃に役職としての序列はない。妃以外で、かつ侍女や女官ではない、皇帝の後継者を産むために後宮へ加えられた女性たちには、役職としての呼称はない。妻でもなく、与えられた役目もないためである。一般的には愛妾と呼ばれるが、正式ではない。
「いわば、皇帝陛下に認められて後宮へ招かれた高貴なお客様ですので、私ども女官や侍女がお世話をさせていただくのです」
「今、お妃さまは何名いらっしゃるのですか」
「一人もいらっしゃいません。後宮に現在おられるのは、全員があなた様と同じお立場のレディです」
どうやら、女官と侍女の使うレディという呼称は、愛妾たちには『皇后陛下』や『妃殿下』といった正式な呼称が存在しないため、便宜上使用している敬称のようだ。実家の爵位や貴族であるか否かにはかかわらず、そうなっているのだという。後宮に入る前の地位から分離されるということなのかもしれない。
女官によると、先帝の代の後宮には、皇后はもちろん、側妃も大勢いたそうだが、合計の人数でいえば今と変わらないらしい。法的に妻であるか否かの違いだけのようだ。
「お世話のために十分な予算も組まれております。何か必要なものや欲しいものがあればお申し付けください。装飾品でも問題ございません」
着飾って皇帝の目を引けば、後継者確保に繋がる、ということだろう。
そのほか女官からは、後宮内にある施設等の説明を受けて、午前中が終わった。
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