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しおりを挟む昼餉を終えたとある午後、読み終わった書物を重ねた芹は、書庫に行こうと思い立って部屋を出た。
いつもならば蘇芳が護衛として傍にいるが、今日は珍しく黒縒に呼ばれているだとかで席を外していた。
屋敷に来たばかりの頃ならいざ知らず、もう五の館は芹の庭のようなものだし、出入りするときに必ず通る一の館へも迷わず行ける。戻る時に厨に寄って、甘味など分けてもらえないか小豆洗いに聞いてみようかと思いながらぶらぶらと歩いていた芹は、見覚えのある人影を、中庭を挟んだ向かいの廊下に見つけた。
芹とは逆の方向へ向かうのは穂摘だ。そして、その横には長躯の男性がいた。顔をなにかで覆っているらしく、その容貌まではわからなかったが、彼は穂摘と寄り添って歩いている。
屋敷にいる妖ではなさそうだが、誰だろうかと思いながら目で追っていると、ふと穂摘の体が前につんのめった。
あっと思った時には、傍にいた男性の腕が穂摘の体を支えていた。幸いにも転ばずに済んだ穂摘だが、体は男に密着したままだ。よいしょと起こされた後も手を繋いでおり、なにか話したあと、穂摘はいつも持っている風呂敷の手提げを男性に渡した。あれには息子二人が収まる籐の籠が入っていて、穂摘はそれを大切にしていた。
息子の揺り籠である籐籠を渡すなんて、よほどの知り合いだろうかと首を傾げた芹だったが、すぐに思い当たった。
(あれが、志郎さんなのかな)
巨体の蝦蟇蛙が本性であるものの、人間の姿でいることが多いという志郎は、顔や体に痣が多いと聞く。穂摘は気にしていないが、本人はとても気にしているので外に出るときは覆いをかけていると言っていたのを思い出したのだ。
身長も随分と高いし、体躯もしっかりしている。間違いなく彼が志郎なのだと二人を見送った芹は、その姿が角に消えたあとも、そこに佇んでいた。
廊下を渡っていく二人は、寄り添っていた。遠目で表情は見えなかったが、穏やかな空気がそこにあった。
(いいなあ)
心に浮上したのは、そんな羨望だった。
それはひどく素直な気持ちで、純粋な気持ちだ。
互いに互いを想いあって、大切にして、ひとつの家族を作っている。それは当たり前の事でありながら、とても新しく鮮やかなもののように芹には見えた。
二人が消えていった廊下の曲がり角をぼんやりと見ながら、芹はふと、疑問を覚えた。
自分の抱える、蘇芳への恋というものは、どこへ行くのだろう。
穂摘は自分から志郎に想いを告げて、一緒になったと言っていた。その告白を受けて夫婦になったからには志郎も穂摘を好きなのだろうし、さっきの雰囲気を見ても、想いがないようには見えなかった。
それならば、互いに想いあっていれば、一緒になることが出来るのだろうか。
(俺の好きが蘇芳に届いたら?)
想像もつかない。
一緒にいると言っても、産まれた時から傍にいた。それがどう変わるのだろうか。
芹にはわからない。けれど、恋を理解した時からくすぶるような熱を抱えた胸には、また新しい悩みが芽生えた。
(蘇芳に、好きな人はいるんだろうか)
それは、離れにいたままでは思うこともなかった疑問だった。
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