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しおりを挟む目が覚めたのは、何か音がしたからだとか、瞼に光がかかったからだとか、そういうもののせいではなかった。
はっと目が覚めて、半ば開いていた口の端から零れかけていた涎を拭いつつのそりと体を起こした芹は、遠くからこちらへ向かう足音を聞きながら大きく欠伸を噛んだ。
扉のわずかな隙間から漏れる光は既に陽のものになっている。大して長く感じることもなかった夜が明けたのだ。
徐々に近づく足音は迷う様子もなくこちらへと近づいてくる。迎えに来てくれたのだという喜びに、たわむ口元が、長年連れ添ってくれる従者の名前を呼びかけたが、どうにか両手で押さえた芹は、扉が叩かれるのを今か今かと待った。
ざくざくと草を分け土を踏みながら寄ってくる足音は、やがて祠の前まで来た。ざりっと草鞋が石段を踏む音がして、扉が三度叩かれた。
「………白根草を、迎えに来た」
いつもの合言葉のあと、それを締めくくるようにもう三度扉が叩かれると、芹はすぐさま閂を外した。
厚い板を取り外すなり、まるでそれが見えていたように扉が左右に開いていく。
果たしてそこには、蘇芳が立っていた。
「おはようございます、芹様」
「おはよう、蘇芳」
いつもとなんら変わらない挨拶をして、一晩押し込められていた祠を出る。石段の上に立ってぐっと伸びをすると背中や肩がぱきぱきと鳴り、体の中にくぐもっていた何かがほぐれるようだった。
これで祠参りは終わりだ。それまで芹が入っていた祠に外から閂をかけると、蘇芳はしゃがみこんで背を向けた。
「どうぞ」
幼い頃はじゃれて背負ってもらったり、甘えて抱っこしてもらったこともあったが、さすがに八つの頃からはそういうこともなくなってきた。けれども祠参りを終えたある日、芹が山道で転んでからは背負って帰途につくようになった。
一晩中なにかしらが祠の周りを徘徊してはたまに恐ろしげな呻き声をあげるものだから、うるさくて一睡も出来ずに過ごした芹が帰りの道すがら転んだのだ。木の根につまづいたうえに、ぼうっとしていたせいで反射が遅れ、そのまま額をしたたか地面にぶつけた。幸いにも出血はしなかったが、痛々しい痣が出来てしまい、それから蘇芳は一晩なにも起きずに芹がぐっすり眠ったとしても、帰りは背負ってくれるようになった。
さすがに十歳を越えてからは恥ずかしくもあったが、嬉しさの方が勝るのも事実だ。三ヶ月に一度の祠参りの間、ひたすら我慢をする芹の、自分へあてたご褒美のようなものだった。
「……うん」
向けられた広い背に覆いかぶさると、下から回ってきた腕が脚を抱える。芹の腕が首に回ると、かけ声もなく蘇芳が立ち上がった。
昔のように小さな子供ではないのに、蘇芳は全く揺らぎもせずに山を下って行く。その背に全身でもたれながら、芹は安心しきって大きく欠伸を噛んだ。
ふわあと遠慮なく響いた間の抜けた声に蘇芳が笑った気配がして、思わず一層強くしがみついてしまいながら、芹は自分へのご褒美を満喫すべく、背にもたれて束の間のぬくもりに目を閉じた。
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