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本編
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しおりを挟む濃い闇の中、まるで天からの橋のように伸びてくる月光がまぶたにあたって目が覚めた穂摘は、半壊しかけた小屋のなかにいた。
重吉から逃れた穂摘だったが、行く当てがあるわけでもない。もとより交流のあった村人などほとんどおらず、重蔵と重吉を除いてしまえば、皆無だった。
村から出て宿をとることも考えたが、隣の村までは山を越えて行かなければならず、傾いた陽に赤く染まる山に踏み入ることははばかられた。結局村のはずれにあるぼろ小屋に入った穂摘が小屋の壁にかけられていた朽ちかけた蓑を敷いて眠ることになったのが、数刻前のことだった。
幸いにもしんしんと凍えるような冬ではない。少し寒いではあるが、腕を組んで体をぎゅっと縮めていれば、我慢できないほどでもない。
まだ月は中天を過ぎたばかりで、陽が昇るのはまだ数刻ありそうだと寝ぼけた頭で考えて寝返りを打った穂摘の背に、不意にがさりと音がぶつかった。
風か、それとも木の葉が落ちた音かと思いながらも緊張に体を固く強張らせていると、再度がさりと音がした。草を踏み分ける音は、明らかに誰何が近づく音だ。
人か、獣か、あやかしか。
「……」
盗賊ならば、身ぐるみはがされてしまうかもしれない。
獣なら襲われてしまうかもしれない。
あやかしなら、
(志郎さん…)
彼ならば、どんなにいいことだろう。
人を食う妖怪もいると聞くが、実際に穂摘が関わったことのあるあやかしは、志郎とお梅だけだ。少なくとも人間や獣よりは、穂摘に期待を抱かせた。
がさりがさりと近付く足音は、身を縮めている穂摘に徐々に寄ってくる。ゆらりと差し込んできた影にとっさに悲鳴をあげそうになったが、咄嗟に呼吸ごと叫びを飲み込んだ。
「にゃーあ」
「っ…」
がさりと一際大きくあがった音に目を見開いた瞬間、板壁の隙間からするりと小さな獣が忍び込んできた。よちよちと歩いてくるのは、薄汚れた子猫だった。
「あ…ああ」
音の正体が子猫だったということに安堵して体の力を抜く。指先を軽く揺らして招くと、子猫は恐れもせずに寄ってきた。
濃い茶色の毛並みがつやつやと輝く猫は穂摘を見ると大きな瞳を細めてにゃあと鳴いた。
「可愛いね、お前」
人間を恐れる気配のない子猫をそっと抱き上げ、胸元に抱いた瞬間、がさりと先ほどよりもはるかに大きな音がして、身構える間もなくばりばりと板戸がはがされた。
丸い月を背後にたたずむ影を前に、穂摘は瞬きをするしかなかった。
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