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しおりを挟む目覚めたのは、離れの寝間ではなく、修復中の芹の部屋でもなく、蘇芳の部屋だった。
ぼんやりとまたたきをしながら、ひらひらと落ちてくる埃が光に当たってきらりきらりと輝くさまを、ああ綺麗だなと思った。
「芹様」
脇から声がした。
視線を向けるのが億劫で、ただただ埃を見ていた。
「…明後日、儀式が執り行われるそうです。明日は一日、大鳥居さえ越えなければどこへ行っても良いと」
芹が視線をあげないので、蘇芳の姿は見えない。けれど、声は苦しげな響きをしていた。
さっきまで眠っていたのに、またひどく眠くなってきた。けれど、相槌を打たなければと、薄く口を開いた。
「……そう」
それが精いっぱいで、芹の意識はまた暗闇に飲み込まれた。
眠っていたはずの意識が覚醒したのがいつか、芹にはわからなかった。
目は閉じたまま、ぼんやりと考えていた。
永久の眠りとは、どんなものなんだろう。
死ぬことはないと、黒縒は言っていた。きっといつかは目覚める。
けれどその間、芹はなにひとつ出来ない。ただただ神気を放出し続けるだけの人形になる。
蘇芳に会うことは出来ないし、会いに来てくれても、芹は気付かない。そうやって、永遠のような時を過ごしていく。
(夢は、見るのかな)
夜に眠って朝に起きる。その間は、ほんの一瞬に感じられる。けれど、夢を見るのと見ないのとでは大きく違う。
夢を見るなら、どんな夢がいいかを懇々と考えた。
好きなだけの書物に囲まれて、ずっと読んでいたい。
広い草の原を、呼吸が苦しくなるまで駆け回ってみたい。
水面の美しい湖で、魚のようにすいすいと軽やかに泳いでみたい。
食べたこともないような美味を、お腹いっぱいになるまで食べてみたい。
やわらかな被毛の猫を抱いて、うとうとと微睡みたい。
穂摘とたくさん話がしたい。もちろんその時は、志郎も紹介して欲しい。芹に懐いてくれる小さな子どもたちとも遊びたい。
今はもう会えない両親や兄弟、出来るならば夭逝した母さちにも会いたい。
考えうる限りの希望を並べ立て、芹はなんだか可笑しくなってきた。
恫喝のように黒縒に怒鳴られたときはなにも浮かんでこなかったのに、今はこんなにも望みがある。なぜあの時は、出てこなかったのだろう。
どこか楽しくなってきた芹の脳裏には、まるで泉のように願いが湧き出てくる。それらは今まで押さえつけられてきた自由への憧れだった。
鳥のように空を飛んでみたい。市で甘味を食べ歩きたい。船に乗って海を渡ってみたい。綺麗な絵草紙を所狭しと張り巡らせて、気が済むまで鑑賞したい。前に通りすがった市で見かけた機織りの様子を、最初から最後まで眺めていたい。
いくつもいくつも浮かんでは消えていくものは、見たい夢から、やりたい事へと変わっていく。
けれど、山のように並べ立てた望みをつらつらと考えて、芹は泣きたい気持ちでいっぱいになっていた。
色々なところへ行きたいし、遊びたいし、楽しみたいし、交流をしたい。けれど、そのどの光景にも、芹の隣には蘇芳がいた。
(隣がいいな)
願いはたくさんあるけれど、全てを叶えていたら、夢から覚めた時に、それほどの長い時間が過ぎていたのだと突きつけられるのは怖い気がした。
それに芹はもう、これだけでいいやと思えた。
(蘇芳の隣で眠る夢が見たいな)
抱き合っていなくていい。蘇芳の視線が、芹の知らない誰かを見ていていい。
蘇芳の背に頭を預けて、ただただ微睡む夢が見たい。
そんな幸せの中で、蘇芳と過ごした十五年を何度も何度も繰り返していこう。
隔離されたあの世界は不自由で不便でつらかったけれど、幸せだった。恋という想いも何も、知らなかったから。
眠ってるのか起きているのか、自分でもよくわからない意識のはざまで、微睡むなら縁側がいいなと思った。
離れなどとは言わない。この屋敷の芹の部屋の縁側でいい。
そこはとても日当たりのいい場所だから、芹の夢の中でさえ蘇芳が離れてどこかへ行ってしまっても、温もりがあると勘違いしたまま、果てない眠りに浸っていられる。
ただひとり、縁側で丸くなって寝そべる自分を想像する。
それはおかしくて、滑稽で、少し悲しい夢だった。
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