君がため

晦リリ

文字の大きさ
上 下
9 / 30
本編

9

しおりを挟む



「っう、ああ…」
「…治ってきたな」
 ゆっくりと横に転がされた穂摘は、脱がされた着物の上で呻き声をあげた。布を取り除かれるたびに、薄皮を剥がされるようなぴりぴりとした痛みが皮膚を嬲る。
 一日ぶりに感じる外気を肌で感じながらぐったりとする穂摘に強い刺激を与えないよう、緩慢な仕草で転がしては布を取っていく志郎は布の下から現れた肌を見ながら小さく呟いた。
「良くなってきた。ほうい、少し、我慢してくれ」
「うう…」
 小さく頷くと、ひいやりと冷たい志郎の手が穂摘の背を軽く撫でた。すると、ぱらぱらと穂摘の肌が落ちた。皮のようなものが剥げ、着物の上に重なる。
「っ、ん」
 痛みよりも、痒みが背中を這い回る。それでも身体を激しく動かすことは出来ないので、もぞもぞと動くと、志郎が背を撫でてくれた。
「痒いか。そろそろ肌が出来てきた。もう一週間もすれば動けるはずだ」
「あいあとう」
 礼を言う穂摘の背に、志郎はぺたぺたと薬を塗りつけた。最初の頃は沁みたものだったが、今ではひいやりとする程度で痛みは感じない。むしろ多少の冷感が心地よく、穂摘は、ふ、と短く息を零した。
 背や腕、腹にも薬を塗ってその都度布を巻いていくと、志郎はやがて穂摘をそろりと転がした。仰向けになり、天井を見上げる形になった穂摘は目許が未だ布に覆われているため、光の差さない視界の中でくるりと目玉を動かした。
 首から下、背中、胸、腹、腕は新しく布を付け替えた。後は下半身だ。
 こくりと穂摘が唾を飲むと、志郎は躊躇わずに腰の辺りの布から剥がし始めた。外気が肌に触れ、ひんやりとその場所から冷えていく。やがて股間からも布が払われ、脚の間に手を差し伸べられると横たわったままの体がびくりと震えた。
「痛かったか」
「んん、ん」
 違うのだと緩く首を振ると、そうか、と短い返答がある。
 動かないままでいると、一度は止まっていた志郎の手が動く気配がして、脚の間に隠された場所から布が取り払われた。
「……この辺りは火傷が酷くない。もう、大丈夫そうだ」
「んん…」
 目許を布で隠された穂摘には、志郎がどうやって脚の間の火傷具合を確認しているかは知れない。だが、触診されていないことを前提とすれば、視診なのだろうということはわかった。
(志郎さん、気持ち悪くないのかな…)
 羞恥も怖れもあるが、それよりも穂摘の心は、士郎の心持ちに不思議を抱いていた。
 穂摘がいわゆるふたなりという性別であることは、穂摘の両親と、村長の重蔵しか知らない事実だった。両親は幼い頃から身体の秘密を誰にも漏らしてはいけないと穂摘に教えていた。重蔵は村の宝であると同時に、繁栄をもたらす子になるだろうと信じて息子の重吉の許婚に穂摘を据えた。もっとも、口が軽いからと実の親である重蔵から穂摘の性を知らされていない重吉は、穂摘を男だと思い込んでいた。
 隠さなければいけない身体。
 一方で、吉兆だとされた秘密。
 どちらを重視していいかわからなかった幼い穂摘だったが、大好きな両親が秘匿にしていることなら、きっと本当は悪いことなのだろうと思って育ってきた。きっと、とても珍しく、醜悪な性なのだろうと思っていた。
 けれど、志郎は一言も穂摘の秘匿については言及しなかった。
(気付いてないわけないのに)
 薬を塗り、布を張るためではあるが、志郎はその場所に触れている。他の肌よりも火傷が酷くないと言いながら、他の箇所よりもはるかに優しい手付きで薬を塗りつけるのだ。
(どうしてだろう)
 ぼんやりと考えていると、おしまいだと声がかかった。穂摘がはっと我に返ると、脚の先まで処置が施されていた。
「あいあ、と」
「…ああ」
 礼を言うと、少し間が空いて、照れたような声が返る。
 低く優しい響きの声を聞きながら、ぼんやりと穂摘は思った。
(すごく、優しい人だからかな…)
 見ず知らずどころか、死に体で山道に転がっていたところを助けてくれた。治療を施してくれただけではなく、甲斐甲斐しく世話まで焼いてくれる。そんなふうに優しいのだから、見ないふりをしてくれているのかもしれないと考えた穂摘の唇に、そっと瓢箪の口が触れて離れた。
「ほうい、薬だ」
「んん」
 頷いた穂摘の舌に、毎日志郎が煎じて飲ませてくれる薬の雫が触れる。ほんのりと甘いそれをこくりと飲んだ穂摘の頭を、ひいやりと温度の低い志郎の手が撫でた。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

