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巣ごもりオメガと運命の騎妃
4.王宮の朝と来訪者の報せ
しおりを挟むナハルベルカ王宮の朝は今日も穏やかだった。
ミシュアルはいつもどおり目覚めてすぐ鍛錬に行き、軽く入浴をした後に、イズディハールと一緒に朝食をとっていた。
円卓に並んだ皿にはみずみずしいフルーツや焼き立てのパンが盛られている。馥郁とした香りを漂わせる茶を淹れてもらいながら、ミシュアルはパンをちぎっていた。
朝食時、二人は互いに今日の予定を教えあうことにしている。
後宮が解体されたいま、ミシュアルの一日はほとんど王伴となるための勉強と鍛錬に充てられている。たまにラナが遊びに来たり実家に顔を出したりするために外出したりもするが、宮殿から出ることはあまりない。
反してイズディハールは多忙だ。会議のために王宮中を移動して回り、視察のために街に下り、時節の儀式があれば神殿にあがる。ミシュアルが王宮に来てからは国の外へ出ることもないが、他国からの客人があれば宴が開かれ、その主催として立ちまわることもあった。
今日も会議で午前中は西の宮殿に詰め、午後は建設中の屋内市場へ視察へ行ったあとに執務につくというイズディハールは、そうだと思い出したように口を開いた。
「昨日、ドマルサーニから親書が届いた。ハイダル皇太子は知っているか?」
「はい。お名前だけですが」
ミシュアルも将軍を輩出する名家の生まれだ。国外のことも多少は頭に入っているし、今は次期王伴として勉強もしている。話にあがったドマルサーニのことも、もちろん知っていた。
ドマルサーニ皇国は近隣をまとめ上げる同盟国の中でもナハルベルカと並んで二強とされている大国だ。二国の間には大きな砂丘といくつかの小国があるが、交流は数代前から続いており、長年の友好国でもあった。
(確か現皇帝、シラージュ様の孫にあたる方だったよな……)
皇太子についてはイズディハールと年齢が近かったはずと記憶しているが、会ったことはない。ドマルサーニという国についてはいくらか知識もあったが、皇太子の人柄や顔までは知らなかった。
「今度、ハイダル皇太子がシラージュ皇帝の代理として二国間協議のために来訪する。その時、皇太子妃も連れてくるらしい。滞在中は気にかけてやってくれないか」
「皇太子妃……」
パンを手にしたまま、ミシュアルはぽかんと口を開けた。
自慢にもならないが、人見知りには自信がある。昔から、初対面の人間に会う時はいつも兄姉や両親、従姉であるラナの後ろに隠れていた。
大人になった今はさすがに自分を奮い立たせて人並みに挨拶をしたりはするが、仲良くなるには時間がかかる。ましてや、さまざまな配慮が必要となってくるであろう他国の皇太子妃など、どう扱えばいいか見当もつかない。
早くも緊張して口を引き結んだミシュアルだったが、イズディハールは愉快そうに目を細めた。
「そう構えなくていい。皇太子妃は私も一度会っているが、物静かで……お前と同じ、男性のオメガだ」
日程は決まり次第伝えるとイズディハールは言ってくれたが、ミシュアルの耳にはもう聞こえていない。
ちぎりかけのパンを持ったまま、考え込む癖のあるミシュアルの頭は早くも回転を始めている。
男性のオメガで、妃。
兵士や護衛としてイズディハールの隣に立ちたかったという夢を、時間をかけて薄めていこうと自分を慰めたばかりだ。それなのに、周囲からはこうあれと求められているであろう未来の自分に一番近い地位の人間がやってくる。
そんな相手を、どう歓待すべきか。どう見ればいいのか。なにかもがわからない。
朝議の時間が迫るからと先に席を立ったイズディハールがこめかみにキスをくれたが、ミシュアルは、はい、はい、と力なく答えることしかできず、颯爽と出ていく背中を呆然と見送った。
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