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本編
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しおりを挟む彼は、穂摘の倒れている水たまりのすぐ脇にある樹の大きな洞から姿を現した。音で喩えるならば、ぬるり、ぐちゃり。水を纏った音を立てながら洞から巨大な身体を出すと、彼は転がっている布の塊を小さな目で見やった。
大きな顔についた二つの鼻腔に、つんと鋭い匂いが沁みる。なにかしらの薬と生臭さが混じった匂いに、膜を張ったような双眸を瞬かせて、それはボテボテと三歩ほど歩み寄った。
布の塊の下にある小さな水たまり。そこに、彼は用事があったのだ。赤茶けた布が浸ってしまっている水たまりは、僅かにその色に染まっているものの、透明だ。ほっとしたようにグウウと喉を鳴らして大きな手で布を退かそうとした彼は、それに手をかけた瞬間、僅かにその大きな身体を揺らした。
てっきり布の塊だと思っていたそれが、生き物だったからだ。しかしそれが生物なのか、生物だったものなのか判別しかねて手を当てたままでいると、一瞬、塊がびくっと痙攣した。
生きている。
そっと手を離し、彼は悩むようにそれをじっと眺めた。なぜこんな山道に落ちているのだろう。周りに人の気配はない。自分でここまで来たとも考えられない。それならば、捨てられたのだろうか。助かる見込みがないからと、滅多にひとが来ないようなこんな場所に放置したとしか思えない。
(なんて、気の毒な)
彼は容姿こそ人間が見れば悲鳴をあげるような異形だったが、その心根までが醜いわけではなかった。
ただ生きているとしかわからないほど布に巻かれた死に体の人間を前に、悲嘆に満ちた思いを抱くと、ぬらりとした手で布の塊の下から水を掬い、それをぱしゃぱしゃと死にかけの生物にかけた。大きさからして、人間なのだろう。こんな布を巻きつけ薬を塗りたくるのならば、捨てずに面倒を見てやればいいものを。
「う…ァー…」
ぱしゃぱしゃと、水たまりの水を死にかけの人間にかけていると、呻き声が上がった。生きているのだと確信した彼は、全身に水をかけ終えると、また動かなくなった人間をそろりと抱き上げた。水に濡れたせいか、それとも布の下で血肉が縒れたのか、ぬちゃりと音がする。片腕で人間を抱え、もう片手で腰から下げていた三つの瓢箪に水たまりの水を入れると、ようやく腰をあげる。
そろりと、彼は洞に入った。そうして、次の瞬間には洞から消え、その場にはそう深くもない洞の底と、小さな水たまりだけが残った。
異形の姿も、死を待つだけだった穂摘も、元から存在しなかったかのように消えていた。
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