花と娶らば

晦リリ

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 ふっと薄く開いた瞼に映ったのは、蒼く瞬く鱗と、黒く小さな双眸だった。
 それが一体何か理解するより先に、するりと遠ざかっていくのは、今しがた見た小さな蛟だ。水の中で泳ぐようにひらひらと体をくねらせてどこかへ行ってしまったのを見送りながら、芹は視線だけで辺りを見渡した。
 天井からは紗と几帳が下がっており、どうやらここは御帳台の中らしかった。几帳は巻き上げられて、紗の薄い布地だけが芹のいる空間を守っていたが、左側面の紗は上にまとめられており、そこから小さな蛟は逃げたようだった。
 ここは夢の中なのか、それとももう何百年か経ってしまったのか。
 まずは起き上がろうと僅かに体を動かそうとした芹は、そこでようやく、自分の左手が誰かに取られていると気付いた。
 首をひねると、そこには胡坐をかいた男がいた。芹の左手のひらを両手で掴んで項垂れている。眠っているのか、呼吸に合わせて微かに上下していた。
(……蘇芳だ)
 頬の肉が少し削がれて元々の精悍な顔立ちに野性的なものが混じってはいたが、芹の手を握りながら座ったまま眠っているのは、蘇芳だった。
 まだ夢の中ではないのかと思った矢先、ぱたぱたと足音が近付いてきた。
「どうしたんだよ、なに、引っ張らないで青玻」
 困惑気味の声とともに芹のいる場所からでも見える廊下に姿を現したのは、千茅だった。その袖を先ほどの小さな蛟が噛んで引っ張っており、芹のいる御帳台の近くまで来ると、ようやく口を離した。
「もう、皺になっちゃったよ。蘇芳は休んでるんだから、邪魔しちゃ……」
 そこまで言いかけた千茅と、芹の視線があった。
 まるでどんぐりのような眼が瞬きをして、それから青玻と呼ばれた小さな蛟を抱きこむと、くるりと踵を返してばたばたと駆けて行った。
「黒縒、黒縒!」
 夢だとしたら、随分と騒がしい。もしかしてそれほど時間は経っていないのではないだろうかと、蘇芳越しに庭に視線を向けかけた時だった。
 握られたままの左手にぎゅっと圧力がかかる。先ほどまで寝ていたとは思えないほどはっきりとした視線とぶつかった。
「芹、様」
 蘇芳の声は、こんなにも擦れていただろうか。それとも、あの儀式の時に聞こえた絶叫のせいで、こんな風になってしまったのだろうか。問いかけるより先に覆いかぶさってきた蘇芳の体が、腕が、芹を掻き抱く。
 それは、夢では感じ得ないはずの力強さだった。


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