あなたと過ごした五年間~欠陥オメガと強すぎるアルファが出会ったら~

華抹茶
BL
子供の時の流行り病の高熱でオメガ性を失ったエリオット。だがその時に前世の記憶が蘇り、自分が異性愛者だったことを思い出す。オメガ性を失ったことを喜び、ベータとして生きていくことに。 もうすぐ学園を卒業するという時に、とある公爵家の嫡男の家庭教師を探しているという話を耳にする。その仕事が出来たらいいと面接に行くと、とんでもなく美しいアルファの子供がいた。 だがそのアルファの子供は、質素な別館で一人でひっそりと生活する孤独なアルファだった。その理由がこの子供のアルファ性が強すぎて誰も近寄れないからというのだ。 だがエリオットだけはそのフェロモンの影響を受けなかった。家庭教師の仕事も決まり、アルファの子供と接するうちに心に抱えた傷を知る。 子供はエリオットに心を開き、懐き、甘えてくれるようになった。だが子供が成長するにつれ少しずつ二人の関係に変化が訪れる。 アルファ性が強すぎて愛情を与えられなかった孤独なアルファ×オメガ性を失いベータと偽っていた欠陥オメガ ●オメガバースの話になります。かなり独自の設定を盛り込んでいます。 ●最終話まで執筆済み(全47話)。完結保障。毎日更新。 ●Rシーンには※つけてます。

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する

SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。 ☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます! 冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫 ——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」 元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。 ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。 その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。 ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、 ——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」 噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。 誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。 しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。 サラが未だにロイを愛しているという事実だ。 仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——…… ☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので) ☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている

飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話 アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。 無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。 ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。 朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。 連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。 ※6/20追記。 少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。 今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。 1話目はちょっと暗めですが………。 宜しかったらお付き合い下さいませ。 多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。 ストックが切れるまで、毎日更新予定です。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

【完結】お前らの目は節穴か?BLゲーム主人公の従者になりました!

MEIKO
BL
第12回BL大賞奨励賞いただきました!ありがとうございます。僕、エリオット・アノーは伯爵家嫡男の身分を隠して、公爵家令息のジュリアス・エドモアの従者をしている。事の発端は十歳の時…我慢の限界で田舎の領地から家出をして来た。もう戻る事はないと己の身分を捨て、心機一転王都へやって来たものの、現実は厳しく死にかける僕。薄汚い格好でフラフラと彷徨っている所を救ってくれたのが我らが坊ちゃま…ジュリアス様だ!坊ちゃまと初めて会った時、不思議な感覚を覚えた。そして突然閃く「ここって…もしかして、BLゲームの世界じゃない?おまけにジュリアス様が主人公だ!」 知らぬ間にBLゲームの中の名も無き登場人物に転生してしまっていた僕は、命の恩人である坊ちゃまを幸せにしようと奔走する。だけど何で?全然シナリオ通りじゃないんですけど? お気に入り&いいね&感想をいただけると嬉しいです!孤独な作業なので(笑)励みになります。 ※貴族的表現を使っていますが、別の世界です。ですのでそれにのっとっていない事がありますがご了承下さい。

処理中です...