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巣ごもりオメガと運命の騎妃
19.悲報
しおりを挟むドマルサーニでの滞在も六日目となった今朝、ミシュアルは上機嫌だった。
昨日はやっと会議の終わったイズディハールと一緒に布市場を訪れ、それから広場に設置された噴水も見に行った。
他の来賓たちはすでに帰ったので夜に宴が開かれることもなく、ふたりで果実や干し肉を肴に酒を酌み交わし、それからなだれるように寝台にもぐりこんだ。さすがに招かれて訪れた他国でことに及ぶことはできないので、イズディハールをなだめつつ、何度もキスをしたりじゃれあったりして眠りについた。それだけでも幸せだったのに、幼い頃の自分たちが一緒に本を読んでいる夢まで見て、これ以上ないほどミシュアルは朝から幸福感に包まれていた。
「機嫌がいいな、ミシュアル。歌でも歌いだしそうだ」
「うっ、歌わないです。でも……昨日が楽しくて」
実際のところ、日課の鍛錬に励んでいた時にうっかり鼻歌など歌ってしまったが、聞こえていなかったはずだ。
さっと顔が赤くなるのを感じながら、それでも自分の上機嫌の理由を言うと、イズディハールも嬉しそうに破顔してくれた。
「私も昨日は楽しかった。あれほど一緒に街をまわったことなど、今までもそうなかったからな」
「はい、ナハルベルカでもなかなか……。でも、ああやって街をまわるのはいいことですね。俺も城下育ちですが、隅々まで歩き回ったわけではないので、自分で見て感じることは大切だと思いました」
「見聞を広めるには、自分の目と耳で使うのが一番だからな。ナハルベルカに戻ったら、昨日のように一緒に城下を見てまわろう。お前の視点から得られるものを知りたい」
「はい」
昨日の一日だけでも幸せでたまらなかったのに、ナハルベルカに帰ってからの楽しみまでできた。なんていい日だろうと思いながらイズディハールと揃って朝餉を終えたミシュアルは、これから会議の打ち合わせだという彼を見送り、自分も出かける準備を始めた。
明日にはドマルサーニを発つが、その前に見ておきたいものがあったのだ。
時間を確認し、急いで身支度を整えたミシュアルは、腰帯に金細工の飾りをつけたところで、少し考えた。
今日行く場所は神殿だ。近く巡香会が行われるというので、神殿を見学したいとサリムに頼んでいたのだ。
神殿と言えば静謐で神聖な場所だ。華美なもので飾り立てて行くべきではないだろうと考えて、ミシュアルは金細工を取り外した。
髪は三つ編みにしてまとめたし、服も白と深い青を基調にした落ち着いたものにした。飾りがまったくないのも失礼かと、イズディハールからもらった銀の細い腕環だけをひとつつけたミシュアルは、サリムを待った。しかしやがて立ち上がった。
時間になったというのに、サリムが来ないのだ。
「すみません、今って……」
世話係にとあてがわれた青年に問いかけても、やはり約束の時間を過ぎている。
なにかあったのだろうかと不安になるが、ここはドマルサーニ皇宮の中だ。来ないからと言ってうろうろとサリムを探し回っていい場所ではない。
どうしようかとおろおろと部屋の中を歩き回っていたミシュアルは、不意に開かれた扉にはじかれたように振り返った。そこには、息を切らしたイズディハールが立っていた。
「ミシュアル、今日のサリム殿との神殿見学は中止だ。……シラージュ帝が、身罷られた」
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ウンウンとりあえず、旦那さんにまず相談するところから始めようね~
ミシュの悪いところは、黙り込んで背中を丸める癖だからね~
ちょっとずつ頑張ってねぇ\(*⌒0⌒)♪
まだ及び腰気味ですが、ちょっとずつ成長していくミシュアル。今作でどれくらい頑張れるようになるか、最後まで見守っていただけると嬉しいです!
コメントありがとうございました!
ミシュアルの新しい話を、楽しみに待ってました!続きがあるの、嬉しいです
前作が完結してから時間が空いてしまいましたが、また新たな彼の物語をお届けできそうで、作者の私自身も嬉しい次第です。
最後まで楽しんでいただけるように頑張ります!
コメントありがとうございました!
好きで何度も読み返してたのがいきなり書籍化され、思うように読めなくて残念。
ストーリー性と濡れのバランスが良くて、下品にならず、とても満足して読ませて頂いておりました。ある意味ストーリーはこうなるんだよねって思うところですが、その安心感がとても良いと思います。
で、つい買ってしました。
イラストの力って凄いですね、ミシュアルがもっとゴリゴリなイメージだったのすが、スッンと馴染みました。私の想像だけで読むとちょっとゴツい絡みも、イラストが着くだけで濡場になるんだと目から鱗でした。
次作も楽しみにしております♡
嬉しいお言葉、本当にありがとうございます!
きっと皆わかるだろうけど、それまでのもだもだを楽しんでほしいな、あとオメガならではの苦悩を描きたいなと思って書き始めたお話だったので、いただいたコメントのお言葉がとても嬉しいです。
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感想ありがとうございました!