33 / 39
巣ごもりオメガと運命の騎妃
14.運命制度
しおりを挟むざわざわと鳴りやまない人々の喧噪と、広場の隅に控えた楽団の奏でるささやかな音色が、夜空に吸い込まれていく。それらは混ざりあってひとつのまとまった音になってミシュアルの耳を騒がせたが、サリムの声は静かに響いた。
「ドマルサーニの運命制度を知っていますか?」
「運命制度? いいえ……」
サリムたちがナハルベルカへ来る前にドマルサーニのことは多少勉強したつもりだが、それらは主に風土や政治や歴史、それから忌避される行為などだ。
頭に叩き込んだ知識の中にあったものではないとミシュアルが首を振ると、サリムは丁寧に教えてくれた。
「ドマルサーニでは、アルファとオメガには運命のつがいがいると信じられています。運命のつがいについては?」
「聞いたことはあります。でも、噂程度で……」
ミシュアルも、運命のつがいという話は聞いたことがある。生まれた時から相手が決まっているだとか、出会ったらすぐに相手がわかるだとかの眉唾ものの話ばかりで、ナハルベルカではまだ性徴が決まる前後の子どもが信じるような夢物語として知られていた。
しかし、ドマルサーニでは子どもどころか王侯貴族に浸透したひとつの信仰であるとサリムは言った。
「ドマルサーニでは二ヶ月に一度、巡香会という出会いの場が開かれます。私も、巡香会で殿下と出会いました」
「皇太子も参加するような会なんですか?」
「はい。もともとは皇帝や皇太子の運命のつがいを探すための場なんです。運命のつがいを得ることは、希少な相手を傍に置くことができる権力や財、地位などを持っていると民に示すためのものでもあります。ドマルサーニでは、つがいを得た皇帝の代は栄えるとも言われているので」
「そんな意味があるんですね……」
ナハルベルカとドマルサーニは国同士の仲が良いが、文化までは同じではない。国をふたつ隔てただけでもこんなにも違うのかと、今更ながらミシュアルは異国に来たのだと思い知った。
「なので、皇帝や皇太子はつがいを得るまで毎回巡香会に参加するのがしきたりです。それにやがて貴族が参加するようになり、民たちも加わって、今のようにアルファとオメガのための、開かれた出会いの場になりました」
サリムは、運命のつがいを得られることは珍しく、普通に恋愛やなんらかの理由でつがいになった相手と結婚することがほとんどだと言った。
しかし、出会うことが難しい相手を得られるという希少性や、運命のつがいを得ることができたオメガからはより優秀なアルファが生まれやすいという言い伝えにより、皇帝の一族はアルファが生まれれば必ず運命のつがいとなるオメガを探すことが恒例となっており、それが巡香会という集いの始まりだった。
「運命のつがいとの婚姻は特別です。普通の婚姻とは別と考えられ、つがいの他に結婚相手がいても許されるんです。だから、殿下が他に妃を娶ることはおかしいことではないんです」
そう言うサリムの横顔は、ハイダルに向けられている。ミシュアルよりもだいぶ低いが、凛と背を伸ばしたその姿は、妃というよりは騎士として控えているように見えた。
しかし、それでもサリムは皇太子妃だ。ミシュアルもいつかその位置に立つことを思えば、もし自分ならどう感じただろうと考えるだけでも胸が苦しくなった。
「……ですが、それでは……」
ただアルファの名誉のためにつがうようなものではないか――そう言いかけた言葉を、ミシュアルは声にする前に飲み込んだ。
ミシュアルにそのつもりがなくとも、この言葉はサリムを傷つけてしまう。そう思ったからだ。
しかしサリムにはその言葉の続きがわかったようで、細い首がゆるく一度振られ、唇が綺麗に微笑みの形になった。
「悪いことばかりではありません。巡香会で運命のつがいに出会えなくても、オメガにはアルファと出会う機会が与えられます。上手くいけば玉の輿も狙えるんですよ」
真面目な彼にしては珍しく、ふふと笑いながらサリムは茶化すように言ったが、ミシュアルは続いた言葉に笑い返すことができなかった。
「その最たるものが私です。私は幼い頃親に捨てられて、神殿で育ちました。そのうえオメガで……でも、オメガだったから巡香会に出られて、本来なら目の前に立つこともなかったはずの殿下のつがいになりました。それからずっと育てていただきました。これ以上を望むのは……きっと、悪いことです」
そう言って、サリムは微笑んだ。
唇が閉ざされ、静かな声は聞こえなくなる。代わって楽団の奏でる流麗な調べと周囲の喧噪がミシュアルの耳に入ってきたが、まるで自戒するような言葉に滲んだ悲しげな響きは、かき消えることなくミシュアルの耳にいつまでも響いていた。
153
お気に入りに追加
1,694
あなたにおすすめの小説
振られた腹いせに別の男と付き合ったらそいつに本気になってしまった話
雨宮里玖
BL
「好きな人が出来たから別れたい」と恋人の翔に突然言われてしまった諒平。
諒平は別れたくないと引き止めようとするが翔は諒平に最初で最後のキスをした後、去ってしまった。
実は翔には諒平に隠している事実があり——。
諒平(20)攻め。大学生。
翔(20) 受け。大学生。
慶介(21)翔と同じサークルの友人。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした
雨宮里玖
BL
《あらすじ》
昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。
その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。
その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。
早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。
乃木(18)普通の高校三年生。
波田野(17)早坂の友人。
蓑島(17)早坂の友人。
石井(18)乃木の友人。
身代わり閨係は王太子殿下に寵愛される
雨宮里玖
BL
僕なんかが好きになっちゃいけない相手なんだから……。
伯爵令息の身代わりになって王太子殿下の閨《ねや》の練習相手になることになった平民のラルス。伯爵令息から服を借りて貴族になりきり、連れて行かれたのは王太子殿下の寝所だ。
侍女に「閨事をしたからといって殿下に恋心を抱きませんように」と注意を受け、ラルスは寝所で王太子殿下を待つ——。
アルファの王太子×厩係の平民オメガ
孕めないオメガでもいいですか?
月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから……
オメガバース作品です。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
【完結】悪役令息の従者に転職しました
*
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
本編完結しました!
時々おまけのお話を更新しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。